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東京なな猫通信

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2009年01月13日
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カテゴリ:立原道造の森
今日の道造詩ひとつ。




    初冬



 身動きの出来ない程の花のなかで、少年は死んでゐた。その形のまま柩は町を運ばれて行つた。寒い朝であつた。
  《天に行つて よそ見ばかりしてゐる
  天の先生に叱られてばかりゐる
 何度もくりかへし葬列はうたつてゐた
 そのはてを、花びらが幾すぢのあたらしい道を引いた。
  《かなしみはしづかであれ
  うたのとほくをゆけ

   *

 トマは仏蘭西の小説の描いた一人の少年のことだつた。彼はいつも友だちからその人に似てゐるといはれた。これはいけないぞと考へながら、ときどきはもう諦めて満足しながら。
 どの仏蘭西の少年の最後の言葉。
 ――ひよつとしたら死ぬかも知れない。

   *

 彼は詩を作るのがうまかつた。小さな声で呟くためのものであつたが或る人々はそれを愛した。

   *

  裸の小鳥と月あかり
  郵便切手とうろこ雲
  引出しの中にかたつむり
  影の上にはふうりんさう

  太陽とその帆前船
  黒ん坊とその洋燈
  昔の絵の中に薔薇の花

  僕は ひとりで
  夜が ひろがる

   *

  《郵便局で 日が暮れる
  《果物屋の店で 灯がともる
  
  風が時間を知らせて歩く 方々に

   *

 しよつちゆう自分をいけないものにきめてしまつた。それからあとで考へる。
 だから彼は叱られてばかりゐた。
 そのことを思ひ出すので、彼の歌は下手になつた。母のそばに寝ころんで、母の顔を見てゐると、歌なんか下手でもよいと思つた。彼はいつでも色紙いろがみに赤やエビ茶や緑の鉛筆で詩を書いた。十七歳であつた。

   *

 ――イワンのばか!

   *

 生涯の終りになつたらかなしい歌を一つだけ書いてみたいと思つた。叱つた人は皆かなしい気持の人だつたので、彼には絶望が人生の理想に近かつた。

   *

 秋 青い空の向うに
 かなしみは行き かへらず
 それらはしづかになつた

   *

 病室にあかりのまだつかない夕暮れ、母の顔の上に西洋の絵の女が映つた。母が見知らない人に盗まれる。その不思議を彼はどうしたらよいかわからなかつた。

   *

   黒い森にはつぐみがゐた
   小径に百合の日が待つてゐた
   枝のひとりがうたつてゐた
   《何と世の中はたのしいのだらう
   ちひさな花がきらきらしてゐる

   子供はだれも足踏みしてゐた
   鰯の雲と野鳩の雲と それを見てゐた
   村では泉がうたつてゐた
   《何と世の中はたのしいのらだう
   ちいさな花がきらきらしてゐる

   家を通つて向うに行くと 空のあぶくが光つてゐた
   野原と畑と川があつた 
   それから世界中の人がうたつてゐた
   《何と世の中はたのしいのらだう
   ちいさな花がきらきらしてる

 死ぬ朝は、母が彼のためにうたつてきかせた。目をとぢてきいてゐた、古びたうたを。これは病気になるすこし前に出来た歌だつたが、その繰返しルフランを彼はいちばんすきだつたのだらうか。
 母が、うたひやめたとき、窓かけが風に揺れてゐた。少年は死んでゐた。

   *

 ガラス窓に灯がはいる、乾いた靄の夕方。

   *

 墓に花がすくなくなり、粉雪が降つた。時をり訪れる母は、しづかな顔をして、祈つた。







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Last updated  2009年01月13日 21時27分32秒
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