第9章You keep silent, I don't mind与えようとばかりして、もらおうとしなかった。なんと愚かな、間違った、誇張された、高慢な、短気な恋愛ではなかったか。ただ相手に与えるだけではいけない。相手からも貰わなくては。 (by ゴッホ) 1 激しい感情が、ヴォルフリートの中で揺れ動く。目の前には、美しい紺色の衣装を着たアウグスティーンが、ヴェネチアの仮面をはずして、優雅に微笑んでいる。 「貴様・・・」 「久し振りだね、ヴォルフリート・・・」 頭の中がかぁ、となる。銃口を思わず、ヴォルフリートはアウグスティーンに向ける。 アウグスティーンは冷静に銃を掴んだ。 「離せ・・・ッ」 「落ち着きなさい、私は君を怪我させに着たんじゃないよ、・・湿った雨のにおいがする」 フーフーッ、とヴォルフリートは息を乱す。 「・・・お前、ルドルフ様を狙ったのか・・・」 「おや、以外だね、君でも人を疑うんだね」 ヴォルフリートは銃をアウグスティーンから引き離す。 「―お前の祖父は、帝国に謀反の罪で捕まった、それに異民族だ、帝国に対してプラスの感情を持つわけがない」 「・・・調べていたんだね、でも、それは私の祖父の事だ、それにここを通ったのは偶然だよ」 「なら、取り調べる・・・。メルクで貴方が起こした事件で貴方には、重大な容疑が・・・」 ヴォルフリートは徐々に冷静さを取り戻す。 「ヴォルフリート、君には出来ないよ、なぜなら、私は君に・・・・」 「貴方の穢れなど、僕は打ち消せる!!あつかましい!!」 「やっぱり、忘れてなどいないね、君は・・・・」 「あいつに会ったんです、アウグスティーンに・・・」 2人きりに取り残された時、ルドルフにヴォルフリートはそういった。 「何故、警察に言わなかった、そうしたら・・・・」 「言わなかったんじゃないです、いえなかった、アイツは僕が・・・」 拳が震えている。 「ヴォルフリート、落ち着け・・・」 ルドルフはそっ、と手を差し出した。 「十分落ち着いています・・・、・・・あの日、僕は烙印を押されたんです、ずっと忘れたフリをしたかった、殴られて蹴られて、人間以下の扱いをされた・・・、絶対に許さない、あの悪魔に・・・・」 鈍器で殴られたような衝撃がルドルフを襲う。 「・・・ヴォルフリート・・・・」 ヴォルフリートの視線が下に落ちる。怒りなのか、絶望なのか身を震えさせている。 「今度は僕がアイツから全部奪う、簡単に死なせない」 「止めろ、お前らしくもない・・!!」 それは自分の役割だ、この少年にそんなものはふさわしくない。 「僕らしくない?・・・貴方の知っている僕は何ですか?憎しみや嫉妬しない人間だと?」 「それは・・・・」 なぜか、うまく言葉が出せない。のどのところで突っかかっている。 「私がアウグスティーンを捕まえる、お前はだから手を汚すな・・・」 自分の口から出た言葉は意外なものだ。 「・・・・わかりました」 どこか気弱な、子供のような表情をヴォルフリートはルドルフに向けた。 「私を信じろ・・・」 「・・・・わかりました、すみません、少し動揺してしまって」 その言葉にルドルフはホッ、と胸をなでおろした。 「―そうだ、お願いなんですがいいですか」 「何だ?」 「姉さんには絶対このこといわないでくれませんか、あの人にだけは僕は絶対に知られたくないんです、きっと本当のことを知ったら、姉さんは僕を軽蔑するから、僕の気持ちを」 え? 「大切なんだ、姉さんが」 次の瞬間、ルドルフはヴォルフリートの手を拒絶した、いや、本能的にその言葉の意味を理解する事を拒んだ。 「ヴォルフリート、お前、自分が何を言っているのか、わかっているのか?」 「・・・・」 生まれた年は、燃え盛るような暑い夏だったという。