SOLDOUT2二次創作「ジェス」
一番古い記憶は彼女の呼び声である。「ようこそ世界へ。」彼女は私にそう言ったのだ。日差しは強く、しかし乾燥した気候柄か不快な暑さではない。窓の外をサラサラと舞う土埃を横目に私は同僚とともに作業を始める。カウンターバーと彼女が呼ぶ小さなキッチン付きのスツールが5つほど設置されたスペース。カウンター裏にある冷蔵装置の扉を開け数を確認する。長いことここで近くに住む住民を相手に”シュワシュワ”と彼女が呼ぶ酒精を帯びた飲料水を販売しているのだ。私からすれば不純物が多くとても美味と言えるものではないが、近くに住む者たちには好評のようでゴクゴクと喉を鳴らし飲む姿はみていて気持ちが良い。私が働くこの赤い屋根の小さな店は彼女が経営するものだ。旧幹線道路と僅かに流れる川を頼りに寄り集まるように暮らす住民をはじめ、私達と同じように鍛冶工房や道具屋など様々な店が並ぶ、都市とは言えないまでも街くらいの規模はあろうか。そんな街の一角に店はある。今年はまだ雨季が訪れていないため窓の外の景色は味気ないが、まとまった雨が降ると周りは色鮮やかな花々や草木の息吹を感じることができる。店内にはカウンターバーの他に様々なもの、なんと表現したら良いのか、いわゆる剣だったり服だったりはたまた炎を象った意匠の杖だったり、よくわからないモノが陳列されている棚がある。もちろんというべきか、これらも売り物である。これらのガラクタ同然の遺物を取り扱っている訳は私のオーナーである彼女の”職業”によるところが大きい。赤い屋根のこの店の裏手には工房が併設されている。同僚ともよべる私達は全部で24体。実際に客を相手にするのは私を含めて5個体程度で、その殆どは裏手の工房で作業に従事しているか店を空けていることが多い。活動拠点でもあるこの店を空けている彼らは仕入れ、私のデータベースで言うところのいわゆるスカベンジング(遺物拾い)に出かけている。旧時代の遺跡は多く、それらの位置情報は各地で見つかる”地図”と呼ばれるデータ断片として見つかる。彼女の職業はその地図を読み解くことであり私達の仕事はその手伝い、つまりは遺跡探索が主な活動である。ふと気がつくと、店の外が少し騒がしい。仕入れの帰還が予定通り到着したのだろうとあたりをつける。程なくして入り口に人影が立った。「やぁ、変わりはないかい?」通る声で挨拶をしながら入り口のスイングドアを押し開けて店内に入ってくる。素早く動けそうな小柄な体躯に少し癖のある短い赤毛の髪、いつもの白いシャツの上に淡い茶色の革ジャケットを羽織り、昔活躍した探検家のかぶっていたものと同じだと言っていた特徴的なツバ付き帽子。彼女である。この店の、私達のオーナーで自称探検家。店の様子をすこし見て回り、小さな紙片を受け取りながら幾つかの指示を同僚にしたあとバースペースへ足を運ぶ。一番端のやや奥まった席が彼女の特等席だ。4日ぶりだろうか。足取りは軽く身体機能の調子は良さそうだ。「いつものな!ジェス。」そもそもこれは売り物でしょう、という言葉を飲み込みながら工房で仕込まれたラム酒のボトルとグラスを用意する。数え切れないほど繰り返した問答で無駄だと分かっている。ジェスというのは私の呼称である。当然のように彼女が勝手に決めた。私達からしたら番号で読んでもらったほうが楽なのだが、名前は大事というのが彼女の言である。「今回の遠征はどうでしたか?」「だめだねー同業者も増えてるし、そもそも身近なとこはあらかた探したなぁ。」手をヒラヒラさせながら彼女は答える。言葉とは裏腹にあまり困った様子はない。かんぱーい、と呪文のように唱え嬉しそうにグラスに注いだ液体を流し込む。ふぅと息をついて、彼女は続ける。「まぁ、生きてる配給管を見つけたしシュワシュワには困らないな。そうそう、途中で白いドラゴンが目撃されたって噂を耳にしたよ。ドラゴン探しってのも楽しいかもなぁ。」彼女はそう言いながら、幾つかのメモをカウンターに広げて手帳と照らし合わせている。新たな遠征の算段でも立てているのだろう。そんな彼女の手元を興味深げに私は見つめる。「街はどうだい?」視線に気づいたのか、しかし顔は手帳に向けたままで彼女は問う。「いつも通りレポートにまとめて渡してあります。が、そうですね・・・政府の発表から少し混乱が広がってる印象を受けますが。住民の方々は皆お元気そうです。あぁ、ヨシュアさんのとこの初孫が生まれたそうですよ。」常連の顔を思い浮かべながら、不在の間の出来事をかいつまんで報告する。そっかそっか、と笑いながら彼女はペンを走らせる。酒をあおりつつ私や客を相手に軽口を叩く。幾編と繰り返した帰還の儀式のようなものだ。いやいつも飲んでるか。しばらくした後パタンと手帳を閉じ、グラスに残った茶褐色の液体をぐいと飲み干すと彼女は言う。「また夜に顔を出すよ。今日もバーはよろしく頼むよジェス。」大きなあくびをしながら、何かあったら奥の部屋に知らせるようにと言い残して席を離れる。工房にある彼女の自室で惰眠を貪ることに決めたようだ。「はい。では後ほど。良い一日をオーナー。」光があふれる扉の向こうに進む背中を見送りながら、私はグラスとボトルをしまい今日の予定を再確認する。このショート小説はファンタジーライフお見せ経営ゲームSOLDOUT2の二次創作です。ゲーム内の設定や実際の経営とは少し違います。