2017/11/28(火)01:57
テセウスの傘 (学園プリズン2次SS/直+レイジ+五十嵐/地味にレイ→ロン・侍←直)
・学園プリズン
・直目線
・レイジが取り敢えず笑ってる
※若干直・レイジストーカー気味表現注意
・関係性は10章初め辺り
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テセウスの傘
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僕達の学校の用務員室には、傘貸し出し所がある。
生徒に人気の用務員・五十嵐が主に管理しているが、その体制は杜撰と言わざるを得ない。
五十嵐ときたら、貸し出された傘ーご丁寧に校章がついている特注だーと違う傘が返ってきても気にせず返却受付をしてしまう。
お蔭で今や傘貸し出し所に元の傘など一つもない。
それでも『レンタル傘』としての概念は機能し続けている辺り、五十嵐も生徒達も適当なのか律儀なのか。
テセウスの船のパラドクス。修理し続けた結果元のパーツを全て喪失してしまった船。あの問題でテセウスが乗っていたものをテセウスの船とするか受け継がれ機能し続けている現物をテセウスの船とするかと問われたならば、本校の生徒たちならば間違いなく後者と言うのだろう。
……僕の友人達もその取り替え犯人の一人だ。
捨て猫に傘を貸しそのまま忘れたサムライ、
電車の中に忘れたワンフー、
悪気はないが毎回風に振り回され壊してしまうロン、
パラボラごっこをしていたら壊したヨンイル、
同じくチャンバラごっこをしていたら壊したレイジ。
それぞれ原因は違うものの、傘を返却できない状態に追い込まれている。
…本校の傘は特注の割りにどこから仕入れたのかやたらと粗悪な素材で作られている為仕方ないと言えば仕方がないが。
代わりに家で余っていた傘、コンビニエンスストアで買ったビニール傘、どうやったのか知らないが手作りの傘、など生徒達の個性溢れる『返却物』が占領している傘立ての様子は、まるで本校の学生達の縮図のようでさえある。
本来僕は、こうした光景など直視する機会はない。
置き傘、持ち歩き用の傘に念には念を入れて雨合羽。準備は万全。
よって、この傘立てなどロン達が主に借りている様子を横目で見るくらいしかしてこなかった。
状態の悪い傘しか残っておらず、それを使いづらそうにしていても自業自得だと思っていた。
…しかし、今日は別だ。
「色々あるぞ、どれを持っていく?」
「…シンプルで比較的清潔かつ頑丈そうなものがいい」
渋々依頼する。
当たり外れが大きいと聞いている為期待はしていないが。
……全く。常備していた傘が盗まれさえしなければ、盗まれたのが持ち歩いている折り畳み傘をサムライ、雨合羽をロンに貸した後でなければ。
あの二人を恨むわけではない。ないが、彼らにも今度から傘や雨合羽を持ち歩くよう、また他者に気軽に傘を貸さぬよう指導しよう。
そう人知れず決意する僕のもとに、何本かの傘を持って五十嵐がやってくる。
「これはどうだ?」
「……そうだな、この黒い傘がいい。比較的ましなほうだろう」
五十嵐が取り出した中で、一番ましなもの。
それは黒に金色のマークが描かれている傘だった。
妙に何処か商業的な空気を纏っている傘だが、宣伝にしては謙虚で品があり、また傘の状態もいい。
これならばと手を伸ばした、その瞬間。
「おっ、キーストアお目が高いな。それ王様が」
「五十嵐、別の傘に変えてくれ」
「ひっでえ!何その反応!!!」
「君が今までどこかから調達してきたものは大抵怪しげなものだった。破れた制服の替えもインスタント食品も。どうせこれもそういった曰く付きだろう」
よく見れば微妙に歪んでいるし、先程は見えなかった裏側に妙な汚れもついている。
「何気にしてんだよキーストアー」
「君が気にしないだけだろう」
五十嵐は苦笑しながら傘立ての前に戻っていく。
隣でレイジがやかましく騒いでいるが知ったことではない。
傘の元の持ち主。
それが僕と関係ないならば問題はない。しかし、こうして実害がある場合は別だ。
「怪しいもんじゃないって。この前用心棒のバイトに雇われてさー、そん時に前の傘壊しちまったから用心棒先に貰っただけだって」
「黒い傘自体は本当に雨傘以外の用途に使っていないのか?」
「俺は使ってねーよ?」
「前の持ち主が妙な用途に使っていた可能性はあるんだな?」
「そうかもなー」
「却下する」
そう言うとレイジは拗ねたように頬を膨らませる。
何を使わせようとしているんだこの低能め。