生まれた国は、中東やアジアに近い場所であり、流れ者のジプシーの母とオーストリアの没落貴族の父親との間に少数民族の中で、対人や中華民国の漢民族、様々な血が混ざった人間の中で、エレク・ビーネアイトとは生まれた。族長の娘であった母は、父との結婚で異端とされながら、一方で慈悲深く優しい性格で国の皆から慕われていた。 妹と母、恐らくは愛人だったのだろう母の元にたまに来る父親。父親に複雑な感情を抱きながら、尊敬もしていた。暮らしは決して楽ではなかったが、エレクはそれが日常であり、国に出ることなく、誰かと結婚し、仕事につき、国の中で一生を終える。当たり前のように信じていた。国に他国からの侵略者が来るまでは。 「お母様」 「早く、早く、お兄様」 「・・・・でも、まだ、父さんが」 「大丈夫、あの人はきっとオーストリアが助けてくれるわ」 母はとても美しかった。静で優しくて間違いを許さない。おしとやかで理知的で眩しい。自分の意思を曲げない頑固さもあった。だが、今だから思う。彼女は井の中の蛙だった。愚かな女だったんだと。 「私たちの一族は常に支配者や強い濃く、中華民族、様々な国に脅威にさらされてきたわ。人とは違う力を持っていたからかもしれない。昔は天女の子孫とも、仙人の子孫とも言われたわ。けれど、時代が進むに連れ、私達は本来の居場所を奪われ、悪魔の末裔だといわれたわ。デモね、そんな中でも忘れてはいけないこともある」 「何ですか?」 2 皇妃エリザベートに連れられ、乗馬につれられた時、ヴォルフリートは他の従者に値踏みされるように見た。まるで鷹に見つめられた小動物にでもなったような気分だ。どこからか、ウィーン少年合唱団のボーイソプラノのような音楽が聞こえてくる。林の中には、木の枝が転がっていた。 「見なさい、ヴォルフリート」 「はい」 「青い小鳥が雛を暖めているわ、ひばりの仲間かしら」 ヨーロッパ一の美貌を前にヴォルフリートは緊張してしまっている。一国の皇妃が何故、自分のような庶民と遊びの時間を共有しているのか。女神のように綺麗で優しく、誇らしい。王宮にいつかない変わり者の皇妃。皇帝に愛され、珍しい恋愛結婚をして、ルドルフ様の母親である人。 「どうしたの、わたくしが相手では退屈かしら」 八頭身の美人は腰が以上に細く、つややかな黒髪で、何かと扇で口を隠している。 「いいえ、滅相もない」 エリザベートはくすくすと笑う。 「冗談よ、小さな坊や。ヴォルフリート、貴方は本当に綺麗ね」 「は・・・」 ヴォルフリートはきょとんとした表情を浮かべた。 「太陽の光に照らされて、キラキラして、綺麗な太陽の髪、大地の髪だわ、瞳も深い翡翠の瞳に冷たい湖の高貴さを持っているなんて、贅沢ね」 「・・・そんな事、初めて言われました」 「私たちは、いいお友達になれそうね、ヴォルフリート」 レオンハルト、アリスの父親がアリスを部屋に閉じ込めた。 「レオンハルト、なんてことを」 「アーディアディト、お前に考える機会をやろう、その間、自分の選択がどういうことか良く考えるように、一人になれば、十分考えられるだろう」 「やめてください、貴方・・・」 エレオノールが慌ててとめる。 「これは、この家と君を守るためだ」 「開けて、お願い、開けてっ」 アリスは扉をどんどん、と叩いた。 アーディアディト・バルトは、常に家族のヴォルフリートを守ってきた。孤児だとののしる世間の冷たい人間から、異能者だと、人とは違う力を持ち、違う色の瞳を持つ弟を。ドジだと、のろまだと、お前には何も出来ないという心がない人間から。だから、誰にも負けない強さが欲しかった。そんな彼女が求めるものは、大切な人が笑顔でいられる場所だ、ヴォルフリートの事は勿論、歌手になるという夢はどうしても捨てる事が出来なかった。 そんな彼女の苦手なものは、辛いもの、雷、怖いものはヴォルフリートを失う事だった、彼女の心を揺さぶり、だらしなくさせるのは甘いお菓子と歌、ダンスだった。