サイフォンの科学史 350年間の間違いの歴史と認識
「サイフォンの科学史 350年間の間違いの歴史と認識」宮地祐司(仮説社)サイフォンには昔から興味がありました。上の子供(既に今や高校生だけど、その子が幼いころ)とはホースを使って風呂から水を出したり、下の二人とは最近プラスチックコップとストローで簡易教訓茶碗を作って遊んだりしました。実は少し前に中国に出張した際、講演者への手土産として中国耀州瓷の教訓茶碗を入手したのですが、それが最初教訓茶碗とは分からず、ある学会誌の参加記にはこれは何でしょうと写真まで掲載して・・・(その際、それが何であるかを教えてくださった読者の方、ありがとうございました)。それからあの教訓茶碗は子どもたち(特に小1の長男)の格好の餌食となり・・・。とにかく壊れる前に職場に退避させたのでした。さて、本書は一般に流布しているサイフォンの「大気圧説」を否定し、「水の鎖モデル」を提案します。色々調べたところでは、ネット上でも真面目な流体力学的な論争があって、少なくとも流体力学の初学者(目下勉強中!何故かは言わない)にはまだわからないところがあるけれど、流体力学の枠組みでしっかりと議論できる(べき)対象であることも分かりました。その議論の中では「鎖モデル」はあいにく否定されてしまうんだけど、あるサイトでは流体力学的な解と鎖モデルの間に一種の相似性を認めるという記述もあり・・・。そういう意味では本書も「似非科学」と割りきってしまえない部分もあるのではないかと思いました。本書の後半にある授業書(P146-P242)は子どもたちと楽しませてもらいましたし、「サイフォンが水分子の鎖を活き活きとイメージさせる格好の教材である」とする著者の気持ちには(自身が科学者であることはさておきですが)共感できます。というかそうやってイメージできるのが正しい認識だったならどんなにか良かっただろうと悔しくも思う。「あらきけいすけの雑記帳」(ここでは本書の鎖モデルを否定。よくなされる「ベルヌーイの定理」による説明も否定。)「基礎科学研究所・・・科学の散歩道」(ここでは更にこのサイトを否定。ナビエ・ストークスでちゃんと議論できる。ベルヌーイでも可。)というわけで本書の最も重要な部分は「間違い」なのかもしれないのですが、前半の科学史のあたりなんかはためになります。念のため犬耳しておきませう。P20 重力と圧力の計算から非常に簡単に「大気圧説」を否定する金山氏の研究の紹介。これは簡単すぎるけれど大気圧説を支持できない理由としてはある意味十分かと。「真空中でもサイフォンが動く」という事実にさらに裏打ちされます。P38 「サイフォンの大気圧説」の誤りを指摘した海外の研究者のお話。これは世界的にも大きな反響があったそうです。このヒューズ氏の論文はPhysics Educationという雑誌にも掲載があるそう(S. W. Hughes, Phys. Edu., 45, 162-166, 2010)。ただし、この論文も水分子どうしの水素結合による<水分子の鎖>モデルを採用しているとのこと。P43 そもそも何故サイフォンを大気圧説で説明するようになったのかを著者は過去の文献にあたります。行き着いたのがデザギュリエの「実験哲学講座」、1744年の本です。ここにははっきりと「大気圧説」による説明が載っています。P60 デザギュリエの同じ本には「タンタロスのコップ」として教訓茶碗も出てくるんですね!もうそれだけでよろしい!(笑)P65 島津製作所が理科教材として作った「サイフォンの理を示す器」。なんと「大気圧説」を支持し、真空中ではサイフォンが動作しなくなることを示せると。大正時代の話。さて実際はどうだったんですかね。P81 本書前半では「間違いの歴史」をさらに辿ります。当然行き着くのは「トリチェリの真空」。トリチェリ自身の「デカルトの充満説」を否定するための工夫は面白いかも。P84 そして「大気圧説」の真犯人パスカルが登場!パスカルの著書には「トリチェリの真空」を大前提として、高さ15 mもあるサイフォンで実験するとどうなるとの記載があるそうで・・・。これは・・・実際にはやってないね、となるわけですね。ちなみにNHKの大科学実験でも長いサイフォンの実験があったとか。実験33 水のハイジャンプ(今、何故かビデオが見れなくなっている・・・残念)P94 「先のサイフォンの実験でもそうですが、このようにボイルの本は、実験のやり方などもとても細かく書いています。パスカルとは大違いです。」ボイルさすが。P106 「管なしのサイフォン」について。何と我らがド・ジェンヌが登場します。水ではなくPEOを溶かした高分子溶液ならばサイフォンの口を液面から外してもブリッヂができてサイフォンは動作を続けるという古い論文を本の中で紹介しているそうです。ちなみにこれはNatureにも掲載された実験(Nature, 212, 754-756, 1966)だそうです。これは是非実験してみたいですね。ただし、別のところで見つけた議論のように、これが「水分子の鎖モデル」を支持する根拠としてはいけないということも肝に命じておかないといけないですね。これは粘弾性流体であって、水とは同じ枠組みで議論できるものではないのです。ただ、この本でド・ジェンヌは水の流れの中で引き伸ばされたPEOの復元力によって水分子が引っ張り上げられると述べているそうです。「管なしのサイフォン」のトロント大Prof. D. F. Jamesのウェブサイト(ムービーがある!これはやっぱりすごい!)それからNPO法人楽知ん研究所のウェブサイトはこちら。サイフォンの科学史 [ 宮地祐司 ]価格:1944円(税込、送料無料)「科学は冒険!」(ブルーバックス)もチェック!【中古】 科学は冒険! 科学者の成功と失敗、喜びと苦しみ / ピエール=ジル・ド ジェンヌ / 講談社 [新書]【メール便送料無料】【あす楽対応】価格:258円(税込、送料別)