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東京なな猫通信

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2009年02月03日
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カテゴリ:立原道造の森
今日の道造詩ひとつ。





    風のうたつた歌



   その一

最初の雪の日に私はちひさい火のやうに
ものの上にやんでゐた つぶやいて
それから私は出て行つた

眼をとぢて私を避けてしまふ木の葉
指の間から滑り落ちて見えなくなる木の葉――
その頃から 私がわからないのだ
笑はうとしたら 身体はねじれたまま
あはただしいかなしい声で呼んでゐる


   その二

人はみな小さな獣たちだ
心配さうに その窓や往来に善良な蝋燭をともし
風吹くな と祈つてゐる 私は額を垂れて聞いて行く

しかし私は不意に叫ぶ 諦める
私は黙つてゐる 汚れて たつたひとりぼつちなのだ 私は駈ける
私はやたらに駈ける 憎んでゐない


   その三

一せいに声を揃へた林の上に
私はひとり大きな声でうたつてゐる
すると枯木がついて来る
私はうたつてゐる 夏や秋を
枯木が答へる 私はまたうたふ……
樫のヴアイオリンは調子はづれだ

やがて長い沈黙が私に深くはいつて来る
うつとりとして思ひ出す
音楽のなかの日没 過ぎた一日
私は支へられてしづかに歩み出す


   その四

煙は白の上に 通つて行つた
もう形はなかつた
野づらは騒がなくなつた

わたしは窓のなかの幼児と
溢れて来る神を見まもつてゐる


   その五

私は見た 或る家の内側を
父と母と子の夜であつた 花の内部のやうにわづかなあかりに暖められかがやいてゐた
静かな話らしかつたが 私の耳は叫ぶ私の声をしか聞かなかつた
ほほ笑んだ顔であつた 眠つてゐる顔であつた

私はそのとき 直にかなしくなり
窓の障子を鳴らして過ぎた

   
   その六

洋燈に寄り添うても 洋燈は見えない

夜つぴて 悪い心を呼んで吠え 私の傷は怒りつづける
みめよい梢に手をさし出すと 瘠せた枝は一声叫んで崩れてしまつた


   その七

宿なしのあはて者の雁がうたふには
池に身を投げ 氷に嘴を折つてしまつた
春が来たなら どうしよう
宿なしのあはて者の雁は朝早く煤けた入江で泣いてゐた


   その八

雪に刻まれた月光は 言葉のない
別れの歌をすぢつけた
急いで立ち去る雲のかげに

曙 私に とざされた調べがうたふ
耳をとめてはならないやうに
林のなかに 枯木たちが
緑を流せ 緑を流せ


   その九

叫びつづけ ふと疲れたとき
私の瞼に見えない文字を彫つてゐる薄い陽ざし
埃がもつれ かげが遊んでゐる

私はそれを見たがまたただ一散に駈けてしまつた――








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Last updated  2009年02月03日 22時25分38秒
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