短所は、泣き虫で頑固、わがままで人に乗せられやすい自惚れやなと頃だった。娯楽においてはチェスがかなり強く、足も速く、最近では護身術も習っている。勉強はレディーとしてのマナーや振る舞いが苦手だ。 外見はカレンで可愛く美しく華奢な金髪のロングへあと青い瞳だが、内面は違う。 ・・・・ここにいては駄目だわ、何とかお父様達を説得しなければ。 アリスは部屋の中でそう思った。 「見ろよ、皇族のお人形様だぜ」 「ああ、道理で土臭いと思った」 クスクスと下品な笑いが、ヴォルフリートの横を通り過ぎていく。 「どうも・・・」 一応の挨拶をして、去ろうとすると、肩を捕まれた。 「待てよ、侯爵殿、貴族様は人の話が聞けないのか」 「何の御用でしょうか?」 お父様が、姉さんを閉じ込めて1日たった、何とか話し合わないと。 「ふうん、とても、噂に名高いヨハネスの血筋だと思えないな、変な髪の色をして」 くすくすと兵士たちは笑う。 「悪魔でも取りつかれているんじゃないか?何だ、その瞳の色は」 じろじろと品定めをするように見られて、ヴォルフリートは戸惑う。 「お前、多くの人間を自殺に追い込んだ侯爵の孫なんだろ、どうやって、皇族方を誘惑したんだ?」 「ルドルフ皇太子殿下にも、ローゼンバルツぁー家お得意の作法で取り入ったのか?心中なんて、恥さらしな事をする女の息子だモンナ」 ヴォルフリートはにこりと微笑んだ。兵士たちは動揺する。 「いけないんですか?弱いものが強いものに頼るというのは」 「な・・・・っ」 廊下の角で曲がった所で、ヨハンがその現場に遭遇する。 「母は、誇り高い人です。過去がどうであろうと、僕はあの人の息子です。興味があるなら、今度、我が家に来ますか?ちょうど、新しい銃が入ったところですが」 エリクのいるマフィアに護衛として、異能者として雇われたのは、マフィアのボスにした借金だった。借りた金や恩は返す主義のエレクは、ボスにたびたび、母親似の美貌から関係を幼い頃から求められた。だれも信じず、愛さず、利用し、利用される関係。体を売り、この手がちに染まっていくことなど何とも思わない。綺麗ごとでは生きていくことなど出来なかった。自分を守れるのは、自分だけだ。友情や愛など下らない。 「好きなんです、貴方が」 冷たい態度が女性の興味を引くのか、自分が劇場の歌手で有り女装をして、危ない立場におかれていると知っていながら、自分の気持ちを引こうとする女もいた。 「にゃあ~」 黒い野良猫がエレクの狭い薄暗い部屋に来た。歩くたびに床が軋み、使い古された僅かな家具や衣装、2つの部屋にベッドが置かれている。隣には麻薬やら娼婦、踊り子や女優希望の少女達が住んでいたが、関わる気にならなかった。皆、敗北者の目をしていたからだ。 「どうしたのよ、エレク」 ベッドの中で女が下着姿で寝そべっていた。なじみの女性だが、エレクトの間には恋愛感情はない。ただ、ベッドを共にするだけだ。 「別に・・・」 女はくすくすと笑う。 3 「ひゃあああ」 雷が鳴り響き、金髪の少女はカーテンにしがみついて、泣きじゃくっていた。青い目がエレクの目に飛び込んできた。少しも似ている所はないというのに、あーディアディトと劇場の控え室の中でであった時、ヴォルフリートの青い瞳を思い出した。流れるような金色の髪はキラキラと輝き、なんて綺麗だろうと思ったが、素直に口に出せば、負けたような気がして、エレ苦はむっとした表情になった。アリスの劇場の仲間が飛び込んできた。 「どうしたの?アリス!」 「かかかか・・・雷が」 声が震えていた。アリスはダンス用の衣装を身に纏っていた。ダンスを踊っているうちに時間がたっているのを忘れたようだ。 「ああ、アリス、雷が苦手だものね」 「ビーネアイト、どうしたの?