銀の月の孤城

銀の月の孤城

第10章―煌く蜜色の夢

恋をすることは苦しむことだ。苦しみたくないなら、恋をしてはいけない。
でもそうすると、恋をしていないことでまた苦しむことになる。
(by ウディ・アレン)
                  1
シスターの住む「希望の家」ではスポンサーにクリス卿や反帝国派のニンゲンが集まっている。リストを見ながら、ヴォルフリートはため息をつきたくなる。
「大丈夫なの?ヴィルフリート」
ランプを照らしながら、金髪の穏やかな美乳の美女マルガリーテが心配そうに寝着に身を包みながら現れる。
「・・・・いや。ここからまた、俺が切ると思うと、俺が誘った奴らの絶望に包まれた顔を見るのかと思うと」
「思うと?」
「ゾクゾクするね」
「・・・どS」
呆れた表情でマルガリーテはつぶやいた。
「アーディアディトは随分劇場で苦労しているみたいよ」
「・・・アーディアディト姉さんが・・・くっ」
表情が急に弱気になり、ヴォルフリートは抱え込む。
「ああっ、どうすればいいんだ。ヨハネスから逃げられたのはいいが、あんなみだらな格好で姉さんが、男供の目にさらされるなんて」
「・・・・バレエの衣装よ、この前のは。ヴィルフリート、貴方もシスコンさえなければ、格好いいのに」


                 
長い宮殿の廊下を歩き、ルドルフは難しい民族問題、父親との言い合い、家族のことを考えた。エルネストは調子に乗っている、大人しい純粋そうな、利用される子息だと思っていた。ルドルフは、ローゼンバルツぁー家の存在の意味を知っていたが、正直好きにはなれなかった。
―真実ではないかもしれない。
ルドルフはアリスを疑う事はできる、彼ら2人が兄弟である証拠はエレオノール、あの家だが、実際はあの事件で誰かに兄弟だと仕組まれたものかもしれない。


この手は、同胞の血で汚れている。

異能者は、この世に会ってはならないから。誰を傷つけても、それは帝国の為、皇帝となる為にその目標の為に、そのためだけに犠牲を生んできた。


舞踏会も、華やかな席でも、フランツやルドルフの妹のマリア・ヴァレリーには、日の届く場所で一番輝き、美しく華麗な兄が完璧に見えた。世の中の汚い場所や感情、絶望は彼には不似合いだった。
―お兄様は強いのね
―当然だ
ヴァレリーの後ろには、いつも笑顔のエリザベートの姿があった。庭園から見るシェーんぶるん宮殿は荘厳で、威圧的であり、ハプスブルク家の歴史差の重さを貴族たちに知らしめていた。無論、皇帝やルドルフの住む、ホーフブル紅宮殿もかなりのものではあるが。シェーんぶるん宮殿には、偉大なマリア・テレジアの姿や彼女の子供たちの肖像画があった。


ブレーズがヴォルフリートを迎えに来た。馬車の中で揺らされながら、話しかけてきた。
「先輩・・・。ローゼンバルツァー家は先日の貴方の態度を正式に謝罪したのでしょう、殿下に謝罪をいい加減なされては」
オロオロと弱気な表情でブレーズがそういった。
「・・・俺と皇太子との喧嘩だ。ブレーズ、お前に関係がない」
「違いますよ、ヴォルフリートが仕掛けたことです、貴方じゃない」
「・・・む、ヴォルフリートは俺だろう」
「また、手がこげて・・・・・」
僅かな恐怖がブレーズに浮かぶ。
「怖いか?」
「・・・・正直。・・・ですが、僕は・・・・」
「何だ、言え」
「何でもありません」


謁見を許された人々の控えの間や謁見室を横目にルドルフは歩く。
皇帝の執務室には、皇妃エリザベートの肖像画は飾られている。
―痛い。
ルドルフはぎゅっ、と目を閉じた。望むべき評価で、それは当たり前で、自分はその声にこたえなければいけない。
「ルドルフ」
皇帝陛下がルドルフの前に侍従をつれて現れた。
「どうかしたのか?お前が辛そうな顔するとは」
「・・・・あ」
「ルドルフ?」
「大丈夫です、少し徹夜続きで・・・・」
「そうか、あまり無理はするな、お前の体にはこの帝国の未来がかかっているのだから」
「はい、父上」
ルドルフは真っ直ぐな眼差しで答えた。
フランツ・ヨーゼフ一家のダイニングルームである、マリー・アントワネットの部屋に皇帝と分かれた後、ルドルフは向かった。


