屋上へと向かう階段の途中、少し嫌な予感が漂って僕は身体を翻した。
でもそれもやっぱり相手の思うツボな気がして、もう一度向かう方向を元に戻してひとつひとつ歩を進める。
君はいつも僕の平常心を掻き乱す――――
「ヒバリ」
寝転がって空を仰いでいた男が、扉の開いた音に反応してこちらを振り向く。
「ヒバリ、ヒバリ」
その声に続けて高い声で僕の名を呼ぶのは、いつからか望みもしないのに僕の行くところどころについてくるようになった、黄色い羽を持つ一匹の鳥。しかし今その鳥の隣で重たい身体を起こしているのは、僕よりも少し背が高くて、とても頭の悪そうな風貌を持つ少年…。
太陽の光が射す炎天下の中、すこぶる元気で爽やかな笑顔が目に映る。その情景の眩しさに僕は思わず目を細めた。男はそんな僕の様子を眺めながら変わらず鳥の背中を撫でてやっていた。
「何、してるの」
光を遮る為に手のひらを翳しながら、目の前の男に問う。
「とうとう頭のネジでも外れたの。今日は学校休みだけど」
「ヒバリだって来てんじゃん、ガッコ」
「僕はいつでも“行きたい”と思ったところに居るよ」
「だよな」
ヒバリは学校好きだもんな、とへらへら笑う男を無視して、ずかずかと彼の傍へ近づいていく。
「ここはこれから僕の昼寝の場所になるから、早く出て行って」
「ここに来ればヒバリに逢えると思ったんだ」
「聞こえなかった?早く行かないと……、ッ!」
「……噛み殺す?」
パシリと僕の手を取って顔を近づける。いつものようにその顔はどんどん近づいて来て――――最後には僕の唇をちゅっ、と音を立てて啄ばんだ。
「…本当に君とは話が噛み合わないね」
「そうか?オレ結構お前とは相性いいと思うんだけどな」
そう言って僕の髪を梳く手のひらはとても大きくて、暖かい。
さらり、と梳いた髪をそのまま耳にかけると、その耳元へと唇を近づけて囁いた。
「ヒバリ、誕生日おめでとう」
ピクリと思わず固まってしまった僕をそのまま腕の中に収めて、男はほっと息をついた。
まさか、これを言う為だけに、わざわざ休みの日に制服を着て登校してきたとでもいうのか、この男は。
胸に顔を寄せていた、というか寄せつけられていた僕には、その男の顔は見えなかったけれど、さぞ満足気な顔をしているのだろう。呆れた僕は、短いため息をひとつ吐いて、目の前の胸に身体を預けた。急に圧し掛かった体重に少し驚く様子を見せた彼は、「ヒバリ?」と不思議そうに名前を呼ぶと、嬉しそうに更にその名前を呟き、もう一度おめでとうと言って笑った。
「ねぇ、この鳥に僕の名前覚えさせたのって、君?」
抱きしめられながら、僕はふと、これまで感じていた疑問を口にする。
「え?あぁ…確かにオレ、コイツの前で“ヒバリ”ってよく言うぜ?『ヒバリまだかなー』とか『ヒバリ今日機嫌悪かったー』とか……うおッ」
ひゅんひゅんと振った僕のトンファーを器用にかわして、屋上の扉まで走る山本。見逃すつもりはなかったが、悔しいけれど追いかける気力すら沸いてこない。
「じゃーな、ヒバリッ!いい一日にしろよっ!」
僕の苛立つ感情とは裏腹に、彼は達成感の満ちた顔で屋上を去っていった。
うるさい男が消えて急にしんと静まり返ったその場所で、僕はさっき彼が寝そべっていた場所に重なるように座る。
「ヒバリ、ヒバリッ」
僕が寝転がったのとほぼ同時に、高い声が自分の名を再び呼ぶ。
「何。僕はそろそろ眠るから、静かにしてくれない?」
折角うるさい奴が消えてくれたんだから――――と続けようとした矢先、聞こえたあまり聴き慣れない曲。
「僕は校歌以外を暗記させた覚えはないんだけど」
僕は諦めたように、そっと目を閉じる…。
その鳥は、たった今教えられたのであろうお気に入りのその曲を歌いながら、空へと飛んで行った。
♪ Happy birthday to ~
***
山本は何気にヒバードを可愛がってると思います。
この日から数日間、鳥は校歌を歌うのも忘れて、ハッピーバースデーの曲ばかり歌ってたとかないとか。
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