こんな所で」 「別に」 いつものようにそっけなく答えた。 数週間後、王宮内に、何もかによる火事が置き、ルドルフはその混乱の中、犯人を追いかけ、討つ瞬間をアリスに見られた。 「お前・・・・」 その後ろには、ルドルフに憧れる、現在の聖女といわれる、白いドレスに身を包んだ、淡いプラチナブロンドを結いこんで赤いリボンの、線の細い少女がヴォルフリートに抱きついたまま、寝ていた。 卵型の彫刻のような顔立ちは、アリスに似ているようで、崇高で清らか、純粋で透明な美しさに満ち、長いまつげからは冷たい青の宝石がうっすら見える。 ルドルフがキスした少女、本当の意味での天使、男のようになったエルフリーデとは違う少女。こちらのほうが、あの貴婦人の娘にふさわしい。 ルドルフが、ヴォルフリートの協力で、狩猟の後、お茶に誘った貴族の少女は、皇帝の命令で中年の男爵に嫁ぐ運命にある。 カレンで守ってあげたくなるような、細い肩の華奢な少女。 「お手が寒そうですわ」 白い手袋を落としたとき、可愛らしい帽子をかぶった移民の少女、北欧の血が入った名家の令嬢、ローザリンデ・アルベルティーナ・リュービクラルがルドルフの手袋を拾い上げた。 ・・・可憐だ。 ルドルフは正直にそう思った。 「ありがとうございます、君も狩猟の手伝いを?」 皇帝が主催の狩猟では、アルベルトの父の姿もあった。その中には、シャノンに言い含まれた従者の姿もある。 「・・・ええ、父や兄に手伝いを、本当はこんな恐ろしい事をおやめいただきたいのですけど、・・父は出世指向型核、本当に帝国の事を思っていますから」 冷たいアオの宝石のような瞳には、温かさと清廉さが漂っている。 「・・・・あら、すみません、これは失礼な事をしました、大臣ヴィルヘルム・りぇービュジクラルの次女ローザリンデ・アルベルティーナ・リュービクラルです、本日はフランツ皇帝陛下主催の狩猟にお招きありがとうございます」 「・・・いえ」 「お噂には聞いていますわ、この前も閣議で個人の自由の尊重を皇帝陛下や大臣たちの前で言ったとか」 「・・・旧来の法ではまかなえない事もあるといっただけですよ、貴方の父君には怒られましたが」 父親も口に出さなかったが、自分を複雑そうな表情で見ていた。 「権力は独り占めにすれば、これだけ巨大な帝国です、全部の反対勢力や不安を持つ国民を抑えるのは難しいですから」 「資本主義に走りたくないと?」 ローザリンザが厳しい表情を浮かべたようにルドルフには見えた。 「・・・リューゼクラル嬢、お言葉には気をつけるように」 「あははは~、僕っちには聞かないっすよ、情報や~」 馬鹿が絶対防御を数キロメートルまで広げながら、殺したくなるような高笑いを出して、帝国のお偉方を裏ルートから、エレクたちのマフィアの護衛集を翻弄していた。がらりと違う。 別人だった。銃や剣、ナイフ。いかなる通常攻撃も見えないシールドには聞こえなかった。 「さあ、行きますよ、大臣様」 「・・あ、ああ」 守られるがたも戸惑っていた。 「・・・ヤメロ、ローゼンバルツァー!!」 とぼけた表情でナイフをシャトルのように投げながら、オッドアイの少年は仔犬のような表情でエレクを見る。ヴォルフリートのはずなのに、全くの別人がエレクの前にいた。 だれなんだ、こいつは。 「ローゼン?だれですか?俺は二コル・ヴィジットだぞ☆間違えちゃ、だめ☆」 にっこりと笑うと、なおも二コルは護衛たちに襲い掛かってくる。 「バケモノだ!!」 その表情は嬉々として、戦うことを喜んでいた。 エドガーがお偉方を迎えに来たとき、事態は既に終わっていた。二コルは洗濯ものを下げる紐につっかかりながら、びよーんびよーんと飛び跳ねるのを楽しんでいた。レスラーに様な男や武術経験のある男達がボコボコにされ、ヴィルフリートが現れたのか、切り刻まれているものもいた。 