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9.困惑

生まれて初めて自分の行動に驚いた
頭で考える前に、身体が先に動いてしまった
鮮血に染まりながら歌う少女を見ていたら頭が真っ白に・・
人々の好奇の眼差しも感じないほど夢中だった

ぶどう酒が入った杯を片手にハルノートンは考えていた

ネフェルを傷つけてしまっただろうか?
あの気高く誇り高い王女を俺は傷つけてしまったのか・・

ぶどう酒に自分の顔がユラユラと映る

俺は幼き頃より次期ファラオとして育ってきた
美しいネフェルを妻に迎え、この偉大なるエジプトを統治していくのだ・・
ネフェルに不満はない。あるはずがない。
しかし、俺はネフェルを愛しているのか?
命をかけて彼女を愛しぬくことができるのか?

ハルノートンはいっきに杯を空けた

「ヤケ酒ですか?」
「・・さぁ・・どうかな・・?」
「私も一杯いいですか?」
「・・あぁ・・」

ハルノートンの隣にセナトスが座る
ハルノートンがセナトスの杯にぶどう酒をそそぐ

「・・乾杯・・」
「乾杯?何に対して?」
「・・さぁ?なんだろうな・・」
「ハルノートン王子の・・恋に!」
「!俺の・・恋?」
「えぇ、そうですとも。アナタは恋をしておられる」

真っ直ぐにハルノートンの瞳を見つめるセナトスの視線から思わず目をそらす

「これはこれは・・図星でしたか?」
「それはどうだろうな・・」
「フッ・・まぁ、いいでしょう」

セナトスは軽く自分の杯をハルノートンの杯に合わせグイッと飲み干した
「今年のぶどう酒は格別にうまいっ!」

しばらく二人は中庭の池に映し出された月を見ながらただ黙って酒を飲んだ

「アナタは本当に月の光が似合う・・この世の者とは思えないほどに美しい・・」

そういうセナトスも男の目から見てもゾクッとするくらいに美しいのだが・・

「プッ!なんだ突然?」
「その柔らかい物腰・・涼やかな歌声・・優しい眼差し」
「月が似合う・・か・・ファラオにはふさわしくないと?俺が月ならお前はまさしく太陽が似合う。太陽とはすなわちラーを指す・・つまりファラオだ・・」
「俺はそんなつもりで言ったのでは・・」

「・・ネフェルを妻にして、ファラオになりたいのか?」
「私はすでに王族ではない。一将軍でしかない・・」
「それでも!そなたの身体には王族の血が流れている・・」
「王子よ・・いったい何が言いたいのです?」

その時、サァッと風が吹き、二人の前髪を揺らした
ハルノートンは池を、セナトスはじっとハルノートンの瞳を見つめている・・

「・・・わからぬ・・」
「は・・」
「自分でも一体何が言いたいのか、わからぬ・・」
「王子・・?」
「さて!少し酔ったようだ・・失礼するよ」
「は・・おやすみなさいませ・・」

宮殿に戻って行くハルノートンの後姿をセナトスはじっと見つめていた



あの冷静沈着な王子が、明らかに心を乱しておられる・・
確かに今夜の宴での王子の行動は皆を驚かせた
なぜ王子が侍女ごときを・・しかもネフェル王女の目の前で

意識を失っていくティティに駆け寄った自分にも驚いたが自分よりも先に王子がティティを抱き上げたことがもっと驚いた・・ただ唖然として王子を見上げるだけだった・・
あの時の王子は、俺の存在すら気づいていなかっただろう

恋をしていると言われて、驚いていた・・
あの瞬間、王子の脳裏によぎったのはネフェル王女ではなく

「・・ティティ・・か・・?」

巨大なエジプトの次期ファラオが侍女に恋をしている
そして、そんな自分に動揺している

「フッ・・意外に人間らしい所があるのだな・・」
ハルノートンに対して急に親しみがわいてきた

俺は人のことが言えるのか?人の反応を見て楽しむ余裕があるのか?
王子はもちろんのこと、あの場にいた者は誰も覚えてないだろうが、俺だってあの時あの娘のもとへ駆け寄っていた
王子があの娘を抱き上げた瞬間、熱いものが胸を走った
あれはなんだ?あの感情はなんだ?

「あの時、王子がいなかったら・・俺は・・」

セナトスは残りのぶどう酒をグイッと空けた・・






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