2015/08/04(火)02:23
脳の断面11 なくしものはなんですか
「おっ……お、おばあちゃん……」
「あ、あれはいわゆるたとえでしょう……」
「いい、別に気を使わなくて……」
久しぶりに会った高橋先生は、随分大変な人と化していた。
「気を使ってなんていませ」
「いい、こんな奴放っておけ……まだ頼めば作ってもらえるだろう、食べ物は。行けばいい」
かといって、放っておくわけにもいかないし。
「いえ、いいんですよ。それに、」
「今更新しく作ってもらうほうが迷惑だものな、そんなことを頼ませそうになった私は本当に……ああ、見放してよい、見放せばよいだろう田中」
「俺は見放しませんから」
どうせ今更戻る場所もない。料理は今片付けられている最中、机も突っ込みと佐藤が綺麗にしている所。
俺も一応ご相伴にあずかった身として片付けようと、した。だが、「台所が一杯になるし、高橋先生心配だろう見ててやれ」と観察に言われた以上、こうして彼女の広い背中を撫でるくらいしかできないのだ。
変わらない触感、変わらない景色に、つい思考が過去に跳ぶ。
俺の手が、幼子の手と重ねられる。
ヒステリーを起こして、そうして一時間後には自己嫌悪で沈んでいた母親の背を最後に撫でたのはいつだったろうか。どんなきっかけでお母さんはヒステリーを起こしていたっけ。その時弟はどうしていたっけ。思い出せない。
他の田中達ならば覚えているのだろうか。
「……今、何を考えている?」
「あ…いえ、なんだか、昔ペットに同じことやったなあって……あ」
「いい、別に」
流石に母親と重ねたとは言いづらくて、何か他の似た事柄で誤魔化せないかと思ったが、そちらはそちらで失礼だった。やってしまった。
「どんなペットだ。お前はそいつを好きだったのか」
過去形。まあ、こんな世界じゃ当然か。俺達が今ペットを連れ歩いているように見えるわけでもないし。
「……猫ですよ」
「…………ほう」
興味を持ったようだ。そういえば、女子と先生は猫の話をしていたことがあったような気がする。
「白くて、ふわふわしていて、あんまり美人って感じではなかったですけど、可愛くて。人間不信で」
「ふん。人間不信なペットか、お前の家族と合わなかったのか」
お前なら懐柔する力がありそうだが、と続けられる。褒められているのか貶されているのか分からない。
「……親子だったんですよ。親が、その子供を人にあげてしまって、余計にあいつ、人間不信になりました」
半野良だったあいつは『異変』が起きる数週間前に、家に帰って来なくなった。
「『異変』の少し前はぐれてしまいましたが、生きてるとしたら、どうしているのか――……」
「望みだな」
所詮、と高橋先生が笑う。
「望みですよ」
そう言うことしかできない。そう思うしか、なかったのだから。
それは、もう一人の『俺』にも当て嵌まる。
生きている。そう信じるしかないのだ。
その後俺は高橋先生をどうにか普通に世間話できるテンションまで立ち直らせて、高橋先生は虫の大群が通り過ぎるまで俺と世間話をして、……そして、蟲に作り出された夜が明けた。