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直子の直筆

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先に逝った長男

2009年06月22日
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カテゴリ:先に逝った長男
生きていれば・・・20歳の誕生日。

ふと、時計に目をやったら、ちょうど長男の出生時刻だった。

こんなことは珍しくない。

きっと、今でも、小学2年生の姿のまま、私の周りをにこにこ走り回っているのだろう。







最終更新日  2009年06月22日 12時37分03秒


2007年10月08日
カテゴリ:先に逝った長男
『オーラの泉』を観た。

高島忠夫&寿美花代ご夫妻の、殺された長男は「天使」だった。

自分の役目を果たして早世したその魂は、短い自分の人生に満足していると。



そう言えば、我が家の息子が死んだあと、友達のユキちゃんから、こんなことを聞かされた。

息子が4歳くらいのときに、新婚のユキちゃんを訪ねたことがあった。

みんなで歩いて「花やしき」へ遊びに行こうとしたとき、息子が、初対面のユキちゃんの手をギュッと握り、ニカッと笑ったのだとか。



「その瞬間、”この子、イガグリ頭の天使だ!”と思った」



息子は、よく「お地蔵さんみたいね」と言われたが、それもまた”天使”の姿だったのだと知った。







最終更新日  2007年10月08日 09時29分08秒
2007年01月22日
テーマ:ニュース(94522)
カテゴリ:先に逝った長男
早速、過去のFAXや、保育園の「連絡ノート」を読み直す日が始まった。

心に残ったエピソードや、他人が読んでも面白いと思われる内容のページに、どんどん付箋を貼っていく。

次は、それをワープロで打ち直し、その時期に合った写真をアルバムから探した。

そして、原稿に写真をレイアウトして、”あとは印刷するだけ”の状態で印刷屋に持って行った。

200部印刷した本は、息子の同級生と、お世話になった人たちに配った。

これを読んで、”どうしてほしい”という願望はなかった。

ただ、”こんな子供が生きていた”ということを残したかった。









最終更新日  2007年01月22日 08時41分38秒
2007年01月20日
テーマ:ニュース(94522)
カテゴリ:先に逝った長男
その日、亡くなった息子の、生きた証を確認するかのように、私は夜中に育児日記を読んでいた。

育児日記と言っても、ノートに書かれたものではなく、毎日のように実家の母へ、息子の様子をつづったFAXをファイルしたもの。


赤ちゃんのころの息子。

言葉を話せるようになった頃のこと。

泣いた、怒った、笑った・・・。



保育園での様子を知らせてくれる、「連絡ノート」の中にも、エピソードが満載だった。

たとえば、こんな内容のもの。


【平成3年10月21日】(平山先生)

きょうのお昼はお弁当だったので、ゴザ敷いて外で食べました。
ほとんど食べ終わっていたはずなのに、とりのからあげをおいしそうに食べていたので
「誰のお肉?」と聞くと、テレた様子でどんどん逃げて行きました。
「ミキちゃんの?」と聞くと首を横に。
「ジュンちゃんの?」と聞くと、ウンとうなずいていました。




【平成5年2月2日】(斉藤先生)

食事中のこと。フランスパンサンドで「パンかたいね。でもおいしい」と満足そうでした。
「先生のパン食べる?」と聞くと、うれしそうに「うん」と答え「先生のパンってとってもおいしいね」ですって。
同じものなんですけど・・・。




いつの間にか、泣き笑いを通り越して、爆笑していた私。

そのとき、ふとアイデアが浮かんだ。




「これをまとめて本にしよう!!」




(つづく)







最終更新日  2007年01月20日 08時04分17秒
2006年06月22日
カテゴリ:先に逝った長男
生きていれば、17歳です。

この日記を読んで、

「私(オレ)と同じ誕生日じゃんびっくり
と思った方。

大丈夫、きっと息子が自分の分まで、みなさんを長生きさせてくれますから。

17年前のきょうは、梅雨の中休みのような快晴でした晴れ

早朝に陣痛が始まって、夫に産院へ送ってもらい(そのまま置いてかれた)、午前10時に生まれました。

初めての出産、長男、大安吉日。

それはもう、今後も味わえないであろう「人生最高の日」でした。



今、高校2年生になる息子の友達は、近所のドラッグストアなどでバイトをしていて、名札を見て”あ~、○○くんじゃない!!”とビックリさせられます。

そんな時、小学2年生で止まっている息子のあどけない笑顔を、少し寂しい気持ちで思い出します。








最終更新日  2006年06月22日 20時13分16秒
2006年01月19日
カテゴリ:先に逝った長男
”ズッコケ”シリーズの三人が、オジサンになって・・・という話らしい。

NHKで長く放送されていた”ズッコケ”シリーズは、実を言うとあまり見たことがなかった。

それが、息子が死んで間もなく、息子と同じ名前が主人公の、那須先生の本が出た。

それを教えてくれたのは、息子の担任の北○先生だった。

早速、買って読んでみると、主人公の雰囲気といい、内容といい、息子とだぶるところが多かったので、那須先生に手紙を書いた。

すると、なんと那須先生から返事が届いた。

”子だくさん”の那須先生は、子供を亡くした親の気持ちをわかってくださり、年頃(高校生?)のお子さんが、バイクに興味があるので、交通事故の心配は尽きないとも書いてあった。

