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ALS関連

2009年11月18日
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カテゴリ:ALS関連

先週の土曜日は父の一周忌をしました。

命日は金曜日。




11月20日です。






一年前の明日、父の病室を出て数時間後、父は一人で息を引き取りました。




父がいなくなって初めてのクリスマスやお正月は
むなしいばかりでした。
雪が降れば、「おじいちゃんに見せる!」と小さな雪だるまを作って
ベットサイドまで運んでた子供とそれをみて喜んでた父を思い出し、

いなくなって初めての春、桜が咲けば、何度も行ったお花見を思い出し、
最後の桜の季節となってしまったお花見のときの様子を思い出し。

いなくなって初めての夏は、障害者プールに杏と通ってた事を思い出し。


そして、一年。
やっぱり秋は寂しいです。

幼稚園の紅葉した葉が落ちた姿をみると、
「あ~そういえば去年この木の葉が落ちた時に父は逝ってしまったな~」
と思い出すし、病室のおじいちゃんに届けるんだって
綺麗な落ち葉を一生懸命集めてた子供達のことも思い出すし。




いなくなっても、今でもおじいちゃんの事をよく話すわが子を見ると、
「天国で父は喜んでるだろうな~」とつくづく思うのと同時に、
「天国でなんかじゃなく、今本人に聞かせてやりたい。見せてやりたい」と
思うのも事実。




一年経ったからといってまったく整理なんてできるもんじゃないと
つくづく身にしみています。





病気が分かって、闘病中でも楽しい事はいっぱいいっぱいありました。
悔しい事も辛い事ももどかしい事も情けない事もいっぱいありました。
ALSの特徴である強制笑いも強制泣きも強制怒りも(笑)いっぱいありました。


後悔していないことも、後悔してることも、沢山あります。




書きたい事や書こうと思った事は沢山沢山あるけれど、
何故か何回書いても途中でパソコンが消えてしまったり、画面が戻って消えてしまったり
するんです。(笑)
もう、これは「グダグダ辛かった事ばかり書くな」という父の仕業としか
思えません(^-^;
だから
「ALSってこんなに辛い」「こんなに悔しかった」って事は書きません(笑






でもでも、もっともっと生きていたかった父に
最後まで副えなかった、そのことを整理できないまま一年目の命日を迎えます。












最終更新日  2009年11月18日 17時32分30秒
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2009年07月29日
カテゴリ:ALS関連



私の職場には、お年寄りが沢山訪れる。

お仕事の忙しさに少しだけ慣れてきたのか、今日「ふっ」と心によぎった想い。



「みんな元気でいいな・・・」


80を過ぎてアチコチ痛いわーと言いながら元気に歩いて毎日通院してくる
患者さんをみて、「いいなー」と素直に思った。


元気っていい。



父も生きていればまだまだ「若い」と言われる年齢。


あっちが痛い、こっちが痛いと言いながらも
元気に動き回っていただろうし、孫ともいっぱい遊んでいただろう。
誰も笑ってくれないダジャレを連発し、
一人ニヤついて「俺って天才!」って思ってただろう。




今日は父がよく被ってた帽子とそっくりな帽子をかぶった
父と同年代のオジサンが待合室に座ってる姿をみて、

ふっと、「なんで父は死んじゃったんだろう・・・・」と強烈に寂しくなったりした。




去年の夏は元気とはいかなくても、確かに生きていたのに。



父がALSに侵されて、車椅子になり、イロウになり・・・
と進行していった時もあまり深刻に
「なぜ、父に限って!!!なぜ父ばかりが!!」とは思わなかったけど。




今日はものすごーーーーく思ったなぁ。

「なぜ、父がこんなに早くこの世から居なくなったのか。」って。

・・・なんでよーーー!!!!!!って叫んでも許される位寂しくなったな。。。





・・・生理だからかな(笑



密かに傷心な母の心、子知らずで、
佑はおじいちゃんの仏壇にむかって

「おじーちゃん!
 後、8回で、ゆうのお誕生日だよー!!!」


と報告?オネダリ?(笑)してた(笑


プレゼントをねだられて、きっと父はズッコケてる事でしょう(笑




















最終更新日  2009年07月29日 23時48分58秒
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2009年06月28日
カテゴリ:ALS関連


