2018/02/14(水)11:04
たましいのうた (1次ss)
ある所に、歌のうまい双子の兄弟が居た。
兄はとてつもない超絶技巧で、正確無比な音程で歌い続けた。
弟はそれに追いつきたくとも追いつけず、仕方がなく自己満足の、自分やすぐ近くの人の為の歌ばかり歌った。
兄弟の師匠は、兄を惜しみなく応援し、様々な講師、様々な指導、様々な体験をさせてやった。
一方で弟には、「きみは大仰なことをせずとも、日常から輝石を見いだせる」と言って励ましてやった。
弟は嬉しかった。
だが同時に、それが半分ごまかしであることも察していた。
確かに自分は、兄と違って歌のうまさに驕ってはいない。
だからこそ、歌の為に歌うことなく、目的の為に歌える。
だがそれは、目的がある時だけのアドバンテージだった。
兄は目的があっても歌える。ただ謳わないだけなのだ。
そのどうしようもない彼我の差と、哀れで惨めな自分の能力に弟は嫌気が差していた。しかし、それでも歌う事だけが彼の大事な大事な自己表現だったのだ。
愛するものを称える歌を、守る為に立ち向かう歌を、己を鼓舞する為の歌を、弟は弱いからこそ歌い続けた。
兄はそうして必死に努力する弟を見下ろしながら、今日も歌の為の歌を歌う。
彼にとって歌は手段でなく、むしろ歌で表現する題材こそが手段となり果てていた。
だから地の果てまで失った何かを探したのだ。
だけど探せば探すほど、なにかが零れ落ちていった。
「歌えば歌うほどぼくは楽器に近付くな」
独りごちて、兄は弟を一瞬だけ優しい目で見た。
兄は正確な歌を歌う為、そして金を得て一家を養うために尽力していた。
師匠が金を出せるのも、兄の歌がそれだけ金になるからだった。
気が付いた時にはもう遅かった。
金の為に兄は、色々なものを犠牲にしてしまっていた。
それは後から後から得られる金で持ってしても、補えないものだった。
だからこそ兄は、弟はなにかを失わないようにと守っていたのだ。
弟が自由に身近な存在の為に歌を歌えるのも、兄の歌あってこそのことだった。
けれど弟は何も知らない。
そして弟が兄の為に歌ったことは、ただの一度もなかった。
わずかにいつも弟の歌に混じる、隠しきれなかった苛立ちとコンプレックスだけが、弟から兄に向けられたものだった。
だが兄にとってはそれでも十分だった。
それでも十分、「たましいのうた」なのだから。