春(その3)
こんなことがあった母親が桜型に切り抜いた紙で破れを塞いだ障子に西日が差し込んで燃え上がるように輝きわたったまたこんなことがあった暗い土間から正午の光に白く燃え上がる満開の桜の木を見ていたまたいつかこんな風に誰かが桜を見るだろう------------------------------------------------------春(その4)春はただよう白いもやの中に黄色の細胞が増え続け形を変えて流れ続け桜はぼうぼうとかたち無く浮かび上がり若草がやわらかくたなびき獣のようにゆっくりと地を駆けすべてが流転して収拾がつかないように想はれるけれどひとがそれを春 とひとつの名で呼ぶことができるのはなぜなのだろう------------------------------------------------------春(その5)ライトアップされた満開の夜桜はどこか厚く化粧をした美しい女を思わせその穢れた美しさが夜の闇をいっそう暗いと想わせる赤いぼんぼりが点々とぶら下がっている風に揺れ大きくなったり小さくなったりにじんだりする赤い光人は邪悪な動物だとヒステリックにそう想う春の夜