重度障害者のヘルパー資格を取得するための研修最終日。
昨日(27日)無事終わりました。

昨日はまず3グループに分かれて
実際街へ出ての買い物。

脳性マヒの男性一名(電動車いすで自走)と付き添い2名。
車椅子体験者一名と車椅子を押す人間一名。
合計5人で1グループとなります。


私は最初、実習者の乗った車椅子を押してまず店内を目指しました。
買い物先は全国チェーンで言う所のイオンのようなお店。
土曜ということもあり、かなりの混雑でした。


そして、店内中頃で、私が車椅子へ。


車椅子で実際の街中をうろうろするのは初体験 きらきら

走り回る子供の怖さや、自転車のスピードの怖さ・
商品が目より高いため、ほとんど売り場が見えないことや
冷蔵コーナーの冷気をモロに感じるため寒いこと・
お肉などの値札はほとんど見えない事などを知ったとともに、

人の目線も痛い位感じてきました(||゚Д゚)ヒィィィ(゚Д゚||)



そして、買い物を終え、かえってきたら
調理実習。
利用者さんに材料のきり方や炒め方、
すべて一から確認して、利用者さんの食べたいと思う手順で
カレーを作ります。

そして、そのカレーで昼食。


昼食後は、2グループに分かれ、利用者さんとヘルパーさんの
行動を少し離れて見学する、実習。

これまた駅周辺を2時間。
ウロウロと後ろをついて回る・・というものでして、
人の目線を感じまくりました(;´▽`A``
そりゃそうです。
車椅子の人がいるだけで見られるのに、
その後ろに6名程の大人が、無言でついてるんだもん(笑


私のついた利用者さんとヘルパーさんは
駅向こうのスーパーへ画材を買いに行かれ、
駅を通過して、お昼に行った大型スーパーへ。
お花をみたり、木材売り場をウロウロしたり、
カー用品をみたり。

普通にウインドウショッピングもされてました。


地元なだけに、知り合いに出会うかなと思ってたんだけど、
誰にも出会わず(多分)一安心でした(A;´・ω・)フキフキ




最終日はほとんど外へ出て動き回る、まさに「実習」で終了しました。





思い出すことの多い3日間で、修了時に

「亡くして間がないから、今すぐ働いてくれなくていい。
 待ってるからね。会えて嬉しかったですよ」

と責任者さんに言ってもらい、号(┳◇┳)泣しちゃいましたね(苦笑
笑ってサヨナラしようと思ってたのに・・・・(;´▽`A``



色んな思い出を思い出し、
新たに色んな気持ちが渦巻いた3日間でした。










最終更新日  2009年06月28日 17時04分37秒
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2009年06月25日
カテゴリ:ALS関連


講義2日目。
前日の講義の後、帰って3枚のレポートを仕上げないといけなくて
少々寝不足状態で二日目を迎えました。

2日目は今回の研修を開いてる事業所の代表から
コミュニケーションについての講義と
滋賀県自立支援センター代表の方からの講義。
この方は自身も脳性マヒの障害がある女性。

この女性・・・。
発言内容がまるで父そっくりだったの。

自身がヘルパーに何を求めるかを話してる、その内容が
まるで父かと思うような発言で・・・。

・自分達は自分で動けないから、ヘルプしてもらうのに、
 例えば、痒いところ一つかいてもらうにも、ものすごく沢山の
 言葉を使わないと伝わらない。
 そして伝えようとする事はものすごい体力を消耗させる。

・ヘルプに来てる筈なのに、何故わかってくれないのか!
 何故わかってくれないの???? と強く思う。
 そして冷静になってみて自分の態度を反省する。

・ヘルパーは帰れば違う世界があるが、利用者はずっと家の中に
 残される。逃げ場がない。
 「もう誰とも喋りたくない」と思うときが多々ある。



などなど・・・・。



この「何故わかってくれないの??」という発言から
私はもう堪えていられず、どばーっ (┬┬_┬┬)(苦笑

・・・。父も、ずっとずっと
「わかって!わかって!」と訴えかけていた事を思い出したから。




二時間目以降はずっとPTさんの講義&実習でした。
このPTさん。

びわこ学園医療福祉センターの理学療法士さんで高塩先生という方。

この高塩先生。

すばらしい!!!!(笑

普段は脳性マヒの子供達と関わる仕事をしながら
赤ちゃんの研究などにも力を尽くし、
日本のみならず世界を飛び回り精進されている男性。

赤ちゃんのような丸刈りの姿もキュート(笑


実は、私にこの講義を受けるよう、進めてくれた人は高塩先生とも
親しくお仕事されてる方で、この高塩先生の講義を聞くこと。
これは滅多にできる事ではないから!!と強く勧めてくれたんです。
「絶対感動するから!」と。