「先輩、おそ~い。俺にむさい男の相手するなんて、罰点すよ」 「わりい、わりい、色々上官が煩くて、色々手続きで遅れちゃったんだよ。二コル、降りて来い」 「へ~い」 くるくると跳ね回りながら、二コルは地上に着地した。 「もーっ、俺、仕事しない主義なのに、こういう汚れ仕事バッカ」 二コルがぶーっぶーっ言う。 「ヴォルフリート、お前は仕事ばかりしてるだろ」 「先輩、めっすよ。俺は二コルだっての☆プロデューサー、総監督と全く違うイケメンなの☆」 気持ち悪い感覚を味わいながら、エドガーは笑みを浮かべる。 「そうだな」 「これが終わったら、俺と金髪巨乳か、黒髪スレンダーの子、チェキだぜ~」 「楽しそうだ、行こう」 エドガーの目が輝いた。 自分を救い出してくれたのは、病弱な美少女、アンネローゼ、エルフリーデの妹。小さな桜色の唇につややかな黒髪のロングヘア、印象的な深い碧の瞳はタレ目のようにも見える。 紫がかった深い青い瞳の双子の妹。 けれど、ぞくりとした。アリスには彼女に暗闇が見えた。 何故だろう、まとう空気はこんなにか細く、はかなげなのに。 「私が貴方のお父様に説明してあげる」 「・・・本当に?」 「私、前から貴方とお話したかったのよ」 ルドルフがヴォルフリートを最近、放任しているのは、ヨハンも知っていた。変わりに、たくさんの取り巻きの中から、エルネストという少年をそばに置くようになった。 「ヴォルフリートは、僕がアリスを好きだと知った」 「何?」 無論、これは、ルドルフの嘘である。自分が気が付かないと思うのか。 ルドルフに酷い言葉をぶつけられ、疎まれる事に対して、どう思うのか、ヴォルフリートに聞いた事がある。 ルドルフは、冷静であり、帝国の為ならあらゆる手段も選ばず、行動し、幼い頃から数ヶ国語を操り、将来の資質が見え、しっかりと皇帝になる為の教育がされている。少々、自由主義に被れているとお堅い老人達には心配されているが。あらゆる人を欺き、本当の感情を表に出さない完璧な皇太子。 しかし、ヴォルフリートという友人だけは、ルドルフは進入を簡単に許してしまっている。宮殿に来た頃は、異能者としての能力の為に連れてきたのだろう、ルドルフもどこかしら緊張感をもって接していた。 内向的なようでいて、激しい感情を持つルドルフはプライドも高く、失敗する使用人をムチで殴った事もあり、厳しい態度もとる事があり、結果的に距離をとらざるを得ない。 「よくもあの女なんかと・・・・・」 感情が暴走し、自分で何をしたのかわからない。エリザベートとヴォルフリートをなじり、衝動的に馬をたしなめる為のムチで、ヴォルフリートを殴ったのだ。 「お前は異能者でなければ、何の価値もないくせに・・・・」 額から血が流れ、片手から持ちが流れている。ヴォルフリートはショックを受け、呆然とルドルフを見上げている。 その表情に、ルドルフはハッ、となった。 「すまない、僕は・・・・」 4 「お父様が事故に!?」 仲のいいメイドのイルゼと乳母のラーレにつれられ、二階にあるマルスの像が置かれた父親の部屋に慌てて駆け込んだ。そこには、医者や看護婦の姿もあり、騒然となっていた。シャノンがアルベルトの胸に飛び込んでくる。 「お父様が、狩りの途中、落馬なさったって・・・、左手を骨折して、腰も痛められているんですって・・・ッ」 「そんな、お父様が・・・・」 アルベルトはショックを受ける。 「どうしよう、お父様が死んだら・・・・、お兄様っ」 「シャノン、大丈夫、大丈夫だから」 アルベルトもしがみつくように妹の身体を抱きしめた。 ただ、アレクシスだけはそんな2人を厳しい視線で見ていた。 ―それはまるで、深海の音楽のような、天上の音楽のようだった。 いつか迷い込んだ、屋敷の奥の奥、雷鳴が鳴り響く塔の中、アリスはアンネローゼに出会った。 