無法の学生記 「支配者」 06(完無法の学生記 「支配者」 6 最終回は? なんですって!? 「あなたは不幸の宿命を背負っています」 わたしが…不幸? 不幸がわたしの能力だっての? たしかに、わたしの人生は不幸の連続だった。 一時は、不幸の星の元に生まれた悲劇のヒロインだと思っていた。 でも、それは、おばあちゃんのおかげで乗り越えた過去。 今は…前向きに生きる努力を身につけている。 わたしは不幸なんかじゃない。ただ…最近、運が悪いような気がするけど。 それが能力だっての? 「は! 不幸なのが能力ってなによ? なんで、それが支配者だっての?」 支配者ってのは、全てを思いのままにする事…かな? だったら、不幸な人は むしろ、支配される側じゃないの? 理科室が後ろを向いた。長い黒髪がひるがえる。 「生年月日、性別、血液型、人相、手相、歩んできた人生、その他もろもろ…」 「占い?」 「あなたが、あなたである要素ですよ。たとえば、首筋にほくろがありますね」 なっ… 「どこ見てんのよ!」 「あなたのほくろです」 …む。 「そのほくろがなければ、あなたではなくなります。 あなたの容姿は見てわかりますが、人生の歩みは調べなければわかりません。 調査の結果、予想通りでした」 よ、予想通り? 「古来から、あなたのような要素パターンを持つ女性は疫病神と呼ばれていました」 や…疫病神? 「過去にはそういう女性を利用していた例があるのです。 政略結婚に送れば、嫁いだ王朝が滅び、嫁いだ名家が廃れる。 荒ぶる魔神にささげれば、その魔力を衰えさせ、あるいは滅ぼす。 生活していた街が焼ける…という、まさに運の悪い例もあったようですが」 理科室の背中が震えている…いや、笑っている? 「わ、わたしが、それだっての?」 たしかに、演劇コンクールはわたしのせいだった。 他にも、いろいろ覚えがある。今日も朝から運が悪い。 転校してきた初日に、こんな目にあっているのは…確かに運が悪いんだろう。 でも… 「いえ、あなたは、その上をゆく可能性を秘めています。 そのほくろが…一致するのですよ。民に不幸を振りまいた彼女達と」 「え…だ、だれと…」 「たとえば、殷王朝を滅ぼした…いえ、そんな事はどうでもいいのです。 今は身の回りに小さな不幸を呼ぶだけにすぎないのでしょう。 伝え聞くところによれば…起爆スイッチは…絶望とか」 な、なにがなんだか、わけがわからないよ! 「あなたのお父様は、重要な契約書類を出勤中に紛失されました。 不幸な事にライバル会社の方に拾われ、この魔宮町に転勤させられました」 え。 「あなたのおばあさまは、散歩の帰り道、歩道橋で足を踏み外して、頭を打ちました。 その時の影響でしょうか…その晩でしたね?」 え、え? 「不幸な事に…亡くなられたのは?」 え、え、え? なに? なんなの…わたしのせいなの? わたしが不幸をまいたの? おばあちゃんは、わたしのせいで死んだの? わたしが不幸の星の元に生まれたから? わたしが…疫病神だから? わたしが、わたしが、わたしが、わたしが、わたしが、わたしが… わたしが!! ………………………………………… 全てが解った。 たしかに、わたしは支配者だ。 ほほ、全てがわかるし、全ての不幸の”つながり”がわかるぞ。 ほほ、力が涌いてくる。 遥かな古代より、疫病神と言われ、苛まれてきた我らの憎しみの声が聞こえるぞ。 ”全てを不幸にしろ”と。」 くく、わたしを戒めるこのロープ、邪魔だ。 「おお、成功した!」 ほほ、なんと。今まで、わたしは、この程度の物で動けなかったのか。 心地よい。両足を踏み締めれば、この実験台も踏み抜けそうじゃ。 見下ろして人を見るのが、これほど気持ちいいとは。 「素晴らしい! あなたから未知数の力があふれてくる!」 ん、理科室か。 …くだらぬ。そんな輩だったか。 