その通り、本当に感動的でした。


殆どが脳性マヒの障害についての講義でした。
何故なら重度障害の方のヘルプに入るということは脳性マヒの方と
沢山関わる事が増えるから。らしいんだけど。

一口に障害といっても色々ある。
そのタイプを見分ける事の大事さ。
そしていかに私達の視覚や聴覚が持つ情報が危ういものかという認識。
出来ているつもりでも、いかに「他者理解」が出来ていないか。

などを分かりやすく教えてもらいました。


そして

肢体不自由者を「物」としてでなく「者」として

「生きる」事への心理的支援が必要なこと。

非定型として生きるが故に生じる困難さを支援すること。

そのままの状態を認め、決して自分の世界に入れようとせず
その人の世界を認めること。

自分と違うものを受け入れる事は苦手で、「無知」な事は
怖いものだと知る事。

今出来ている機能も数年後には失うかもしれない。
その失ったときの辛さを想像すること。知る事。
一生を通じたプランを立てる事。



介助の仕方を実習してもらう前に、
まず「正しく知る」事の大切さをじっくり講義してもらいました。



その後、実習へ。

ピチピチの学生さん達とグループを組んで、
寝返り介助の仕方や立ち上がらせ方など。


一日の終わりになって、高塩先生はこうおっしゃいました。



職員(在宅の場合はヘルパー)により介助方法が
様々だと混乱を招く。
なぜ、この介助方法を行っているのか。
理論立ててきちんと説明できるようになること。
「いわれたから」ではなく、自分で正しく利用者さんの体の状態を
理解して、介助を行う事。が大事。


最初にきちんと学べないまま年数だけ積んできた人は
キャリアが長いというだけで、
ベテランになっても、もう直せない。
「私はこれでやってきた」と言って受け入れられない。
こうならないように、いつの時、誰の時でも、
「正しく理解する」事。
同じ病であっても、一人ひとりケースバイケースで
状態も痛みも違う。
そのことを忘れてはいけない。




理学療法士さんの講義ということで、
実践的な実習がメインになるのかと思ってたんだけど、
「心」の部分に長い時間を割いて講義をされたのは、
ご自分が現場でいろんなことを経験されてきてるからだろうと思いました。
もちろん、技術的な事や体の仕組み、姿勢ケアなど
実務もたくさん教えてもらったんだけれど。



二日目を終えて、何よりも
父が生きている間にこういった事を聞いていれば、どれほど心強かっただろうと思ったし、
父に聞かせてあげたかったな。と心底思いました。

それから、たとえば、患者会などでいつもグループミーティングを
行っているけれど、それよりこういった講義のほうが
どれほど患者・家族の心を軽くしてくれるか・・・と痛感しましたね。



残るは一日のみ。
利用者さんと町へ出て買い物をし、料理を作る。
そして一緒に食べる(笑


これですべて終わりです。


資格を取得したからといってお仕事があるかどうかは
わからないんだけど、
本当に意義のある充実した二日間でした♪








最終更新日  2009年06月25日 16時39分13秒
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2009年06月22日
カテゴリ:ALS関連


先週末。
重度訪問介護のヘルパー資格を取得するために
研修に出かけてきました。

色々悩んだ末。
不安を抱えつつ、緊張しつつ。

ピチピチの学生さんに混じりつつ。(笑雫



私の想像では、一般的な話しばかりできっと退屈するだろうなーって思ってたんだけど、
それは180度違って、どの講義もとても感動的でしたきらきら


何を聞いていても亡き父の事を思い出すし、
今闘病中の友人達の事を思い出すし。

一日目は
「泣いたらアカン!!!泣いたら目立つ!!(笑」と思って
我慢できたんだけど、
二日目は一時間目から号(┳◇┳)泣
一回堰が切れるととまりませんでした(笑
寝返りの実習しててもウルっとしてるのは私だけだった(笑




まずは。一日目。



一時間目は市役所に勤める聴覚障害のある女性が講師でした。

ご自身も障害があるため、障害者の気持ちがとってもよく理解できる
お役所の方ということで、「重度訪問介護の制度とサービス」について
講義を進めてくれる中でも、お役所目線ではない講義でとても聞きやすく
共感しやすく・・・・。
聞いてると、「この人が福祉課にいる時に相談行きたかった」と
心から思いましたね。
お役所の方々とは結構バトルしましたから。わたし(笑


