井上ひさしの作品に「青葉繁れる」があります。
夏目漱石「坊ちゃん」の現代版を狙い、私の故郷を舞台に名門男子進学高の落ちこぼれ4人組(井上ひさし、菅原文太など)と、近くの第二女子高等学校生(マドンナは疎開していた若尾文子)が繰り広げる、戦後混乱期の実在モデルによる青春物語です。
今春、NHK「にっぽん縦断こころ旅」で、その女子高の校舎風景が投書で取り上げられ、卒業生の家内は録画を懐かしく見ながら、女子高から中高一貫校共学になり校名も変わったことを残念がり、校章は昔のままを喜んでいました。先日、その学校から同窓会案内と一緒に、行方知れずの消息照会がありました。明治19年創立という欧米外国人も掲載された歴史を感じるリストで、家内卒業の年度を開いたら・・・私が高校時代に文通していたTさん、尋ね人になっているではありませんか。Tさんと家内は同窓同学年でしかも同じクラスという偶然、ドキドキ・・・と一瞬の動揺、予期しない発見に、半世紀以上も昔のほろ苦い思い出が蘇って来ました。
高度成長期直前の私の育った田舎はまだまだ貧しく、裕福で成績優秀な家の子ほど小学校を卒業すると、学区制を逃れて地域の中心都市へ転居、進学中学校へ転校するのが日常化していました。Tさんもその一人です。私は高校入学でその都会へ電車通学が叶いましたが、その時に自宅から通い始めていたTさんへ、一方的で強引に手紙を差し上げて文通が始まりました。
163cm、スリム、9月誕生、ショートカット、女優波留(はる)さん似、ガーベラが好きだと言っていました。幼少から習字を習い、油絵も県展で入選するほどの腕前。高校文化祭に招待され60号もの壮大な出展画「係留される貨物船」を観る機会や、選ばれて卒業文集の表紙や挿絵も描いていました。虞美人草やロザリオの鎖の読書を勧められたこともありました。デートは1度だけ、初心にも緊張しましたが気分は高揚。粗野で無頼の私とは違う、家柄が醸しだす上品さを持ち合わせたTさん。当時、武者小路実篤の青春小説を何冊も読み、その世界に陶酔していた私。そんな有頂天の日々だったのに・・・どうしたことか突然疎遠になり・・・失意から高3夏休みには、目的地も定めず北海道放浪の旅に出る羽目に。立ち寄ったハマナス咲く網走原生花園の浜辺に座り、当時流行の「遠くに行きたい」や「雨に咲く花」を口ずさんだものでした。
それから数年後、街でバッタリ出逢い県本庁に勤務したこと、教育者の親の勧めで早々に結婚、でも事情があってすぐ別れたと悲しげな顔。男の人は羨ましいと、弱音を垣間見せた表情が蘇ります。慰めの声を掛けてあげることも無く、それっきりになってしまいましたが、青春の憧れだったTさん、あれから幸せな人生を送ったのだろうかと、行方が知れないことを案じながら戸惑う気持ちです。好奇心旺盛で大人になることを急いだ私には、不本意になりますが青く酸っぱい青春の1ページになりました。
半世紀以上も昔のセピア色になった思い出の品々、最初に届いた手紙の他に、毛筆の年賀状や代筆してもらった2千字にも及ぶ送辞巻文、岩礁に砕ける波を描いた暑中見舞の葉書や栞、数葉のデート写真など、未だ処分できず家内に内緒で保管している有様。歳を重ねても心は青春の証なのでしょうか・・・静寂涅槃は遠い話、悟りを開くことも無く私は朽ちて行くのでしょう。
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