「そういえば、アロイスだったか。あの男、昨日、やけに俺に絡んできたが、ブレーズ、知っているか?」
ふと、ヴィルフリートはそう切り出した。こういう、いきなり話題を変えるところは、恐らくオリジナルのヴォルフリートと似ている。
「いえ、僕も彼はあまり好きではないというか、苦手なので・・・。先輩、夜の遊びがばれたんじゃないですか?」
「まさか、いつもその辺はカバーしてるぞ」
いや、結構抜けている。
「・・・・彼女にばれていないんでしょうね」
「いや、ばれるようにしている。アンネローゼの絶望した顔は美人だからな」
「わざと怒られる風ですか、先輩、いつか刺されますよ、その人に」
「・・・ふん、アンネは気にしないぞ」
「先輩?」

「俺なんか、恋人の独りにすぎないんだ・・・あのアマは、俺を舐めてるんだ。俺はどうでもいいんだ」


「・・・・・先輩、そこは普通と同じですか」
「俺は苛められて喜ぶヴォルフリートと違うからな」

2

リリー・アスマンはパトロンであるクリス卿から、送られたデザイナーが作ったという見事な黄金の紙を持つ陶器の顔を持つ女神の首飾りに大好きな琥珀やルビー、ダイヤモンドが飾られている事に喜びを感じた。
背中まで伸びた亜麻色の髪に、意志の強そうな緑色の瞳、長く白い手足はギリシャ風のドレスに身を包んでいた。彼女は、今日の劇で、ギリシャ神話のヘラ役を勤める。
舞台の隅には、緊張で身を震えさせているビルギットは、ようやく掴んだヴィーナス役の事で頭がいっぱいだった。豊かなブラウンのおさげの髪が魅力的な、気が弱い少女である。微笑みの金髪のマドンナ、スラヴ人の地を持つマルガリーテは白いドレスに身を包み、聖書を読みふけっている。

「貴方とここで再会すると思いませんでしたわ」
ブレンダは、軽やかに微笑みながら、バレエのダンスを踊った。
「私もよ」
―本当に驚いた、部レンダやアルベルトに再会すると思わなかった。

アロイス、あの仮面の人とも。

再会のときめきにアリスは胸をときめかせていた。



ヴァイオリンのペグの手入れをしながら、長く使っていたな、とアロイ巣は思った。周り具合が硬く、書き下記とカギーぎーという音が鳴り響いている。恐らく、原因はペグの向きが歪んでいるのだろう。・・・穴あけを、技術者にしてもらわないといけないな。グラー弁の中のアパートで、アロイ巣は待ち合わせをしていた。グラーベンは旧市街の中心であり、いつも人がにぎわっている。
カフェで、アロイ巣はあの少女、あーディアディトとデートをした。いや、彼女の買い物に付き合った結果、偶然そうなったのだ。何十種類のあるコーヒーの中から、甘く苦い愛児をセレクトし、アリスは砂糖を二個、コーヒーの中に入れた。カフェには、ひっきりなしに新聞売りの少年が来ていた。長い天のコーヒーは、落ち着いたくつろいだ空間だった。オペラ座界隈に近い、小さな店には需給階級や中流階級の人間で交じり合っていた。


「お前が見に来てると思わなかった」
「姉の舞台を見に来るのがおかしい?」
アレクシスの横にヴォルフリートとナンパしたのだろう少女とアルベルトの姿があった。
「いや、シスコンのお前らしいわ。でも、いいのか?」
「何が?」
アレクシスが肘を肘置きに預けた。
「噂のアイツ、お前の姉貴に近づいてるぜ」
ヴォルフリートの胸がざわついた。
「僕もいつまでも姉さんべったりじゃないんだ。子ども扱いしないでくれる」
「まあまあ、アレクシスも君が構ってくれないからすねてるんだよ」
貴公子アルベルトがそういった。
「それに彼女は美しい・・・」
夢見心地でアルベルトが言った。
「さすが魔性の女・・・・」
アレクシスは青ざめた表情で言った。ヴォルフリートはきょとんとした表情になった。