その後、一時間目の講師の方と、脳性マヒの障害がある男性との対談という形で
二時間目が始まりました。



自分でボランティアを集め、独居生活を送る男性のお話しからは

「自分にとって市町村の役所は一番身近であってほしいのに、
 一番遠く感じる」

など、痛感できる台詞が沢山飛び出し、涙を堪えるのに必死でした。涙ぽろり




30分の昼休みを経て
3時間目。


実際ヘルパーとしても働く男性の
コミュニケーション術についての講義と、グループに分かれての
ディスカッション。



5時間目。
看護師でもあり、ヘルパー業もこなし、看護学科で助教授をしてる女性の
「医療」の面からの講義が2時間続きました。

この時は「ALS」を題材に、ヘルパーの痰吸引の問題や、緊急の事態が起こった時の
対処の仕方などなど。
現実問題、避けて通れない怖い話なども聞いたり・・・雫

でも、お話しを伺う限り、素敵な看護師さんで、
これまた「父の入院の時にこんな人が居てくれたら良かったのに~」と
寂しく思いました。
現実、病棟のナースさん達は色んなお方がいらっしゃる訳で・・・(苦笑




とにもかくにも、
身も心も充実した一日でしたひらめき

そして、父が亡くなって以来、始めてっていうほど、色んな事を思い出した日でも
ありましたね。
「ウン゚.+:。(*-ω-)(-ω-*)゚.+:。ウン」
「そうやねん°・(((p(≧□≦)q)))・°」
って思う事ばかりでしたね。



この日は帰ってすぐ、3枚のレポートを書かないといけなかったんだけど、
殆どが父を介護してたときの事ばかりになり、
レポートというより個人的日記のようになりましたとさ(笑
二日目はまた後日。バイバイ













最終更新日  2009年06月22日 19時22分22秒
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2009年06月18日
カテゴリ:ALS関連

色々悩みましたが。
週末、重度訪問介護の研修を受けてきます上向き矢印


研修受けたからといって、何かに繋がるかどうかは分からないけれども。
実り多いものになればいいなぁ~。


今の私に一日机に座って勉強できるでしょうーーーーか????(笑






IMG_0018.JPG




こうやっていつもお世話を楽しんでた娘達にヘルパーの話をしたら
羨ましがってました( ̄∇ ̄*)ゞ
「またしたい!!!」んだそうですピンクハート


勿論、おじいちゃんの。だそうですが。(〃 ̄ω ̄〃ゞ






















最終更新日  2009年06月18日 16時46分21秒
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2009年06月10日
カテゴリ:ALS関連
前回、ここでぶつぶつと呟いた事だけど。

父を亡くして半年。
ずーーーーっと頭から消えないモロモロと、
少しずつ向き合って暮らしてきて、
段々少しずつだけど、
ヘルパーとして父のような障害を持った人と生活できたらな・・。
そんな事が「仕事」とできたらな。
と思うようになった。


私は裕福でもないし、ボランティア精神溢れる人間でもない。
だから、あくまでも「お仕事」として。なのだ。


これまた悩んだ事だけど、この「お仕事」


私のような元家族がヘルパーとして例えば同病の患者さんの元に入った場合、
「お仕事」と割り切れるだろうか。
元患者家族ゆえに、感情が芽生えすぎて、「ウザイ」んぢゃ?とか(笑
ウザイっていうよりも、大丈夫か?自分。って事も自信ナッシング下向き矢印



でも色々悩みながらも、ただ迷ってても仕方ないので、
その道のエキスパートで私がとても信頼を置いている人に相談してみた。

実は滋賀県にも年に1度(2度あるのかも?)事業所主催の
重度訪問介護のヘルパー要請研修を行っている。

彼女はこの研修でも講師を務めたりする人で、
実は去年父が亡くなる丁度その頃にもこの研修は催されていた。

私もこの研修で資格をとって、父の夜間の介護に入ろうと思っていたし、
父もそれをすごく楽しみにしていた。
結局間に合わなかったけれども。


・・・
話はそれちゃったけど、
彼女に「また研修の予定があるなら教えてほしい」と連絡をしたのね。



そしたら

「急なんだけど、情報が入ったから!」と詳細を教えてくれた。


それが今月。なんだよねーーー(;´▽`A``びっくりびっくり
しかも、予定あり。の日下向き矢印


w( ̄△ ̄;)wおおっ!
何故にこんな急に!!!!(笑



これを逃せば次は年末か・・・??
(ーΩー )ウゥーン
迷う・・・。


気持ちはある。すごくある。

でも気持ちの整理が出来てるのかは自信がない雫
それに詳細を読めば読むほど、難しい事ばかりで
私に勤まりそうもない気がする(笑



でもでも迷ってる時間がない♪~( ̄ε ̄;)