……レイジに言われて怪しさに気付いた僕も僕だが。
やはり非日常的な焦りというものは人を注意散漫にするようだ。
「僕としたことが大失態だ…このような低能どもの為のシステムに頼らざるを得ないとは」
「…鍵屋崎、他の傘は柄ものとかちょっと破けてたりとか日傘だったりするけどいいか?」
「……」
「いっそのこと一緒に雨ン中遊」
「柄ものを借りよう。名簿帳を貸してくれ五十嵐」
「了解。ほらよ」
「えーーー!!!」
サムライとロンは本日所用で先に帰ってしまっている。
その為友人の中でも一二を争う愚かな行動を取るレイジと寮まで一緒に歩く羽目になってしまった。
黙々と神経質に歩く僕の後ろを、下品で粗野な音が追いかけてくる。
「つれねーなあキーストア。もっと楽しく行こうぜ」
レイジは、水たまりを越えるゲームでもしているかのように飛んで跳ねて進んでいる。貴様は何歳だと問い質したくなる姿だ。
「君が鬱陶しく小学生並みの神経を有しているのは十分知っているが、それに僕を巻き込むな。僕は君と違って厄介ごとを無難に無駄なく乗り越えたいんだ」
「妹がもしこんなことやってたら全力で褒めちぎる癖に」
「恵は可愛い。貴様は可愛くない」
「ひっでえ」
僕は本校の管理者の怠慢により放置された地面の不均衡の結果たる水たまりを避けながら速足で歩いているというのにレイジはその努力を無にするような行為をしてくる。
「やめろ、僕の方にも水が跳ねる」
「あっはは、いーじゃんいーじゃん」
「ちっとも良くない。やりたいなら僕から離れてやれ」
「一人じゃつまんねーって」
「だから僕を巻き込むなと言っているだろう」
……苛立ちを抑えるべく、先程のレイジの提言を想起する。
もしこの小学生のような行動を取っているのが可愛い恵だったら妖精か天使のようだろう、そうしたら僕は賞賛しつつ即座に携帯で写真と動画を撮りメモリーを一杯にするだろう。そうしたら恵は照れてやらなくなるかもしれない、いやはにかみながらも続けるかもしれない……
「おっし!」
走り幅跳びの要領で大きな水溜まりをクリアしたらしいレイジの声と微妙な衝撃が思考を中断する。恐ろしく不機嫌な顔で睨むがレイジは堪えない。
「……泥水が飛んだんだが」
「全然大丈夫だって!足元だろ?気になんない気になんない」
「黙れ。貴様のせいで余計に早く帰りたくなった。即座にシミを抜かなければ」
……幸せな思考を不本意に中断され怒りで顔が歪む。
…生憎僕の斜め後ろ、たまに斜め前を跳ねるレイジはよくてスーパーボール。それも周囲の迷惑を顧みず自分勝手に動き回るスーパーボールだ。進路に粘着テープでも貼っておきたい。
「……今更だが、君は自分自身の渡した傘を借りなかったのか?」
「これ?ロンがこの前返してたやつ」
「……よく分かるな…」
「ついてるちっちゃな傷が同じ」
「……」
レイジがおもちゃのように振り回す傘は、100円ショップで買ったと思われる小さなビニール傘。
その素っ気無さ、小ささ、レイジに振り回されている様子がロンと重なる。
「あっはっは、ひっでえ顔」
「……君は…その執着を何か別の事に活かせないのか?」
「あはは、そー言うキーストアだってサムライが返した傘借りてんじゃん」
「!……妙にじじむさい傘だとは思ったが……」
「気付けよ~愛ねえなあ」
「君のそれを愛と言うならばなくていい」
「え~」
……ふむ、確かにこの武骨さ、大きさ。サムライらしい。
途端に、なんとはなしに隣にサムライが立っているような気分になり、少しレイジによって発生させられていた苛立ちが落ち着く。
「別の傘返す?」
「……いや。このまま返すが」
「サムライが大事に使ってたような傘がチャンバラごっことかで壊されてもいーの?」
「くどい。それにサムライの使っていた傘ならば本人と同様朴念仁で頑丈だろう」
「ははっ、そりゃそーか」
翌朝、レイジに言われたことが気にかかったわけではないが理解不能な感情により僕は気付けば別の頑丈かつ持ち手に抗菌作用のある傘を五十嵐に返却していた。
五十嵐が生暖かい目で見てきたが真顔で見返した。
「…勘違いするな」
息を吸い、一気に捲し立てる。
「これは別に執着に端を発する行動ではない、保護目的だ。
やましいことなどない。サムライにこの件を言ったり見せたりしないのはレイジと一緒にされたくないから、ただそれだけだ。だから貴方も口外しないでくれ」
しかし五十嵐はまたなんとも形容し難い顔で笑った。
苛立ちが募る。
「分かった、分かったよ」
そうだ、分かったのならいい。
Last updated 2017.11.23 22:51:11