
初日に飛行機が遅延しちゃったので
観光の予定はズタズタになっていたんだけれど
北アイルランドから南のダブリンに戻る途中に
立ち寄ることができたモナスターボイス
ケルト十字架と呼ばれるハイクロスがある墓地
…と、要塞と教会跡
冬でも青々とした牧草地が広がるところに
ポツン ・・・・と廃墟

アイルランドで多く見られる
人の背を遥かに超える高さのハイクロス
ラテン十字と交差部分を囲む環を持つ
ケルト十字が並びます …墓石ですが
その昔、文字を使わなかったため
聖書を画で描写していたのが始まり
10世紀に建てられたという十字架には
最後の審判を描いたものも…

ガイドさんが驚いていたのは
人がいないってこと
春節も終わりコロナの影響もすでにでていて
大陸からの観光客がめっきり減った時期
ジャイアンツ・コーズウエイも
とにかく ガッラ~ンの閑古鳥

そもそもケルトって?ですが、 青銅器時代に
中央アジアからヨーロッパに渡来した民族ですが
ケルト人としての民族意識を持っていたか?
といえば、そうではないそう
紀元前1世紀ごろ、ゲルマン人の圧迫を受け
その後ローマ帝国によって征服されることに
崩れかけた円塔の高さは約35m
要塞の見張り塔だったとこ…

では… いつケルト人がイギリスやアイルランドに
やってきたかは不明なんですが
ローマ帝国に征服される以前に戦車を操り
鉄製武器をもつケルト人社会が存在していたとのこと
1世紀にイングランドとウェールズは
ローマの支配下に入りローマ化してしまうのだけれど
5世紀にローマ帝国が撤退した隙きをついて
アングロ・サクソン人が侵入し征服
けれどスコットランドやアイルランドは
アングロ・サクソンどころか
ローマの征服すら及ばず、ケルトの文化が残ったわけ…
一番高いハイクロスは5m超え…

ケルトの宗教は自然崇拝の多神教だったそう
キリスト教が入ってきたのは4世紀以降のこと
その布教のため、聖書が描かれていたというわけですね
長々と… ケルトについてでした
教会は14世紀のものだそうだけど
元の形は全く残っていません

ちょうど夕暮れだったこともあり
寂寥感と荒涼感…

あ~ 日が沈んでしまった
夕日がとっても似合うところでした

一路ダブリンまで突っ切って
パブが並ぶ街中でパブディナー

アイルランドの人って
とってもキビキビと働いていて
なんだか好感もてるぅ~
ビールを購入するにしても
支払いもスムーズでイライラ度ゼロ

今日はこんな感じで
レッドエールとギネスをハーフパイントずつ
サーモンはゴクゴク普通

The Auld Dubliner
17 Anglesea Street, 24 - 25 Temple Bar
Dublin DUBLIN 2, Ireland
しっかしまわりはどこもかしこも明るく楽しげ…

ホテルはちょっと郊外なんで…
夜ふかし飲みできないのが残念
続きはこちら 5. モハーの断崖 ~オバマ元大統領はアイリッシュ? ~アイリッシュ・シチュのランチ
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