「ふふ、喜んでいるな? たかが理科室が」 くく、喜びが消えたぞ。ほお、一瞬だったか、呆然としたのは。 「屈辱か? ほお、両手が震えておるな? よくぞ、よくぞ、わたしを解放してくれた。 お礼に、理科室、貴様の過去も口にしてやろう。 見えるぞ…ほほ、空間を越える実験を装置の完成を前にくしゃみをし、 ケーブルをつなぎ違えたのじゃな? くく、その後の事までわかるぞ? 作動しなくなった機械を前にして、理化学の神を呪ったのだろう? その結果が、時空間をさまよう神の罰か! 不幸じゃな!」 ふふ、白衣が震えておる。プライドが傷ついたか? 「…あなたは支配者ではあるが、敵でもあるようだ」 くく、ミサイルか。 理科室の白衣の中で閃光が走る。同時に吹き飛び、理科室の黒板へ。 ほお、受け身を取ったか。 「残念じゃな、そのミサイルは不良品だったようだぞ? 不幸にも」 さらに、不幸は続くぞ。 理科室が立ち上がる。さすがに、それほど傷ついてはおらぬようじゃが-- 「くく、貴様の髪の毛。黒板の隙間に挟まったようじゃなあ、不幸にも」 愉快。中腰のまま、わたしを見ておる。冷静を装っているが、動けまい。 わたしは、これより世界を不幸にするのだ。 見える。ほほ、この魔宮町というのは、素晴らしい町じゃ。 地下に眠る”魔宮沼”が無尽蔵の霊気と妖気を放っているわけか。 それが町に住む民に影響し…おお、いるいる。魔人とも言える輩が。 そうか、昼の犬狼という輩は…狼憑きか。 このパン屋の娘は…生後三年で…おお、姿は15、6じゃな。 町はずれに…なんでも屋の…霧沢神人? む…。 どうやら、そう簡単にはいかんらしいが…残らず不幸にしてくれる。 おお、見えるぞ。日本の断層が。 おお、見えるぞ。アステロイドベルトの小惑星が。 おお、見えるぞ。宇宙をただようミニ・ブラックホールが。 おお、見えるぞ。反物質宇宙が。 理科室の扉を開けるぞ。まっておれ、世界よ。ん? 「…あなたを解放したのは好奇心でしたが、それなりに考えていました」 ジャングル。湿気の高い空気と、重苦しい動物の声が入ってくる。 「わが”さまよえる理科室”が、別世界に移動する時を狙って解放したのです。 次にあの”魔宮町”に戻るのは…ここの時間で300年後です」 ふん、道連れが欲しかったのか。 「くだらぬ」 わたしは不幸の支配者であるぞ。 「なんと!?」 くく、扉の向こうが廊下になった。むろん、「魔宮高校」のな。 「理科室、不幸な事に、戻ってしまったらしいぞ?」 「いかん!」 くく、ここを出れば、理科室はまた、さまよう。不幸にもな。 「秋子や」 ん? 聞き慣れた声。 振り返ると…おばあちゃんか。 幽霊らしく、半透明だ。心配そうな顔をしているな。 「おばあちゃん、大丈夫だよ。わたしは強くなった。これ以上ないくらいに」 そう、今まではわたしが不幸だった。 不幸だったから、みんなに村八分にされた。 不幸だったから、おばあちゃんに心配かけた。 これからは違う。 これからは、みんな一緒に不幸になってもらうんだ。 ん? 「バカ野郎が!」 おばあちゃんの後ろに…強い…赤い光。 赤いルビーのペンダントが輝いている。 見える。おばあちゃんと同じような、半透明の幽霊が、幽霊達がルビーの光に 集まってゆく。そして、徐々に…少年の形になっていく。 …無法文太か。 「不幸だと? 支配者だと?」 赤い光が少年に…無法文太になった時、おばあちゃんがニコリと笑った。 そして、無法文太の体に吸い込まれていった。 「あなたは、あなたはわたしの孫ですよ。新田秋子なのよ」 無法文太の声が変わった…おばあちゃんだ…。 「言ったでしょ? お前には、いっつもおばあちゃんがついてるから安心おしって」 おばあちゃんの声と同時に、無法くんの姿が消えた。 …! 後ろか。速い。扉が閉められた。 「おお、無法くん。復活したのですか!」 「うるせー、理科室! 