そうそう。
これまた迷ってる時間がない。話。


実は色々モロモロあって、今月頭から、とある病院で受付のパートをはじめてます。
週1だけど(笑

全くはじめての医療事務病院の世界。

迷ってる時間がないくらい、忙しい!!!!雫
何もかもが始めてで、プチパニックを通り越して
完全なるパニック状態。
仕事が終わる頃には脇汗でまくり(笑


5歳は老けたな、絶対(笑















最終更新日  2009年06月10日 13時36分47秒
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2009年06月04日
カテゴリ:ALS関連


父を亡くして半年が過ぎ、
今でも実家に行くと、お仏壇の中で笑ってる写真を直視は出来ないけど、
段々、現実として受け止められるようになってきたかな・・・
いやいや、全然受け止められてないな。
なーんて、揺れながらも日々元気に明るく過ごしています。


父の晩年を思うとさ。
やっぱり告知された頃・そして呼吸器を諦めた頃。
この頃の事がやはり一番辛く思い出される。


私の父は得体の知れない病と出会ってしまったし、
綺麗事では言い表せない位、本当に大変な3年間だったけれど、
でも父がALSを発病したおかげ?で、多くのものを得られたのも事実。


病気を通して、私の娘達は「病・死」という
人間が生きていたら誰もが通過する当たり前の現実を知り、
受け止めて前を向く強さをもらった。

今では二人共「大きくなったらお医者さんか看護婦さんになる!」と言ってるし、
杏なんかは、アホでは看護婦さんになれない。と勉強も頑張るようになった(笑



私には、父のおかげで、大事な大事な友達を与えてもらった。

その友人達に私は何もできない。

父の時に何もできなかったように、今もまた、大変な思いをして
毎日を生きている友人達に何もできない。

できるなら毎日順番に彼女や彼らの元へ通って暮らしたい。

夜間は泊り込んで過ごしたい。


絶対楽しいと思うから(笑






父を亡くして半年。
今までは同病の患者さんと出会う事なんて辛くて考えられなかった。

でも、きっと私達が通ってきた同じ道で悩んで苦労してる
患者さんや家族が沢山居る。

同じ道を通ってきた人間として、介助に関わらせてもらえたら
うれしいな・・・と少しずつ思うようになってきた。

父は亡くなる数日前、私が重度障害者のヘルパー資格をとろうかなと思ってると
話したとき、嬉しそうだったし、楽しみにもしていた。

だから。

そういったお仕事を出来たらな・・・とほんのり思い始めている。


・・・ほんのり。ね。















最終更新日  2009年06月04日 16時56分00秒
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2008年12月31日
カテゴリ:ALS関連

忘れる事のない2008年という年も
残るところ後1時間と少し。

クリスマスや年越しを過ごすとき、
居て当たり前だった人がこの世に居ない事が信じられないような
気持ちでいっぱいです。

佑は最近おじいちゃんの戒名を覚えた事がうれしくて
ずっと長い戒名を口ずさんでます(笑

そして戒名が書いてある紙をみて
漢字も写し書いてみたりして遊んでいます(笑


何度も何度も戒名を呼ばれ、
天国に上ろうとしてるおじいちゃんも、ずっこけている事でしょう(笑


残された家族が悲しみすぎていると
心配して天国にいけないよ・・・とよく言われます。
いっそ天国など行かず、お化けになって周りをウロウロしてくれたらいいのに。
と思ってしまいます(^^;;


あと少しで新しい年。

今年はココには書ききれない位、思い悩んだ一年でした。

来年はどんなかなー。


がんばろ。



隣で杏は、笑ってはいけない新聞社をみて爆笑しています(笑
よい年越しです( ̄∇ ̄*)


みなさま、素敵な新年を(  )')chu♪









最終更新日  2008年12月31日 22時41分47秒
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2008年12月05日
カテゴリ:ALS関連