                  3
「いいかげんにしたら」
「何が・・・・?」
シャノンの部屋の前で待っていたアレクシスに、シャノンは警戒心むき出しの表情をぶつける。
「貴族はな、小さい頃から区別する事がふさわしいと教育されているんだ、お前、もっとうまく立ち回れよ」
「・・・看護婦の息子のクセに何言ってるのよ、しかもスリまでして」
「父親を殺そうとするよりはマシだと思うけど」
シャノンのマユがピクリと動く。
「・・言いがかりよ」
「金をもうけるなら、もっと頭を使えよ」
「ほっておいて」
ふん、とシャノンが顔をそらす。
「―この家が、慈悲で俺たちを引き取ったと本気で思ってた?」


「どういう意味・・・」

「お前、出世の道具にすけべじじいの嫁になるんだって?」


鏡の間で、ルドルフは一人佇んでいた。正確には、アレキサンダーという愛犬を連れていた。人形のように坊立ちし、ギリシャ神話の彫像のように佇み、表情を緊張させていた。物憂げで、将来のことや民族、暗殺など、そんなことを考えていた。
大ギャラリーで、昨夜、舞踏会が行われた。長さ40メートル、幅10メートル、庭園側には大きな窓、その向かいの壁には同じ形の鏡が取り付けられている。壁に並ぶキンの蝕代、天上から下がるシャンデリア。
「くぅん・・・・」
「大丈夫だ、アレキサンダー」
旧王宮にはいつ戻れるだろうか。




アロイスとアリスが劇場のバルコニーで甘く、熱く見詰め合っているのをアリスに会いに行ったヴォルフリートが見つけた。
眩しい、光の光景だった。漆黒の闇の中でヴォルフリートはその光景を見ていた。




「泥棒だ~」
舞踏会の中、誰かが叫んだ。厳重警護の、それも宮殿内で外の人間が入れるわけがない。ルドルフは頭ではわかっていたが、ヴォルフリートを置き去りにし、レオンハルトに預けた後、暗闇に逃げていく男を追った。
草叢を抜け、逃げる男を追いかけ、森の中に入った。
・・・逃げ足が速い。
くっ、とルドルフは顔を歪ませた。
「どうなされました・・・・」
ひばりのような美しい女性の声が後ろから聞こえた。振り返ると、付けぼくろをつけ、紫のドレスを着た貴婦人が漆黒の扇を持っていた。思わず、どきりとするほどつややかで秘密めいた美しさを持つ、女性だ。
「・・・・貴方は・・・・」
「貴方の慌てていらしたから、あの下手人をどうなさるのかと追いかけてきましたの」
「覗き見ですか、・・・レディーにしては悪趣味ですね」
ふ、と女性は笑う。
「予想通り、すばらしい方・・・。でも」
「?」
女性は指先でルドルフの胸を軽く突く。
「心に穴が開いているようですね、それもぽっかりと」
ルドルフは慌てて、女性から離れる。
「・・・・何者だ、お前は」
「わたくしなら、殿下を慰める方法を教える事ができますわ」
それは女神の微笑だった。


「・・・兄上?」
心ここにあらずといった感じで、ヴォルフリートは扉を開けたまま、螺旋階段を上り、ディートリヒの横を通り過ぎていく。
「・・・・何だ」
失恋でもしたのだろうか?
―正直、ヴォルフリートは、見た、あの恋する少女が姉だと思いたくなかった。自分もおかしい、姉とはなれて寂しいなんて、あの湖の後もこれほど思った事はない。何故、アリスが若い男と抱き合っているのを見て、こんなにも動揺するのか、わからない。彼女に幸せになってほしい、いつも笑顔でいて欲しい。




                    4
「!」
切れ長の美しい高貴な、宝石のような瞳の視界の隅に見慣れたダークブラウンの髪が揺れた。凛々しく、穏やかな見慣れた容貌。ぴんと背筋を伸ばし、乱れのない歩き。警棒のようなものが音を鳴らしていた。
謝罪をしてきたのに、何故、自分は感情をぶつけた。
何故、話しかけないのだ。ただ、ヴォルフリートは仕える者としてそれに習っただけなのに。
意気地がない子供ではありまいに。



廊下の片隅に、上官の後に続き、司祭と共に歩くヴォルフリートの姿をヴァレリーは見つけた。
「ヴォルフリート!!」
「・・・お勤めご苦労様です、ヴォルフリート」
にこやかにフランツが笑う。ヨハンの姿もあった。
「これは、ヴァレリー様にフランツ様・・・・っ」
上官や司祭と共にヴォルフリートが畏まる。
「いいんですよ、畏まらなくて。貴方達も」
「ですが、フランツ様、あなたたちは皇族で、帝国を支えるお方で」と司祭はおずおずといった。
「僕がそうしたいんです、だめですか?」
「は、はぁ・・・」
ヴァレリーがヴォルフリートに抱きつく。
「ヴォルフリート。遊びましょ」
優しくヴォルフリートが朗らかに微笑む。
「はい、ヴァレリー様」



