今日は結婚記念日だ・・・といっても、私のではない。
私は独り身だ。父と母の結婚記念日なのである。二人の結婚写真はわが親ながら、なかなかの美男美女。(親ならぬ子の欲目?)若くてかわいらしくて初々しくて、自分の生まれる前の今の自分の子供と言っていいいくらいの年齢の両親の姿。。。
62年も前の今日、父と母は結婚した。交際期間は半年くらい、父が一目惚れで思いを寄せていて、ある日声をかけられた母はその場でこちらも一目惚れ。そのあとは結婚へまっしぐら。笑うくらい単純で明快な出会いである。結婚してからは、父は父親を早くに無くしていたので、祖母(父の母)と曾祖母(父の父の母)との4人暮らしが始まった。それも、焼け出された後の狭い長屋の一室で。姑に仕えろと考える古い考えの家にとつぎ、我儘なところのある父を立て、いつも我慢をしいられる生活だったのに。。。母はいつも笑顔だった。優しくて明るくて、しかも賢く、何かあってもあえて相手を責めないおおらかさのある母は私にとって理想の女性で理想の母親だった。
家事も得意で、料理も炊事も掃除も洗濯も、、、裁縫も編み物も、何でも人並み以上にできる人で(後で聞いたが、すぐにできるようになる器用な人ではなく、何もかも努力をして身に着けたのだそうだ)、家族が喜ぶこと、家族だけでなく相手が喜んでくれることを自分の喜びとするような人だった。
そんな優しい母なのに、みんなに幸せを与えてきたはずの母なのに、、、何の因果か亡くなる10年くらい前から、体が不自由になり、声も出にくくなり、病気の症状のせいで自然な笑顔が出にくくなっていつもしかめ面をするようになってしまった。大好きな母の笑顔が見られないことは、私にとっても不幸だが、この状態が長く続いていたことは、母にとっても相当つらいことだったはずだ。
だが、晩年・・・、テレビの番組か何かで「人生の中でいつが一番幸せだったか?」という質問があって、母にその答えを聞いてみた。
すると、「今」というのである。そんなはずはない。体が不自由で、寝たきりで、お出かけもできなくなって、食事も流動食で、施設でくらしていて・・・絶体に幸せより不満のほうが大きいと思うのに・・・。父と交際していたころや、子供が生まれてにぎやかだったころ。。。いや自分が子供のころだって、「今」よりずっと幸せだろうと私なら思うのに。
でも母は「今」という。「うそ、ほんとに?」と聞く娘に「今が幸せ」と言い張る。だから「ほんとに?嬉しい、ありがと」と私は答え、母は何度もうなずいた。
歳をとると多幸感というのを感じやすいというけれど、、、母は本当はそうではなかったと思う。自分はつらくても「生きていてほしい」と努力を続けている私に報いるために無理をしてでも「今幸せ」と言って喜ばせたかったのではないかと。体が動かない、他の人との意思の疎通が難しい状態で生きていることが楽なはずないのだ。それでも弱音を吐かず「幸せ」と言い切る母の強さに本当の愛をみる。わが 母ながら やはりすごかった。かなわないなあと。
で、今、たぶん、母が生きていたら、私はちょっと心配をさせるような状態・・・。ごめんね。
お母さん、助けて、ちゃんと見守ってね。と言いたいところだけれど、生きてる間頑張ってくれたから、死んでまで、守ってくれなくて、もういいよ。母の愛を天にほどく。
今の母はきっと、私のことなど忘れて、天国で父とラブラブな第二の新婚生活を楽しんでくれているはず。
こちらからは見られないけれど、父と母の幸せな様子を勝手に想像すれば、私もちょっと幸せ。
そんな気持ちで この日は仏前にイチゴのケーキをお供えして、結婚記念日をお祝いする。
これまでも、これからも。