御通夜を終えた夜。
母や弟は葬儀場に泊まるため、私と子供達は実家へ泊まりました。

父がずっと使っていた一階の和室に
子供の分の布団を敷いて、私は父が使っていたベットに横になりました。

真っ暗な部屋の中。

暗さに目が慣れてくると、天井の模様もよくみえる。

近くを走る国道ではずっと車の走る音がしていて、
時々思い出したように隣のリビングで寝てるダックスが
ソファーから飛び降り水を飲みに行く音が響く。
新聞配達のバイクの音や、早朝出勤に出かける近所の人の音など
案外色んな音で溢れている父の部屋。

暗闇の中で朝が来るまで身動き一つできずにいた父の気持ちが
少しでも感じられたら・・・と思って父のベットに横になったんだけど、
眠る事はできず・・・。
父も眠る事は出来なかっただろうと思いながら起きていたんだけど、
暗闇でもそれなりに賑やかな夜を過ごしてたんだなーと思えて
何だか少しだけ、ホッとしたりもしました。


亡くなってから御通夜まで日が少し開いたので、
父とは長く一緒にいられたし、その間にこんなのも作りました。

父は写真を撮るのが好きで、歩きにくくなってからも
自分で現像しに出かけたり、写真整理もしてました。
だから沢山沢山闘病中の写真があるんです。

その中から抜粋したものを、葬儀会場入り口に飾りました。

PAP_0067.JPG

PA0_0056.JPG
リハビリを頑張る姿

PA0_0060.JPG
障害者手帳をもらい、障害者用プールへ通ってた頃。
水着に着替える事も必死な状態なのに、一生懸命だった。
杏ともここのプールで泳いだりしてました。

PA0_0058.JPG
歌が大好きだった父の最期のカラオケ。
自分のロレツの回らなさに爆笑する父。

PA0_0064.JPG
佑との公園デビュー。
頭の絆創膏は足に症状が出ていて転倒し縫った直後だから。
この時父はベンチに横になり、自分一人では起きられなかった。
起きられない自分に笑ってる写真。

PA0_0065.JPG
治験で大阪の病院に入院してた頃。

PAP_0066.JPG PA0_0059.JPG
足に症状が出始めた頃行った家族旅行と
登山の写真。

PA0_0061.JPG
りゅうちゃんやオルちゃん達が来てくれた時の写真。

PA0_0063.JPG




父のお棺には、いつも着ていたコートや
杏が初めて手編みした真っ赤なマフラー、
孫達からの手紙。
絵を描く事が趣味だった父が使えるように
画用紙や色紙と色鉛筆。
病気が分かっても吸っていた煙草。
いっつも片手にしてたワンカップ酒。

そんなものを一緒に入れました。

ワンカップを買いにスーパーへ行った時は、
お棺の中に入れるものを買うだなんて辛すぎて、
酒コーナーの前でグズグズしてたら、
隣のオジサンに「そんなに悩んでまで酒が好きなのか」
って顔して見られました(笑


私達が病室へ着いた時、父の状態を表す機械は
すでに死を意味してたのに、
杏が来た事を叫ぶと、少しだけ状態が戻ってきた父です。
初孫だった天然娘を愛してた父と、そんなおじいちゃんが大好きだった杏。

お棺の上に供える花束は、杏が一人で捧げました。

骨あげの時も杏は怖がらずちゃんと拾ってました。

案外強い子みたいです。


でも、おじいちゃんが亡くなってから、私にくれる手紙には
絶対に「長生きしてね」と書いてます。
・・・
やっぱり大事な人が逝ってしまうことって怖いんだよね・・・。

私も怖いです。


大事な同病仲間には絶対絶対ずっと生きてほしい。


父の仏前に、どんなに好物を並べても、
どんなに御参りしても、満たされない大きく欠落した気持ちがあります。
発病当時から食べられなくなった父。
仏前に並ぶ好物をもう何年食べてこなかったんだろう。
生きてる間に食べてほしかった。
と、どうしても心のどこかで思ってしまう。


死んじゃったら、もう何もしてあげられない。って。


最近では知らない間に泣いてるなんて事は減ったけど、
その代わりに何もかも嘘に思えて仕方ありません。
今でも病院に入院してるような気がしてしまいます。



一刻も早く治療法がみつかりますように・・・。










最終更新日  2008年12月05日 12時32分39秒
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