回想 歩き遍路二巡目 その2 七日目のこと
38番 金剛福寺 山門2009年4月30日(木)今回の歩き遍路 七日目=最終日のこと。(六日目のこと は こちら)朝7時。朝から快晴。星空のお父さんが 以布利港の入り口まで歩いて見送ってくれてあの浜の先から 旧道を上って行くのだと教えてくれる。海の向こうの太陽が えらくまぶしい。堤防道が終わり 浜の砂とごろごろ石を歩く。と 傍らに 猫の半分腐乱した姿。思わず 南無阿弥陀仏と唱えて 顔を正面に向けたら何やら おばさんが 熊手で砂を掘っていて びびる。人の気配に振り向いたおばさんが 声をかけてきて聞けば 昨夜の宿 星空の隣で遍路民宿を商っているおばさんだった。昨夜泊まった歩き遍路を ここまで見送りに来て浜の草花を掘っていたらしい。浜のとっつきから 斜面を登ると まもなく車道に。やがて左に海が望めるようになり窪津港までは 目も開けられないような まぶしい海沿い。前回も思ったのだが せっかく足摺を歩くというのにここから道はやや内陸に入ってしまい 海が見えなくなる。今回は快晴の天気で暑かったので木立の中の道は涼しくて 助かったのは助かったんだけどね。途中 津呂の遍路小屋で 休憩させてもらう。ここは 歩き遍路が宿泊できるように 畳の敷かれた小屋もありお世話になった遍路の たくさんの納め札が貼ってあった。昨日 結構な距離の しかもずっとアスファルト道を歩いたせいかこの日は 足が重かった。今回の区切りうちは 今日で最終日だし気もゆるんでいたのかもしれないけど。 38番 金剛福寺 山門210時過ぎには 金剛福寺に到着。前回 広い境内は あちこちで改修工事をしていたが すっかり綺麗になり大師が乗って海を渡ったという伝承からなのか大きな亀の石が 可愛かった。 38番 金剛福寺 本堂本堂と大師堂をお参りし 境内のベンチで休憩。なんか やたら疲れていた。前回と同じように 足摺の遊歩道を散策し午後2時のバスで中村へ戻る予定だったのだがなんだかもう 身体を休めたかったので前倒しで 正午前のバスに乗ることにした。路線バスは 土佐清水市でトイレ休憩があり運転手さんが声をかけてくれたけど そのまま爆睡。今回歩いて来た道を 遡る道でもあり つい数日前通った道なのに懐かしい。時々 歩き遍路を見かけ 頑張れや~ と 見送る。中村からは 土佐くろしお鉄道で高知へ戻るのだが次の特急まで まだ時間があったので 駅のそばで たまごとじうどんを食べ駅の待合室で ぼ~っとしていた。と 中村からの電車が到着したので見るとは無しに降りてくる乗客をながめていたら初日に出会い 高知屋さんも一緒で 清滝寺の麓で挨拶して別れたあの群馬のご夫婦が降りて来た。37番岩本寺から 足摺の金剛福寺までは 歩くと3日ががりの遠距離なので途中から電車に乗り 今日の宿のある中村までやって来たのだそうな。明日はバスで 足摺手前の遍路宿に向かうとのことで無理をせず マイペースで行ってください と 見送った。 あんぱんまん電車 (土佐くろしお鉄道)高知への特急は わずか2両の あんぱんまん電車。出発や到着のアナウンスもあんぱんまんで乗車していた子供たちは 大喜びである。1週間の道のりを 電車は あっという間に遡り 夕方には高知駅。前回と同様 汗を流すために タクシーで スーパー銭湯へ。 高知ぽかぱか温泉入り口で 入場券を買おうとしていたら 次に入って来たおばさんがあらあら ハイハイ お接待ね~ これこれ って 回数券を くれたえ?っと思う間もなく それで入れるからね~ と 女湯に消えて行った 最後の最後まで お接待 ありがとうございます。受付でザックや弘法はん(金剛杖)を預かってもらい のんびり のんびり。湯舟につかっていたら 地元のおじさんが 話しかけてくれてよかったら 帰りは 高知駅まで 乗せてくよ と言ってくれた。風呂上がりのビールをしこたま飲んでご飯も食べておきたかったので 丁重にお断りしたものの嬉しかったっす! 高知駅まで戻り また 高速バスで 東京 新木場へと向かう。帰りもスーパーシート。耳栓もちゃんとしておいたけど やっぱ 頻繁に目が覚めた。到着した 朝の新木場駅は 通勤ラッシュの真っ最中で 一気に現実へ。スーツ姿のサラリーマンの流れに入るのは 怖い気がした。ということで 今回の区切り打ちは ここまで。高知市内 31番竹林寺さんから 足摺岬にある38番金剛福寺さんまで七日間かけて 270015歩 約216kmの道のりでした。今年も また 春がやってくる。春には 母を 長崎まで送って行くので今年は 四国へ行けるのかな~と 思っているのだけど。ま 気ままに 気ままに。