陰ながら、これからも那須先生のご活躍を応援したい。







最終更新日  2006年01月19日 08時18分22秒
2005年12月04日
カテゴリ:先に逝った長男
息子が死んだ年の12月。

長女の保育園つながりのお母さんたちで、恒例の忘年会をやることになった。

きっと、みんなで”今年はどうしようか・・・”とさんざん悩んだ末、私にも普段どおり声をかけてくれたに違いない。

息子の葬儀に駆けつけてくれメンバーだけあって、お互い顔を合わせづらいような・・・でも、せっかくのチャンスだから出かけていった。



少し遅刻して行った私。

葬儀のお礼を言おうにも、泣かない自信がなかったので、息子のことには触れぬまま、会話に参加していった。

すると、ひとりが

「でさ~、さっきの話の続きだけど、馬場さん(仮名)って、ホントは子供は何人いるの?」

と切り出した。

馬場さん(仮名)は

「だーかーらー!!一番上の娘は8歳のときに、病気で死んじゃったんだって!!
つまり、その子も入れれば3人だよ。」

と平然とした顔で答えた。

「えっ!!!!!!!」(←その他大勢)



馬場さん(仮名)はこのメンバーの中でも、リーダー的存在。

歯に衣着せないキャラと、スルドイ視線で他を圧倒し、私でさえ(?)なかなか言葉を交わせなかった人だった。

その馬場さん(仮名)に、そんなことがあったなんて、夢にも思わなかった。

そう言えば、息子が死んだあと、娘の保護者会で会ったとき、言葉少なに

「少しは落ち着いた?」

と声をかけて来てくれた。

その時の馬場さん(仮名)の表情は、憐れみでもなく、同情でもない、今になって思えば、”辛いだろうけど頑張れよ!!”というメッセージそのものだった。



結局、このメンバーとは、それ以降も何年か忘年会を続けた。

そして、その度に、馬場さん(仮名)とは、お互いに亡くした子の話になった。

毎年のことながら

「生きていれば中学生だね」

とか

「ウチはもう高校生になったよ」という会話になった。

”死んだ子の年を数える”というのは、未練がましいことのたとえにもなっているが、子を亡くした親の役目として、”死んだ子の年”は、いつまでも数え続けて行きたいと思った。





話は変わりますが、「ふじいあきら」と「ケンタロウ」の見分けがつかないんですけど・・・。














最終更新日  2005年12月04日 22時56分40秒
2005年11月21日
カテゴリ:先に逝った長男
突然、息子に取り遺された私たちは、これといったあてもなく、夜な夜な通った本屋さんで、ふと目に留まった『生きがいの創造』(福島大学助教授・飯田史彦)に出会う。

私がそれまで漠然と感じてきた「過去生」について、信憑性のあるデータを基にして書かれていたので、迷うことなくレジに向かった。

帰宅して、時間が経つのも忘れて読んでいくと、あてはまる経験をいくつもしていることに気がついた。

初めて行った場所なのに、「この景色は見たことがある」と感じたり、初めて夫に会ったときも、「この人、会ったことがある!!」と感じたり、それらは、一説では脳神経の”錯覚”とされているが、私にはそうは思えなかった。

記憶と言えば、事故が起こる数日前から、私の頭の中に

「小2の夏休みは、何が起こるんだっけ?」

と、遠い記憶が何かを思い出させようとする感覚があった。

まさか、こんな悲しい出来事だということまではわからなかったが、そういう”記憶”というのも、本によると「生まれる前に、今回の人生設計を、自分でして生まれてくる」という一節で納得できた。











最終更新日  2005年11月21日 11時57分07秒
2005年11月19日
カテゴリ:先に逝った長男
小さい頃から不思議な子供だった。

大人の考えが理解できる、いや、”あんた子供のふりしてるだけなじゃないの?”と思うことさえあった。

3歳近くなったある日、一緒にお風呂に入っていると、突然

「ぼく5ねんたったらしむ(ぬ)の」

と言った。

(・・・え!?なに言ってんの!?)

そう思った次の瞬間、言いようのない不安に襲われ、「そんなこと言うもんじゃない!!」と、泣きじゃくる息子を叱り飛ばしてしまった。

それから5年目、8歳の誕生日を迎えて2ヶ月もたたないうちに、言ったとおりに息子はこの世から姿をくらました。



人生は、最初から決まっている?

そう思わずにはいられない出来事を目の当たりにして、人の命とは、過去から未来へ綿々と続く、鎖のひとつに過ぎないのではないかと思うようになった。














最終更新日  2005年11月19日 16時16分41秒
2005年11月18日
カテゴリ:先に逝った長男
8年前の夏休み、大好きなスイミングスクールの送迎バスに乗るため、自宅を出て10分もしない交差点で、信号無視のトラックにひかれて亡くなった長男。

小学2年生、8歳だった。


その日、いつもなら仕事で外出しているのに、急に予定が変わり自宅にいて、事故現場の前にあるドラッグストアの店長さんから、「もしかして、おたくの息子さんじゃ・・・」と電話があり、あわてて夫とかけつけると、そこには間違いなく息子が横たわる姿があった。

大勢の人に囲まれ、看護師だったという女性が心臓マッサージをしてくださっていたが、ひと目見て”あ~、ダメだ・・・”と、すぐにわかった。

息子の体をさすりながら、半狂乱になっている私の前に駆け寄って来て、頭を下げる男の人がいた。

「すみませんでした!!」

まだ20歳そこそこの、トラックの運転手だった。

「”すみません!!”じゃないわよ

  どうしてくれんのよ!!」

そう言ったあとの記憶は、ほとんどない。



命とは、こんなにも呆気ないものなのか。

”死んだら終わり”なら、生きていること自体、なんてアホらしいんだ。

幸せが、こんなにも簡単に壊れてしまうのに、努力する意味ってあるのか?

一体、なんのために生きてるんだ?

幸せのために生きているなら、その”幸せ”って何だ?


心理学、宗教、経済、科学・・・あらゆるジャンルの本を読み漁る日々が始まった。

























最終更新日  2005年11月18日 17時53分16秒

全14件 (14件中 1-10件目)

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