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Sep 13, 2006
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カテゴリ:車関連
F1界の「赤き皇帝」であるミハエル・シューマッハもついに引退を決意した。

どんな偉大なドライバーでも、引退の時は必ずやってくる。
しかしながら最近引退するF1ドライバーは、まだチャンピオン候補には挙がるだろうと
いう状態の人間が多いような気がする。(僕個人の意見です)

しかしながらミハエルの打ち立てた「記録」は死にものぐるいで掴んだ記録だとは思っていない。
(ミハエルのファンの方がいたら読まない方がいいです)

僕が偉大だと思ったドライバーの中に、アラン・プロストとアイルトン・セナいうドライバーがいました。
アランに与えられた称号は「プロフェッサー」(=教授)でした。
しかもアランの師匠は「ニキ・ラウダ」です。

対してアイルトンに与えられた称号は「音速の貴公子」でした。

二人に共通する物の中に、やはり「記録」がありました。

アランには師匠ニキから学んだレースでの勝ち方を実践し得たドライバーで、
ミハエルに抜かれるまでの「最多優勝回数」で歴代1位でした。

対するアイルトンは、幼少の頃からフォーミュラーカーに近い感覚を必要とするカートに親しんでいたお陰もあって、並はずれたマシンコントロールテクニックとスピードを最強の武器にしたドライバーでした。
これもまたミハエルに抜かれるまでの「最多ポールポジション回数」で歴代1位でした。

こんな強者どもがいた時代にもミハエルはいました。(91後半~94前半シーズンまで)

しかしながらF1でのキャリアの2/3以上の期間はこのような強者どもに出会ってないと言っても過言ではないと僕は思います。
事実、アランとアイルトンがいた時代でのミハエルの勝率は全然低いものでした。
(マシンはトップを争うだけの戦闘力を持っていました)

なのでミハエルの作った記録は、僕は認めない!! 絶対!!

今後は次の世代のドライバー達がなるべくイコールコンディションで戦えるようなレギュレーションだったり、マシン規制などを構築してくれるのを願うばかりです。

次なるカリスマ的ドライバーが生まれるのを願って…。





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Last updated  Sep 13, 2006 02:41:10 PM
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