「ひぃ・・・ッ」 右目を押さえ、目をえぐられたメイドはあわてて、その部屋から出る。右手を血で赤く染めた黒髪のロングへあの美少女が怪しく、美しく微笑んでいる。 「私の髪を乱暴に扱うからよ」 その後ろには、ヴォルフリートの姿もある。ローゼンバルツぁー家に引き取られて、数日後、二人は彼女と面会する事になる。まるで囚人のようだ、彼女の世話をするのは、機械のように動く使用人たち、精神が不安定という理由で閉じ込められ、いや、隔離されている。アリスは、何故と思った。 「あら、お客様?」 アリスが家を出て、オペラ歌手リリー・アスマンが所属する有名なオペラ座に入ったのは、数日後であり、ヴォルフリートは後で知らされる事になる。しかし、エレオノーるはショックを受け、今、自室で休んでおり、何故、止めなかったのか、と親戚中に問い詰められ、責められた。姉は選んだのだ、自分の道を。 しかし、バレエは芸術品と数えておらず、劇場は上級階級の社交バ的な意味合いがまだ根強く残っており、一般の人々にはそれが夜の仕事とちょっけつしてるものと考えられていた。オペラ歌手は地位はあるものの、そういう意味では同じである。 ヴォルフリートの手紙には謝罪と歌への情熱があふれており、 「姉さん・・・」 動揺しつつも、姉の夢ならば、と思い込もうとしたが、不安にもなる。彼女の目指す世界は戦場だろうと。 アリスは、ヴォルフリートだけに所載を伝え、家族に謝罪の手紙を送った。 5 あの日のことを生涯、エレクは忘れることはないだろう。それはまるでブラックホールだ。まるで、七匹の子ヤギのように箪笥の中で身を潜ませ、病院で手当された傷口を押さえながら、盗みを強要させ、エレク二触れようとした旅館の暴力妻が、昨日兄弟となったエレクの同胞が、黒い服を連れた男と共に、帝国の叛逆者をかばった罪、排除される異能者をかばう罪で、一瞬で黒い目玉がついた巨大な塊に食べられたのだから。 9歳か、10歳。自分と近い年代の子供は氷のように張り詰めた表情で、男達が手を下すのを静かに見ていた。 はっきりいって、現実に起こっていることとエレクには思えなかった。 少年はルドルフといった。 思えば、風変わりな姉弟だった。ローゼンバルツぁー家は、表向きは皇帝を政治の面で支える貴族の家柄であり、国の要職には就くのが義務であり、決まりごとであり、オーストリア・ハンガリーに銃帝国の敵を、闇で葬る、帝国のイヌだった。 暗殺以外のことは何でもやっている。迷宮入りの事件も賄賂も、あらゆる犯罪をどんな手段を持っても、解決に導いた。皇帝陛下の憂いを払う事、それがこの家の存在理由であり、それ以外の理由はない。 「行ってくるぞ、エルネスト」 「はい・・・」 漆黒の衣に身を纏い、闇に消えていく。そこには、エルネストの知っている父ではなく、教育された猟犬の姿があった。 そんな時に、アーディアディトとヴォルフリート、姉弟がローゼンバルツぁー家に現れたのだ。 親戚たちは騒然となった、後継者の証である指輪と懐中時計を持ったエレオノールの子供達が現れたのだから。 「本物ですの?」 「・・・はい、奥様」 「信じられん」 「我が家を狙う輩が、嘘を言っているのでは?」 「しかし、シスターチェルシーは信仰心深い、嘘をつけない方ですし、・・・エレオノール様の子供が行方不明になった時期も重なっています」 親戚中で、お互いの顔を見合い、騒然となる。 「―それでは、どちらかが、あの事件のときの子なのだね」 レオンハルトが静かに口を開くと、シーンと沈黙がその場を支配する。 「でも、アーディアディトがエレオノールの子供だとは思えませんよ、見た目は確かによく似ていますが」 ラインハルトが思い口を開いた。ローゼンバルツぁー家の後継者に一番近い男である。 「といいますと?」 