2020/09/25(金)23:24
落ち武者サムライと霊感少年直 第参話『佳肴』
「やあ、はじめまして。僕は帯刀静流。…大丈夫、変なことはしないよ。
君と仲良くなりたいだけなんだ」
あはは、と笑う美しい少年は姿は若々しいのに雰囲気だけが禍々しい廃あ屋を象徴するかのような、古木のように流麗で洗練されているような、そんなアンバランスさを含んでいて、僕は警戒度を跳ね上げた。
ー落ち武者サムライと霊感少年直ー
第参話『佳肴』
「仲良くなりたい?……何が目的だ」
「ふふ、肩の力をもう少し抜いてよ。下心はあるけどおかしなものじゃないよ。君、昨日幽霊と出会ったでしょう?それ、僕のご先祖様なんだ。僕はうまく彼に干渉できないから、君を通じて会話したいなと思ってね。」
「…君にはあの幽霊が見えないのか」
「そう。何度も何度も『試して』今度こそ、って思ったんだけど駄目でさ。話したいことがあるんだけど」
「断る。僕はあの幽霊には恩を返す義理があるが、突然現れ、しかも僕に不快感を与えた君にそうまでする義理もない」
「そんなこと言わないでよ」
蛇のようにその静流と名乗る少年はまとわりついてくる。
僕よりわずかに身長が高いくらいの彼は外見だけでいえばせいぜい中学生くらいなのに、がたいのいい男数人を従えている。明らかに不審だ。
「あの幽霊のこと、直くんは気にならない?どうしてあんなところに居るのかとか、どうやって死んだのかとか」
「まだろくに話しても居ない相手だ、先日恩に着る出来事はあったがそれくらいだ。それ以上の興味を抱く理由はない」
今日はまだ実験結果の観察などしなければいけないことがいくつか残っている。
そして僕にとっての唯一絶対、恵が家で待っている。存外優しかった落ち武者に恩返しをした後はもう、直帰したい。こんな低能に関わりあっている時間が惜しい。
「いいから早く帰らせろ」
「連絡先教えてくれるまで帰せないなあ」
「くっ…」
こんな時ロンに声をかけていたらどうなっていたのだろうと無意味な過程と妄想をする。
喧嘩はさほど強くはないが逃げる力だけは高いロンのことだ、またたくまに活路を見出してくれただろう。
「!」
現場に高い音が響き渡った。電話の呼び出し音だ。…父さんだ。
『まだ戻ってこないのか?どこまで出掛けているんだ』
「すみません、すぐ戻ります」
電話を切り、一息つく。
「そういうことだ、僕は可及的速やかにこの場を去らねばならない。失礼する」
「ちょっと待って」
静流が僕の携帯を取り上げた。
「っ…返せ!」
手を伸ばすがわずかなリーチの差と流れるような身のこなしによって避けられてしまう。
「0x0-xxxx-xxxxね、わかった、ありがとう」
伸ばした手の先であえなく操作された僕の携帯は簡単に僕の個人情報を暴露してしまった。
「……連絡先など手に入れてどうするつもりだ。言っておくが僕は君の呼び出しになど応じないぞ。理由がない」
「それはまた後日のお楽しみだよ」
にこりと笑い、静流は子分たちとともに引き上げていった。
「……なんなんだ、一体」
僕も廃墟を出る。
結局あの落ち武者は、帯刀貢は、現れなかった。
*
甚だ不本意だ。
「直くん、美味しいものがあるんだけど食べない?」
どうやって取り入ったのか、静流は僕の研究所にアルバイトとしてやってきた。
「魂を定着させる技術ってすごいねぇ。それって天国や地獄に行った人も呼び出せるのかな?」
「…地獄はともかく、天国に行った人間は余程のことがなければ現世には戻ってきたがらないかもしれないな」
一度喰えば戻れないよもつへぐい。お盆だけ開く釜の蓋。みなすべて先人たちの創作童話だ。あの世の法規制はしっかり機能しているように作ったのは、現世の人々への失望絶望ゆえだろうか。
「……例え現世が泥でも、大事な人が居れば戻ってきたくなるとは思わない?」
「…貴様のとりたいようにとればいいだろう」
そういうと静流は笑って言った。
「そうだね。……僕もきっと、そうするよ」
珍しく、作り物でない笑顔だった。
静流のこの言葉の本当の意味を知るのは、もう少し先のことになる。
【続】
【続】