後で折檻してやる!」 …おばあちゃんじゃない。無法くん…無法文太だ。 振り向いたわたしの…制服の腕をつかむ。 ふん。 「どわっ?」 甘い。実態化しているのなら…足払いだ。 不幸だけど、わたしは柔道をやっているのよ。 倒れた無法文太の…学生服の襟をつかみ、床に押し付ける。 これが霊物質? 本物の学生服だ。 ふん、小学2年生の姿で高校生ってわけか。 なるほど、どおりで”かわいい顔”をしているわけだ。眉毛は太いけど。 「ふん、無法くん。頼まれたって? わたしを守るように?」 小学生の顔に口付けした。ファーストキスだが、もうどうでもいい。 「守る必要なんてないでしょ? ふふ、あなたは不幸な人だから…なんなら、 わたしが守ってあげるわよ」 ふふ、もう、全てがわたしの物。 「どう? おチビさん」 「チビって言うな」 そんな怒った顔してもダメ。ふふ、キスってなかなかいいものだわ。もう一度。 ん、なに? 「秋子や、柔道を教えたのは誰だい?」 無法くんの顔がおばあちゃん? うぐ、この締技…服の襟で締める技はおばあちゃんの…。 気が遠くなる…。 「不幸なんて、彼がいれば乗り越えられるわ…秋子」 おばあちゃん…。 「おい、大丈夫か?」 ん…あ…。 「ここ、どこ…?」 「新田さん、大丈夫?」 「新田、大丈夫か?」 ん…気持ち悪い…クラクラする。 「おい、いいかげん起きろ」 ん、ん? 教室? 無法…無法くんがわたしをのぞき込んでいる。 ん? いや、寝ているわたしを心配そうに…クラスメイトのみんな! 「あれ…わたし?」 無法くんが手を貸してくれて、体を起こした。 「心配したぜ! 新田」 「よかったね、新田さん」 みんな。どうして…どうなってるの? 「おい、みんなに感謝しろよ。みんなの霊気を分けてもらったから、あのタイミング で復活できたんだぜ」 無法くん…そうか…。 「夢じゃないんだ…」 「そうですね。かなり貴重な体験をさせてもらいましたよ」 ん? この声は! 「り、理科室! あんた、なんでここに!?」 みんなの後ろに白衣が! あれ、髪の毛が短い…。 「安心しな、俺がバツとして断髪してやった」 「黒板に挟まって、どうしようもありませんでした。それと、ほくろ」 ん、首筋のほくろ? 「お詫びに”お肌ツルツル・キット”で消させてもらいました。もう、不幸でもなく なるかと…個人的に残念ではありますが」 「理科室! てめえ、丸坊主にするぞ」 「これは恐い」 「はははは」 みんなが笑った。 ふふ、なんだ、理科室って、変な人。 ……………… 「無法くん…」 無法くんが振り向いた。 「ごめんなさい」 純粋な小学生みたいな…輝く笑顔。 「いいってことよ! それよりだな…みんなが言いたいことがあるって」 「え…?」 クラスのみんなが振り向いた。 「あらためて、新田秋子さん…このクラスへようこそ!」 拍手。拍手だわ。 目頭があつい…わたし、わたし… 「みんな…迷惑かけちゃってごめんね! そして、これから、よろしくね!」 変な学校で、これからも変な事が起きそうだけど…みんなは最高だわ! 「…あいさつはすんだな。さて、新田」 ん、理科室の横に四角い顔。 「問題の答え、どうした?」 ペヤング先生だ…。よかった、理科室が言ってた通り、生きてたんだ。 「すいません、わかりません」 「そうか、では、明日までにこの問題を答いて提出。いいな?」 え、明日まで? そ、そんな… 「先生、俺もわからないんだ。どうします?」 無法くん? 「当然、お前も明日まで、だ。新田と協力でもして提出しろ」 「げげっ!」 無法くんの顔が、一瞬、おばあちゃんの笑顔になった。 ありがとう、おばあちゃん。 わたし、がんばる!! 了 2000年3月15日 ジャンル別一覧
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