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ななこのくつろぎカフェ

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両胸切除し乳がん予防(AERA)

両胸切除し乳がんを予防
AERA1月13日(火) 12時58分配信 / 海外 - 海外総合
――祖母も母親も乳がんだったら。私も?と不安になるのは自然。
米国などでは遺伝子変異の有無を見つけ、
発症前に乳房を切除する予防治療が広がっている。――

 ホワイトハウス近くのレストランで昼食中、Vネックのセーターから胸の谷間をのぞかせたティナ・カールセンさん(30)が、少しおどけて言った。
「この胸は実は作り物よ。私は『家族性乳がん』だとわかって、両胸を切除したの」
 昨年10月から11月にかけて、アメリカ国務省主催の「乳がん啓発プログラム」に参加する機会があり、世界15カ国から集まった15人の医師やNGO活動者らと共に、全米各地の病院や患者団体を回った。参加者の一人、デンマークで小学校教師として働くティナさんの、突然の告白だった。
 がんは、環境や生活習慣など様々な要因が重なって発症する。ただ、乳がんや卵巣がんの5~10%は、遺伝が関係すると言われる。
 ティナさんは15歳のとき、まだ38歳だった母親を乳がんで失った。6年後には、叔母も祖母も乳がんで亡くした。
「私はがん家系なのかもしれない……」
 ちょうどそのころ、「BRCA1」「BRCA2」という遺伝子の変異が、乳がんや卵巣がんの発症に関係があることがわかってきた。米国の研究では、変異がある人は、将来36~85%の確率で乳がんになり、16~60%の確率で卵巣がんになると言われている。
 ティナさんが母親から変異を受け継いでいる確率は50%。遺伝子検査を受けるべきか。迷っていた彼女の背中を、当時のボーイフレンド(現在の夫)が押してくれた。
「変異がないとわかったら、安心できる。もし変異があったとしても対処法はあるだろう?」

■病気と死ばかり考える

 1999年、遺伝子検査を受けた。「変異なし」という検査結果を受け取り、有頂天になった。しかし1カ月後、再び病院から手紙を受け取り、今度は奈落の底に突き落とされた。
「検体を取り違えていました。残念ながら、変異保持者です」
 いつがんになるのだろう――。脅える日々が始まった。年に一度の検診を受けるたびに、「今回こそは見つかる」と覚悟した。がんらしき組織が見つかり、精密検査を2回受けた後は、もう普通の生活は送れなくなった。自ら殻に閉じこもり、病気と死のことばかりを考える日々が続いた。
 そのころ、息子のトビアスくんを授かった。ずっと子どもが欲しかった2人にとって、久々の幸せな瞬間だった。母乳で育てたいという願いもかなった。そして考えた。
「もし私が若くして亡くなり、この子が私と同じ思いを味わったら……」
 27歳のとき、将来がんになるのを防ぐため、両胸の乳房を切除する手術を受けることを決めた。予防的切除術を受ければ、将来乳がんになる確率は10%以下になる。

■切除と同時に再建手術

「女性の象徴がなくなる寂しさはあったけど、夫とトビアスのために生き続けるという選択の方が、私には大切だった」
 切除手術と同時に、乳房の再建手術も受けた。今、両胸にはシリコーンが挿入され、入れ墨で描かれた乳首もある。
「乳首が性的に感じることはないけど、見た目はそっくり。私は80歳のおばあちゃんになっても、垂れたりしないで美しい胸のままなのよ」
 自らのウェブサイトでは、乳房再建までの過程を写真付きで公表している。
 今回の米国務省のプログラムに参加する直前、2人目の妊娠がわかった。予定日は今年5月。もし娘だったら、乳がんになる確率は高い。
「でも将来は遺伝子治療の可能性も広がっているはず。心配していません」
 子育てが一段落したら、卵巣の予防的切除術も受けるつもりだ。
 家族性乳がんの最大の特徴は、若くして発症する例が多いことだ。米国では96年から遺伝子検査が始まり、昨年は約30万人が検査を受けた。
 米国では検査で変異が見つかった場合、乳房や卵巣の予防的切除術が行われるのが一般的だ。乳房が温存できる場合でも全摘したり、発症を予防するために抗がん剤「タモキシフェン」を服用したりといった治療の選択肢がある。
 ゴールドマン・サックス証券で日本株チーフ・ストラテジストを務めるキャシー・松井さん(43)は7年前、米国で予防的切除術を受けた。キャシーさんは、米国生まれの日系二世。その5年前に母親が乳がんになり、2人の祖母も乳がん患者だった。
 右胸にしこりを見つけ、日米複数の病院でセカンドオピニオンを受けた。米国の大学病院で初めて、遺伝子検査のことを耳にした。「治療の選択に役立つなら」と、迷わずに検査を受けた。結果は、陽性だった。