「どうされました?」
エリアスや親衛隊が不思議そうにルドルフを見る。
「殿下?」
「そんな角で止まって?」
唇をぎゅっとかんだ。
「・・・・何でもない、行くぞ」
「はっ」



「・・・・・何でもないではないだろ」
「叔父上?今、何か?」
「何でもない」
「ヴァレリー様は本当に可愛いですね。将来は絶対、皇妃様のように美人になられますよ」
「そうかしら?」
「・・・ヴォルフリート、貴方はロリコンではありませんよね」
「は?」



エルフリーデは要するに男装が癖になったのだ。ヴォルフリートの一言よりも、アリスの貴公子になりきれ、という冗談が電撃的に彼女の運命を決めてしまったのだ。エルフリーデは、皇族を守るためにこの得体に入隊している。エリザベートに気に入られたのがきっかけで、旅に同行していた。その彼女が、ウィーンに戻ってきた。
長い黒髪をおさげ上にして、黒い馬に乗って、貴族の子息らしい服装でルドルフの前に現れた。ヴォルフリートの右腕にはナイフが刺さっていた。
「くそ・・・・っ」
犯人の男は灰色のコートを風で揺らして、走り去っていった。
・・・・何故、私を助ける。
そんな事、頼んでないのに。
「すみません、皇太子殿下」
ルドルフを守るために、ヴォルフリートはルドルフに抱きつき、犯人にナイフを数本投げつけた。ルドルフにヴォルフリートの肌のぬくもりが伝わる。

「!?」


硬く、それでいて優しい腕だった。
「出すぎたまねをしました、お許し下さい」
顔を上げたヴォルフリートにルドルフはショックを受けた。営業用の、仕事用の表情で自分を一瞬見て、頭を下げたからだ。
「ヴォルフリート・・・」
睨みつけるように、何かいいたげにルドルフは見据えた。
「エルフリーデ、いつウィーンに?」
「昨日だよ、君もすっかり男らしくなったね、僕より背が高いのかな」
同僚の一人がヴォルフリートの元に駆けつけた。




触れる事さえ、叶わない。馬車の中で、小さな子供のようにうずくまり、自分の細い方を支える。初めて、あの時感じた、胸がフォークでえぐられたように痛い。
それなのに、ヴォルフリートに触れられた場所が忘れられない。
違う、違う。
「私は・・・・」
この国の皇太子だ。
「止まれ」
「は?」
「いいから一度止まれ」




                    5


アレクシスが生まれた年は、大変寒かったらしく、雪がよくフッタらしい。生まれたのは、バイエルンの小さな老人の多い村で、都会に傷ついた看護婦の母親が実家を頼って、自分を生んだらしい。牧師は、洗礼に受けた自分をまるで、この世の穢れを浄化する為にこの世に神によって使わされた天使のようだといったそうだ。

しかし、うつ病がちでヒステリックな祖母、自分を生んで、さっさと天国にいき、死ぬまで男遊びをやめなかった母親、自分を疎ましく思う母親の妹とその子供達。アレクシスは、厳しい経済状況の中、邪魔者として育てられた。

おまけに、美しい外見のせいで、年上の頭のおかしい未亡人に言い寄られた事も会った。だから、家の金を持ち出し、ウィーンに行く男をたぶらかし、その家から去ったのだ。
皇族の避暑地であり、多くの貴族たちが集う館で美しいシューベルトの一曲を引くひ弱な青年と彼の婚約者、それに皇太子ルドルフに出会った。

「君は、いいや、あなたが皇太子殿下でしたか、これはご無礼を」



気品や威厳で優雅さを生み出し、高貴さでコーティングされた神の最高傑作というべき少年は穏やかな笑みを浮かべていた。
「いいえ、僕も危ない所を助けていただいて・・・・」
周りにいる貴婦人は無礼というか、あまりに失敗を重ねる青年に哀れみに似た視線を向けていたが、何と優しいとルドルフの仕種や愛くるしい笑顔にほだされていた。




