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カテゴリ:文章のスケッチ
![]() 実の父が死んだ事を、長い間私は知らなかった。 父と母とは、私が2歳くらいの時に別れた。母は私を連れ、身の回りの品だけを持って(「ほんとうに、ハンドバッグひとつくらいのものだったのよ」と最近になって母は言った)、世田谷の下馬にあった家を出て奈良へ行き、老人ホームで住み込みの仕事を得て、そこで暮らし始めた。酒を飲んで暴力をふるったという父を断ち切り、忘れ去ってしまいたかったのだろう。私は父の話をまったく聞かされずに育った。ほどなく母親は再婚をして、新しい父親が出来、新しい家族が出来た。その家族がもともとそこにあったように、私は自然にその中でふるまうことができた。おとうさん、というのは、新しい父親の事でしかなかった。おとうさんは、一生懸命に私を育ててくれた。私には実の父の記憶はひとつふたつしかなかった。その記憶の中で、私に近づいてくる父の顔は、墨で塗りつぶされていて、父の顔が私にはわからなかった。 家族はやがて三重県へ引っ越した。妹が二人生まれ、父親は何度か職を変え、しばしばいさかいを起こしながら、新しい家族はすこしずつ安定していった。そのめまぐるしい生活の中で、時おり、なにかひっかかるものが、水底から浮かんでくるような気がした。だが、小学生の頃には、遊ぶことやただ生きていることそのものに夢中で、生きることの光の中でそれは形をとることはなく、ふたたび水底へと戻っていった。母親の方は、新しい父親との生活や子育ての忙しさの中に、昔の事などなにひとつ、かまけている暇も、理由もないようだった。そのころ、実の父は死んだのだと思う。私は知らされなかった。 父の事はすでに昔の事なのだから、今を生きる母親にとっては意味がなかった。そして母親にとって意味のないことは、子供の私にとっても意味がないことであったのだ。その時には。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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