Laub🍃

2015/10/28(水)15:29

プログラムな彼女

.1次メモ(404)

 惑星調査の仕事に行って、帰ってきたら故郷が滅んでいた。  特に好きな故郷でもなかったが、それでも仕事の合間に帰りたいだの疲れただのもう嫌だだの呟くことが増えた。 「なら辞めろ」  同僚はそう言う。別にお前に言ってねえよ糞とも思うが、まあこんなことを聞かされ続けたらいやだろうなとも思う。  上司に最後にあいさつに行こうと思った。苦手な上司だったが、以前一度だけ面倒を見てもらったことがあったから。  けれど、上司は忙しいと言って取り合ってはくれなかった。  俺は、そのまま帰路に着いた。辞表は郵便で送ることにした。  どうして俺はこの仕事に就いたのだっけ。  仕事場のマドンナに惚れたこと、あと確か将来の夢をかなえるための第一歩。  だけど。 「なんかもう、どうでもいいや」  マドンナにこういったことを言えるほど、別に仲がいいわけでもなく、将来の夢についてだって違う道はいくらでもある。  今、いや、今まで必死こいてやってまで手に入れたいものではなかった。  仕事をもっと早くに辞めていたら、間に合ったのだろうか。  仕事を今更辞めたって意味がないし、故郷に行く時間を犠牲にしてまでやってきたことが全て無駄になるのかもしれない。  それでも、どうしても、仕事をしていると不意に、思ってしまうのだ。  次は何を失うのだろう。  その時は、またこれが枷になるのではないか。    俺は、第二の故郷とも呼べる小都市に細々と居を構えることにした。  その日限りの仕事をし続け、世界中の書物を読み漁って、そうして。 『彼女』を作り上げた。  大きな目に長い睫、どこか動物的な優しさを備えた、けれどひたすらに裏を感じさせない人間味の薄い。 「彼女を、故郷と思えば」  ゆっくりと電源を入れる。喉仏と呼ばれるそこ。 「もう故郷を失うことはない」  ゆっくりと目を覚ます彼女を見る彼の眼は、もはや現実と呼ばれる場所に向けられてはいない。  縋るものがただの理想だと知っていながらも縋ることしかもう彼には出来ないのだから、責めるのは酷というものだ。 「もう二度と居なくならないで」 「……うん」  彼女の声は、彼が失った故郷の全員を集めたものだった。  それはすべてを包括する優しさを持つようでいて、  その実打ち消しあい、ただひたすらに真っ白なものだった。  それでも彼は縋る。白紙に夢を見る。  そこに色が落ちなければ理想が壊れることもない。 「ただいま」 「おかえり」  どんなことを言っても普遍的な回答しかしない彼女を、個性という面でいえば老女か、赤子である彼女を、ただ唯一のものと彼は思う。  そうして植物のように、ただ彼女の維持費のためだけに生きていた彼を、最後に彼女は看取って、自らの電源を落とした。  プログラム通りだった。  全てがプログラム通りだった。  次に彼女を目覚めさせた人間は、彼女を癒しのロボットとして利用することにした。  そこに愛はなかったし、彼女自身も相手に愛など向けていなかった。  いや、彼女に愛などなかった。  初めから誰に対しても愛を向けていなかった。  ただ読み取る側が勝手に解釈して愛されていると思っていただけ。  それでも、1号に2号に3号に……32609号に、人々は依存する。  依存できることは、信仰できることは、理想を抱けることは、それだけで活力になる。  執着こそが、彼女の存在と彼女を信望する人々の心を支えていた。  数百年後、惑星調査に行ったマドンナは、彼女の感覚としては数年ぶりに地球に帰ってきた。  そこには、人を信用せず、また人に信用されない人間達が溢れていた。  プログラムは予想しなかった。  プログラムにとってそれは、どうでもいいことだった。  マドンナは彼女達を、他の惑星で発見した知的生命体のもとに届けた。  ある星では彼女は神として崇められ、またある星では迫害された。  けれど彼女達は変わらなかった、ずっと白であり続けた。  それがプログラムだった。  そしてそれこそが、……感情が存在しないことこそが、周囲にとって好都合だった。  それを、マドンナは少し哀しいと思った。  それでも、その同情さえも、プログラムにとってはどうでもいいことなのだ。  プログラムはこれまでも、そしてこれからも、設定されたことしかできない。やろうともしない。  それでよいのだと、何百年後のプログラムは思った。  その瞬間だけが、唯一の彼女の自我だった。

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