6
青年は町外れの古い屋敷に数人の使用人と共に、住んでいた。ランプの淡い光にルドルフは胸をなでおろし、濡れた自分の服を見た。紐のようなもので吊り上げられている。広間には写真やトロフィーがおかれ、狩猟の為の銃が部屋の隅に置かれている。薄暗く、どこか寂しい空気に包まれた家は不気味さを感じさせていた。
「酷い雨だったね」
青年がタオルを持って、腕の袖をまくりながら、部屋の中に入ってきた。
「・・・貴方が助けてくれたんですか」
「いや、アンドリューが、・・・飼っている馬が君を見つけたんだ、アンドリューはなかなか僕に懐かなくて・・」
「・・・・・」
ザァァァァ。
雨がざあざあと降る。
「曲を作っているんですか?」
青年はえ、と困ったような表情を浮かべた。
「な、何で」
「指にたこができています、それ、楽器を扱う時にできるものですよね」
「凄いな、よくわかったね」
心から嬉しそうな表情を青年は浮かべた。
写真の中で黒髪の自信家な青年と金髪の美女が仲良く微笑んでいた。
「ジークハルト・アンデンス、今はスウェーデンにいる、天才ピアニストだよ、僕のは腹違いの兄だ」
「あまり、貴方と似ていませんね」
「ジークハルトは、母親似何だよ。でも凄いんだ、努力家で自信家で、活発で何でも出来て、堂々としていて・・・」
「尊敬してるんですね」
「・・・・ああ、それに約束したんだ、僕を裏切らないと」


ウィーンから、ローゼンバルツァー家からの手紙が届いた。封筒を開けると、異能者狩りが順調に言っている事、引き取った彼女の子供達はなじんでいるという事の二点だった。
・・・・そういえば、あの兄弟はよく怪我をしていた。
あの2人だけは、家の本来の仕事にか交わせるなと命令をしているから大丈夫なはずだ。
―首のところ、どうしたんですか、それに脚や膝裏に切り傷が。
―僕は目が悪くて、それにどうもとろいというか、運動神経が鈍くて、いつもどこかを怪我してしまうんだ。
どこかつくろったような笑顔で、笑う。
気に入らない・・・、とルドルフは思った。



「人の弟を所有物するなんて、いくら将来、王様になるからって」
「姉さん、姉さん」
飛びかかろうとするアリスをヴォルフリートが慌てて抑える。
「ふん、そいつは僕が拾ったんだ、だから僕のものだ、僕のものを好きにして、文句を言われる筋合いはないね」
ツン、と顔を上げて、アリスを見据えた。
「ヴォルフリートは私のなんだから、お姉ちゃんが守ってあげるから!!」
「姉さん!!」


気に入らない、この女。
自分の行動の意味も知っていながら、正面から攻めるでもない、密告もしない。アーディアディト・バルト。
聖女エレオノールの愛娘。
まるで貝殻で包むように、鳥かごに入れるように、ヴォルフリートを守り、いつくしむ。
「ごめんなさい・・・」
ルドルフの大切な花瓶を割った時、ルドルフは烈火のごとく、怒った。
怯えて、必死に謝る金髪の少女。
崩れそうな表情、いつも冷静なのに、彼女のそういった表情が甘えに見えた。
彼女が現れる前、ヴォルフリートは使用人たちにネグレストされていた。



                  7
色鮮やかなドレスに身を包んだ貴婦人の中に青年の婚約者カルロッテの姿があった。ルドルフはエリザベートの変わりに、華やかなパーティーに参加していた。姉のジゼルは楽しそうに中年の婦人たちと話をしている。
「手紙が来たというのは、本当ですの、カルロッテ」
「ええ、ジークから」
白磁の頬に淡い赤の色が浮かんだ。
「でも、今はスウェーデンも内争や民主化運動とかで、色々物騒だと聞いているけど」
「あら、それはアイルランドではなくって」
「でも、ジークのパトロンの公爵夫人のだんな様は実力者ですし」
カルロッテは遠慮がちに言った。





アーディあディトは、二つの顔を持つ。優しく元気で弟思いで夢にまい進する顔、夜はローゼンバルツァー家の執行人としての姿を。考えなくても、いくら、エレオノーるの子供といっても、庶民と貴族の差は明らかだ。仮面をかぶり、家と刻を守る。
弟や家族、友達の前ではただのアリスであり、夜の彼女は、帝国に逆らうものを懲らしめる、牙をもつ存在だ。




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