「・・・我が父は昔から噂が多く、愛人も作り、問題を起こしている」 「つまり、庶子だと?」 「異能者が、帝国でどういう目で会うかは、我々がよく知っているではないですか、父上が異能者の女をかばった可能性もあるという事だ、私は知っている、あの日生まれたのは・・・、一人で、その後は・・・・」 うめき声がその部屋から聞こえた。 「ううう・・・・」 エルネストがであったのは、フリルの服を無理に着せられたヴォルフリートだった。教育係にダイブ、苛められたらしく憔悴している。母の話では、彼は勉強が駄目で、スポーツも平均波で、根性がない、駄目駄目な男で、ドジでのろまでボーっとしているらしい。平たく言えば、落第生で、頭が悪いバカ。 ・・・こんな子が、皇太子殿下のお気に入り? ここにくるまで、宮殿に囲われていたらしい。わからない、上の人間がすきそうな、美貌も品のよさも、何かの才能も、後見人もなさそうなのに。 「うわあああああ」 馬を操られず、川に落とされ。家の中では、よくこけている。メイドが落としたスープを頭から被り、イヌに追いかけられ、尻をかまれた。 シリアスがにあわない子である。 「きゃっ」 アリスは思わず、声を上げた。ステージが終わり、団長からエレク二伝言を伝えるように言われたアリスは、扉を開けた瞬間、舐めかまし息絶えられたエレ区の背中を見た。火傷のようなあとと魔女の刻印のような後があった。服を着ながら、無愛想で不機嫌そうな表情で 「何だ、あんたか」 アリスはハッとなった。 「ごっ、ごめん!!」 「へえ、男の裸をみるのは初めてか」 にやりと笑われた。 「・・・・その傷」 「ああ、前の彼女がかなりのSで独占欲が強い女だったんだ。俺が他の女を見るのは許せないといって」 「・・・そ、そうなんだ」 あの弟の姉にしては反応がうぶだな。からかいがいがありそうだ。 廊下の隅で、エレクは女の強い視線を感じた。エレクが好きな年上の女だ。 「アーディアディト、用件を言え」 「え、は、はい」 面倒くさいことになりそうだ。 6 馬車を待たせながら、アリスとヴォルフリートが喋っているのをアロイスは見たことがアル。よくある兄弟の光景だ。似てない兄弟だとアリスは言った。 大好きで仕方のない弟。アロイスガ嫌いなアルベルトは穏やかな人物だと、いつかの社交界でアロイスに言ったことがある。 だが―ー。 「大丈夫かい?ヴォルフリート」 ・・・噂どおりの人物だ。 正直、エルネストは、所詮、庶民かと馬鹿にした。 「は、はい・・」 エルネストの力で、ヴォルフリートは起き上がる。今日は雨雲が多く、不安定な天気だ。 「皇太子殿下がメインの乗馬に僕たちが出席しないとまずいだろう」 いや、庶民だからではない。ヴォルフリートが平凡なだけ、ただ、それだけだ。 「ハイ、エルネスト様」 緊張もしている、いつも突っかかってくる、あの少女とは対照的に、気も弱いのだろう。 「様はいいよ、従兄弟じゃないか、エルネストでいいよ、それに僕も君に近づきたいし、僕、ルドルフ様に憧れてるんだ」 怖いお化けが出るのは、こんな天気の時だろう。 「・・・憧れね」 「ねえ、ルドルフ様は普段はどんな方なの?」 「あ、ああ、ルドルフ様は・・・・」 ルドルフ様は、こいつのどこを気に入ったのだろう、興味もアル。 「凄い人で目立ちたがりで、ひねくれてて、ナルシストでいじわるで怖い子で、寂しい人だよ」 「はぁ?」 「いやいや、別に悪口言っているわけでは!」 「大丈夫、大丈夫だから!!」 ヴォルフリートはほっ、と胸をなでおろした。 「よかった・・・」 「君は殿下に気に入られているけど、どういう関係なの?」 「多分、ええと、恐れ多いけど、友達かな」 「・・・・友達?」 「うん、遊びにこいといわれて、宮殿にきたから」 「でも、そのときは君はこの家の子息とわかっていなかったのだろう、君の知り合いに貴族か、ハプスブルク家にかかわりがある人間がいたのか」 ヴォルフリートは首を振った。 