「テメェはまた10代目に慣れ慣れしく…っ!」
「へ?ツナが自販機行くっつーから、ついでにオレのも買ってきて貰おうと思っただけじゃん」
「それが慣れ慣れしいっつってんだよ!どうせまた牛乳だろ、そんくらいテメェで買って来い!10代目の手を煩わせるんじゃねぇ!」
目の前で繰り広げられる口喧嘩は、既に毎日のように行われていることで。
オレはもう慣れた、といった呆れた表情でその場を眺めていた。
一言で口喧嘩と言っても、今日も獄寺君が一人で怒って、一人で山本に突っかかっているだけ。山本も説教を食らっているというよりは、近所の子供を相手にしているという感じで、くすくすと笑いながら対応している。そんな態度がますます気に入らないのか、獄寺君は胸元に隠し持ったダイナマイトを構える準備をしていた。
「わ、ちょっ、獄寺君、待ったーーーッ!!」
流石に黙っていられなくなったオレは、慌てて席を立ち、二人の間に入ってそれを遮る。
「下がってください、10代目。こんなウゼェ奴、オレが吹っ飛ばしてやりますよ」
「だから、駄目だってば!」
「ですが10代…ッ」
「……獄寺君は何でそう喧嘩っ早いかなぁ」
獄寺君の反論の言葉とほぼ同時に、オレはため息を吐きながら、少し俯き加減で呟く。
こうやって大袈裟にため息を吐いて悲しそうな顔をすれば、獄寺君はすぐに耳垂れて大人しくなるのが分かっているから。
慣れたものだ。
「じゅ、10代、目…?」
案の定、獄寺君はおろおろした表情でオレの顔を窺がう。
「ちょっと静かにしようよ、ここ教室なんだから」
ぐっと詰まった獄寺君は一瞬抵抗しようと試みたが、「ね?」と宥めるように首を傾けてやると、観念したように大人しくなった。
「3人皆で仲良くしようよ」
「10代目がそう仰るなら…」
そもそもどうして獄寺君はいつも山本に突っかかるのか。
オレには大体検討が付いていたんだ。
でもそれはオレにとっては少し淋しい答えで――――気付かないフリを続けていた。でも、それもそろそろ終わり。認めざるを得ない頃合なのかも知れない。
「ハハハ、獄寺はいっつもツナの言うことには逆らえないよなー」
「あ?お前バカにしてんのか」
「いや、可愛いなぁと思って」
オレが獄寺君の傍を離れた隙を狙って、山本がすっと獄寺君の前に立った――――と思った瞬、間。
「「な」」
獄寺君とオレは同時に素っ頓狂な声を上げてその場に立ち尽くしていた。
――――山本が、獄寺君の頬にキスをした。
頬、と言っても唇のすぐ隣で。あと数ミリで唇に到達するくらいの位置に山本は自らの唇を軽く、あてた。
幸い、教室にいた生徒達は皆、前の席の方でフザけて目立っていたある一人の生徒に気を取られていたようで、後ろの隅の方で固まって騒いでいたこちらを振り返っている者は一人も見当たらない。
しかし、ざわざわと明るい教室の中で、取り残されたような空間が一つ出来上がったようだ。
にこにこと微笑んでいる山本とは逆に、獄寺君とオレは真っ青な顔でその微笑みを見つめ返す。
少しの間沈黙が続いたが、それを破ったのは獄寺君の怒鳴り声だった。
「な、何考えてやがんだテメェ!!!」
真っ赤な顔で迷わずダイナマイトを構える獄寺君を、今度は止める余裕すらなかった。しかしオレすらもこんなに動揺してるのだから、獄寺君本人にはもっと余裕なんてある筈もなく、口に加えた煙草を地面に落としたり、もう一度新しい煙草を銜え直したりを繰り返して、着火にまでなかなか至らないようだ。
まるで『開いた口が塞がらない』ということわざ通りの状態である。
「お前さ、教室で花火はねぇだろ」
「テメェは何でそんな落ち着いてやがんだッ!」
「ご、獄寺君、落ち着いて」
この日が来るのを恐れていたのかも知れない。オレの動揺はそこにあった。
二人の雰囲気が少し前から変わったことには、以前から気付いていたんだ。山本のあんな優しい表情は、獄寺君以外の前では見せない。また、獄寺君の方もしかり。ほら、今だって獄寺君の赤く染まったその顔は――――その本当の感情に、本人達が気付いているかどうかは定かではないけれど、オレの推測は間違ってないだろ?
でもオレにとっては、そのことで二人の友達が一気に遠ざかっていってしまうようで、仲間外れにされたようで、淋しかった。だからこそ、いつもオレはこの二人を縛る。
『“3人皆”で、仲良くしよう』
いつまでも3人一緒になんていられる筈がないのに…。
そう思う程に、オレはこの二人に頼りすぎてたんだ。それはひとつの“依存”。
「ツーナ」
はっと気付くと、目の前で二人が心配そうにオレの顔を覗き込んでいた。
「ごめっ、オレ…」
すっと伸びてきた山本の手はとても暖かくて、心配事も全部吹っ飛んでいきそうだった。いや、実際に次の瞬間には全部吹っ飛んだ。驚きすぎて。
「ツナも可愛いゼ」
その言葉と同時に、山本は今度はオレの頬に唇をあてた。オレへのそれは、もちろん耳に近い頬、だけれど。
確かに安心させてくれるような山本の雰囲気に飲み込まれる。
(この、天然タラシ……)
初めは動揺したけれど、耳元で獄寺君のさっき以上の怒鳴り声を聴きながら、不謹慎にもふっと笑いが込み上げてきた。
くすくすと笑いながらオレは獄寺君の静止に入る。
「もう、喧嘩は駄目だってば~」
オレが笑うと、山本はひとつふたつ頷いて、オレの頭をぽんぽんと撫でたし、獄寺君は初めは何でオレが笑ってるのか分からなくて怪訝そうな顔をしていたけれど、最後にはオレ達が笑っているのにつられて一緒になって苦笑いをした。10代目が幸せそうならそれでいいんです、前に言った獄寺君の台詞が頭の中を横切った。
こうやって今笑い合えていれば、それでいいんじゃないかと思った。
もう少ししたら、二人はオレの知らないところで、二人の世界を作っていくかも知れない。
それでもオレは――――
今は、今だけは。
もう少しこのままでいたいと、思ったんだ。
***
彼等の恋は応援したいけれど、友達を友達に取られるようで複雑なツナ。
でもきっと二人は、ツナが一緒にいたいと願うなら、いつまでも傍にいると思うよ。
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