■変異率高い日本人

 2人の子どもの母親として「生きる」ために、両胸を切除することに迷いはなかった。1年半後には、卵巣も切除した。
「私のやり方は、日本人から見ると極端かもしれない。でも、私にとってはこのほうが精神的に楽。全く後悔していません」
 現在8歳の娘には、もう少し大きくなったら、事実を告げるつもりだ。
「日本では欧米に比べ、多くの若い人が乳がんで亡くなっている。もっと検診の受診率を上げ、遺伝子検査が普通になれば、たくさんの命を救うことができると思います」
 従来、日本人は欧米人に比べ、BRCA遺伝子変異がある人が少ないと考えられていた。しかし、最近まとまった研究によると、日本人135人の遺伝性乳がん・卵巣がん患者のうち、BRCA変異がある人は27%。米国人平均の20%に比べ、高いことがわかった。

■検査は十数万~40万

 こうした研究結果をもとに、日本でもようやく、一昨年7月から一般の病院で遺伝子検査を受けられるようになった。臨床検査会社「ファルコバイオシステムズ」(京都市)によると、現在、検査が受けられる施設は国内15カ所。今後2年以内に、全都道府県に1カ所以上の配置を目指している。
 血縁者の乳がん罹患状況などから、家族性乳がんの可能性があると考えたら(表参照)、まず遺伝カウンセリングを受ける。検査を受け変異があるとわかった場合、検診を欠かさないなどの対策が取れる一方、発症のリスクを知り精神的にショックを受ける場合もある。検査は血液を7ミリリットル採取するだけ。約1カ月後に結果が出る。公的医療保険が利かないため、費用は十数万~40万円に上る。
 同社によると、この1年半で、検査を受けた人は「ようやく2ケタにのった状況」。同社の担当者はこう嘆く。
「検査には乳腺外科医の先生の理解が必要不可欠だが、忙しくて時間がないのと、家族性乳がんへの理解不足で、なかなか患者さんに説明してもらえない」
 聖路加国際病院(東京都中央区)は、日本で最もBRCA遺伝子検査に力を入れている。2003年に臨床試験に参加して以降、46人が遺伝子検査を受け、うち10人に変異が確認された。一昨年4月からは、乳がん手術を受ける全患者に、家族性乳がんに関するパンフレットを渡している。
 しかし、同病院でも患者が検査を受けるのは乳がん手術後。米国のような予防的な意味は小さい。変異が見つかっても予防的切除は行わず、年に一度のマンモグラフィー検査と、半年に一度の超音波やMRI検査を欠かさないよう患者に求めるにとどまる。

■日本では治療も自費

 中村清吾ブレストセンター長は、
「米国では遺伝子検査が一般的なため、カウンセリングにそう時間がかからないが、日本では3~4カ月かけて結論を出すため、どうしても術後になる」
 と説明する。
 保険診療の壁もある。日本の公的医療保険では、予防的切除術も抗がん剤の予防的服用も認められておらず、これらの治療を行うと、すべて自費診療になってしまう。中村さんは日本でも治療の選択肢が広げられるよう、来年早々に研究会を立ち上げる予定だ。
編集局 岡崎明子
(1月19日号)


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