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テレビの番組を作るという仕事を14年もやっていると、
視聴者としてどの番組を見てもそれが真実をありのままに描 いたものなどひとつもないことがわかってくる。 ドキュメンタリーであってもそのディレクターのフィルター を通して描かれている以上、実際に現場に居合わせてその対 象を自分の目で見るものとは全く違うものになっているはず である。 生番組なら隠し事は出来ないはず、というのは全くの逆で、 生番組こそ我々スタッフはタレントに台本に忠実になるよう にとお願いする。 番組終了後には、「番組ではああ言ったけど、本音は違うよ な」などという話が飛び交う。 「やらせ」という問題がいつも忘れた頃に表ざたになるが、 「演出」と「やらせ」の境界線はきわめて微妙だ、 本当にあったことをそのまま伝えるなら、ディレクターとい う仕事は成立しない。 もっと言えば、どんな素材でも良くも悪くも演出しだいでど うにでもなる。 どんな番組でも疑い出せばきりがない。 そんな中でテレビを楽しく見るコツは、フィクションである とかノンフィクションであるとか真実だとか作り物だととい う発想を無くし、それを見て自分が楽しいか否かだけを考え ることのように思う。 これは人間が生きて行く中でのすべてのことにつながってい るようにも思える。 本当はいい人だけど、自分にとってストレスばかり与える悪 い面しか見えない人は付き合うに値しない人であり、 逆に影で舌を出していようと付き合っていれば楽しくてづっ と一緒にいたいと思う人は自分にとってはいい人と判断する べきでなのかも知れない 恋愛で言えば、彼氏が3人いる小悪魔的な女性でも3人ともが 満足していればいい女であり、一人の男性にに尽くす女性で も、その一人がうっとおしいと思っていれば、いい女とはい えないはずである。 真実よりも大切なことはもしかすると、演出によってどう人 に対して良い印象を与えるかではないかとも思う。 浮気を好き勝手にして、家庭で完璧な妻を演じる女性と、 家で夫の帰りをずっと待っているけれども、夫のあらを探し てわめき散らす妻、いったいどちらが必要とされている妻な のだろうか・・・・・ 嘘のつけない面白くない男と、作り話ばかりの面白い男、 前者は誠実で後者はいい加減、しかし評価は間違いなく後者 に軍配が上がるはずである。 そういう人間はいずれボロがでる・・と思いたいところだが 現実はそうではなく、演出上手な人間はボロも出にくい。 ただ間違いないことは、テレビの演出でもいえることとし て、根本に人を楽しませようとか、人を喜ばせようと言う気 持ちがない人間にはいいフィクションは作れないということ である。 人を喜ばすためにつく嘘は自分を納得させるための真実より も値打ちがあるということなのかもしれない。 自分を納得させるために人に嘘をつくという行為はあっては ならないが、嘘もつき方しだいでは人を幸せにする。 明日からも僕はテレビというメディアで大衆が幸せになれる ような嘘をつき続ける。 そして人に対していい印象を与えるように、自分自身を演出 し続けるに違いない。 真実の僕は、ひがみっぽく、嫉妬深くて、短気で、独占欲が 強く、あまりにもわがままだから・・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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