「いないよ、いつの間にかつれてこられたから」 「・・・君は、何故、殿下に気に入られたと思う?」 「それが僕にも謎なんだ、凄く頭いいし、何でもできるから、僕じゃなくてもいいと思うけどなぁ、それでね」 その時、ヴォルフリートの襟元を後ろから掴んだ。 「ああ、僕がルドルフ様に珍しい生き物的な」 「あ・・・」 ルドルフが背後から現れた。 「疲れた、行くぞ、俗物」 「う~ん、それとなんだろう」 ルドルフは冷たくエルネストを見た。 「君、僕の所有物に触れる時は、周りのものに許可を取れ」 バシャァァァァ。 「この貴族やろう、ここはお前みたいな世間知らずが来る所じゃないんだよ!!」 お針子を世話する教育係のアンナが、アリスに水をかけた。 「何をするの!!」 「中途半端な年齢でたやすく歌手になれると思ってるのか!!皆、お前みたいに道楽じゃなく、それこそ血がにじむ努力で這い上がる為に生きているんだ」 背後からはクスクスと冷たい歌手志望の少女達が控えており、付けほくろをつけ、扇を広げた妖しい魅力の歌手たちのそばには黒い背広の男性の姿があった。 「出て行け、ここにお前の居場所はないんだよ!!」 「ひっ」 灰をぶっかけられた。 夜が明けようとした瞬間、新たな嵐がアリスを襲おうとしていた。 アロイスがかよう夜も開店しているカフェでありバーであり見せの近くで、ヴォルフリートは中年の上流階級の男と共に夜の女性を買っていた。 宮殿や家や勤め先もだれもがアリスの弟は品行方正だと信じ、間違ったことなどしないといっている。けれど、裏の顔をアロイスはこうして知っている。柔らかく、陽だまりのような横顔はとてもこれからいやらしいことをする人間には見えない。聖者のような、清らかな表情だった。 7 「あつかましい奴だな、貴公は自分の息子にどんな教育をしているのか」 冷たい中傷、あざけるような笑いが、ケーキをぶつけられ、呆然としているヴォルフリートにぶつけられる。 「謝りなさい、ヴォルフリート」 レオンハルトは乱暴にヴォルフリートの頭を床に叩きつけた。 「・・・・っ」 ルドルフの瞳は冷たい。 ・・・ルドルフ様? 「早く!!」 「・・・痛い!」 「ヴォルフリート!!」 「・・・・・不快な思いをさせて澄みませんでした、皇太子殿下」 口元が痛烈な笑みを浮かべる。 「わかれば、よろしい」 嵐がやってくる。激しい嵐が。 宮殿の奥で、愛犬のアレキサンダーと共にルドルフは不安定な天気を見ていた。 「外は荒れているよ・・・」 くうん、とアレキアンダーは静にうなる。 「中もめちゃくちゃだ」 ー1975年、トルコの圧政に苦しむダルね地あの使節団一行がオーストリア・ウィーンに現れ、皇帝フランツ・ヨーゼフに取るコ勢力の駆逐を嘆願する。 バルカン半島の嵐が帝国を巻き込もうとしていた―ーーー。 舞踏会の会場を抜け出した後、エルネストが待っていた。 「もう、貴方にルドルフ様の友人である必要はありません」 「は?」 さっきといい、急流だ。 「ルドルフ様は貴方を見限られた、これからは宮殿は仕事以外のときは来ないでくださいね、ルドルフ様も皇族として敬ってください」 エルネストの目には、少なからずヴォルフリートがショックを受けているように見えた。 「・・・・・」 「僕がルドルフ様を守ります、貴方には負けません」 「エルネスト、どうしたんだ?」 動揺し、困惑しているような表情だ。 「僕は、あのお方を尊敬し、皇帝にすると決めたんです、ルドルフ様を愛しています」 強い眼差しだった。 エルネストが去った後、ヴォルフリートはその背中が遠くなっていくのを呆然としながら、次の瞬間、凍りついたような、まるで別人のような大人びた表情を浮かべた。 |