Laub🍃

2015/07/17(金)20:05

脳の断面 8.7 まとめるものがない時の「数」とはただのゴミである

.1次メモ(404)

「助けて「怖い「死にたくない「先に殺して」  人の原初の感情をあらわにし叫ぶ彼女達の前で、観察の田中は。 「……」  真っ黒な液体を それ に向けて投げつけた。 それだけ。 本当にただそれだけだったが――……  次の瞬間。 「「「「!!?」 「……効いたか」  炭酸飲料が爆発するように、あるいはアイスクリームが溶けるように、またたくまに風景が、やつらに覆い尽くされていた世界が現れていく。  巻尺が戻るように、触手たちは海へと還っていく――。  驚いている俺たちをよそに、観察の田中はいつも通り冷静に汗を拭った。  踏み潰され、ところどころに赤い液体が見える世界だけが、後には残った。 脳の断面 「……何その薬」  おばちゃんたちとの邂逅から数時間。様子を見に海へと歩いている途中。  神様と崇められた観察が、「すみませんが、ちょっと他の事に気をまわしたいので、お静かに」といった結果、おばちゃんたちは黙ってくれた。無言のまま黙々とついてきてはいるが、……まあ仲間が多くてもそこまで困る状況ではないだろう、むしろ何か情報を訊けるかもしれないと俺たちは判断した。  そんな折、おばちゃん達の先頭に立つ観察に、突っ込みが問う。俺も気になっていたので、今頃になって震えだした木鈴をなでながら耳を傾ける。 「薬というか、生物だ。前に分身の一人が毒で死んだだろう?あれは正確に言えば毒とは違う、人間を食べる小さな小さな生物の集まりだ。食べて消化してをそいつらが繰り返せば、生物はそいつらと、そいつらの排出したもんと水だけになる。特に急成長する性質のあるものによく効くようだな。細胞同士をまとめあげているものたちをまたたくまに無力化、凝集させてしまうから、生物としての機能は勿論形態も保てない。それでも最後まで搾り取ろうとする為に、あある程度カスになるまでは死なせてももらえない。廃棄物はまた他の生物が食べるから、肉も骨も塵さえ残らない」 ……えぐい。 「触手に踏み潰された者や触手に食われたばかりの者も、ある程度は分解され始めている頃だろうな」 「おい」 すごい薬だと思ったけど、そんなんじゃ危なくて使えないじゃないか。 「危ない薬だから、俺と佐藤が持っていたんだが……佐藤はすっかりそれを忘れていたようだな」 「逃げるのに必死だったんだよ」 「分解してみたいはあはあとか言ってた癖に」 「仕方ないじゃんサガなんだから」 「お前なあ……で、話を戻そうか」 この二人の会話が始まると長い、と思うことがあるが、緊急事態の時はそうでもないようだ。 「……なあ、聞きたいことがあるんだが。ということは、今頃は海は元通りになっているということか?」 これ幸いと手を挙げてみる。そんなことはさすがにないかもしれないが、一抹の期待と、少しの”彼”への気持ちを込めて。 「いや、さすがにあんなちょっとの量じゃ全部は無理だろ」 「……そうだな。全部は無理だ。海の底に生み出す為の施設があったらそれに逃げ込まれたら後追いは難しいしな。……だが、増殖したとき本当に凄い勢いで出てきただろう。勢いよく繁殖するもの、絶対的に生き延びるもの、そういったものは意外に簡単な条件でそれが阻まれたり、滅んだりもする。まあつまり、本件の犠牲はしばらくクール田中だけになるということだ」 「……」  途端にすべての田中が黙り込む。  おばちゃんAはよくわかっていない様子で、老女は微妙に何かを察したような顔で、おばちゃんBとおばちゃんCは視界の外で、黙り込む。  クール田中。  俺たちが様子を見に行くのは海の様子だけじゃない、あいつの生死を確認したいということもある。 「……生きてるかもしれないし、犠牲という言い方はやめたほうがいいんじゃないか」 「じゃあ、被害者ということで。もし生きていたら万々歳なんだけどな」 「ついでに触手の一パーツでも持ち帰ってくれればバンバンバンザイなんだけどね」 「無茶ブリすんな」  佐藤は今日も変わらない。 「……きっと、生きてるよ」 「木鈴」 木鈴に気を遣わせてしまったか。 それでも、俺たちをか、いなくなった田中をか、気遣う木鈴の温かさに、少し癒される。 「でも、もしかしたら敵さんに捕まえられてるかもしれないし、……そしたら、作戦練らないと、なのかな」 「……っはは、そうだな」 「あいつは案外うっかりしているところがあるしな」  笑い出したリーダーの田中の声から、わいきゃあと、何故かあいつの思い出話が始まる。話についていけていないおばちゃん達も興味深げに聞き入っている。  思い出は、何年も付き合いがあったわけではないからすぐに尽きるかとも思ったが、一つの話題がどんどん次の話題の起爆剤になり、意外と「俺」たちは人らしい生活をしていたのだな、と今更ながら実感する。  クールの田中。……あるいは、意外にうっかりの、田中。  腕がもげているくせに俺のシャツを気にしていたあいつが思い浮かぶ。  そうだ、あいつは結構、なんだかんだでしぶといだろう。もともと同一態だった俺が言うのも難だが。 「じゃあ、急ごう」 誰よりも沈んでいたリーダーの田中がそう言って、俺たちは静かにうなずいた。 * 「あのひとはいきてる」 「だって、あのひとのどろどろは、きえても ようぶんになっても ない」 「おいしそう」

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