Laub🍃

2018/01/17(水)05:58

晩餐     (1次ss/ある村の話)

.1次題(177)

 未熟な稲穂がさわさわと揺れている。  一面の田んぼと遠くに見える山は、気が付けば真っ暗に染まっている。 「夜が来るぞ。怖い怖い夜が来るぞ」 「ああ、もうそんな時間か」  働き者のこの地方の人の為に、今日もあたしは呼び掛ける。  集中していたり、夜に対して気にするのが苦手な人達は、あたしの呼び掛けにありがとうと返して、それぞれの車に乗り込んでいく。  最後に乗り込んだ人は、数年前この村に来たばかりの人だったはずだ。 「どうして●●様が来るって言わないの?」  何とか皆に声を掛けて回り、お母さんの車に乗り込むとお母さんは苦々しい顔をする。 「おばあちゃんのおばあちゃんのおばあちゃんが子供の頃はそうしていたんだけど、逆に近くの観光客がこっちにも来るようになってしまったんだって。未だにどこから聞いたんだか来る人はいるけどね」 「ああ…」  危ないのになあ、と言うと全くだとお母さんは頷く。  そういう人達のお蔭で、今日もあたし達は見逃されてるのかもしれないけど。  車体の表と裏にはびっしりお経が書いてあるから、基本的には黒い影に捕まることはない。  黒い影は●●様の指だけど、こちらを認識しなければすり抜けても大丈夫なくらい。  認識されても、追いつかれる前にお経びっしりの車や家に入るかあの山を越えればいい。  だけど●●様のおなかがあまりに減ってると、お経の効果が少なくなってきてしまう。 ●  あたし達の村は、千年前、何度も戦場の最前線になっていたらしい。  未だに成仏できない彼らが夜ごとに目を覚まし、辺りをうろついていたのが五百年くらい前のことだったけど、それを何とかしたいと思った誰かが、村を出てどこかから『●●様』という神様を呼んできた。  ご神体ごと。  ちゃんと土地の人に許可は取った、もう大丈夫だと言うその人の言うことを、村の皆は信じるしかなかった。  幸い少しずつ、幽霊は消えて行った。  ただ一つ気がかりなこととして、初め優し気な笑みだったその像が、日を追うごとに冷たく何を考えているのか分からない笑みになっていったらしい。  それでも村の人達はありがたやとご神体を拝んでいた。  幽霊が一人残らず消えるまで。  幽霊が居なくなってから、●●様は物足りなくなったらしい。  幽霊の代わりに、夜遅くまで外に出ている人の心を少しずつ削るようになった。  目にした人の話では、まるで… 「あ、捕まっちゃった」 「あらら」  見覚えのない人が、遠くのあぜ道で黒い影に捕まっている。  ご愁傷様。  その人から、何かを抜き取って影は吸い取る。まるで食べているかのように。  この様子は昔から「お食べなさる」「捧げられた」と正式に呼ばれている。 「だっ…誰か、誰か!!助けて!!!」  一度や二度なら問題ないから大丈夫だろう。  別に命まで取られるわけじゃない。心のどこかと、記憶のどれかを取られるだけだ。  取られる部分がどういう基準で選ばれてるのかは分からないけど、20年前凄い荒れてたらしいうちのおじさんは●●様の指に捕まった後、洗われたように綺麗な目をしていたそうだから悪いことばかりでもないんだろう。  たまに思い出話が合わなかったり、当たり前の価値観が通用しなかったりするけどそんなのは些細なことだ。 「あんまり見てるんじゃないの」 「はーあーいー」  外の人は、一度びくんと大きく跳ねてから動かなくなった。ぐったりしてるけど、影に支えられているから棒立ちのままだ。  この季節だから風邪は引かないだろう。  あまり取られすぎると村を出られなくなっちゃうから、明日には健康なままお帰り頂きたい。  取られすぎた人はここで育て直さないといけなくなっちゃうから面倒だ。  しかも厄介なことに、●●様は、初めの方で●●様から逃げたいと思う気持ちを取ってしまうらしい。  誰かに言われないと、その危なさに気付かないほどに。  でもなんだかんだいって、この村は●●様のお蔭で綺麗だ。毎晩毎晩ひやひやするけど。  ご神体の置かれていた村は滅びていたらしいけど、同じ轍は踏まないようにしないと。

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