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ねぎとろ丼

ねぎとろ丼

幻想郷は霊夢の妄想でした、という妄想

 私は博麗霊夢。幻想郷という、今の日本から切り離された日本においてその結界を見守るという役目を担っている。
 ということになっているらしい。
 境内に夜光が差し込む。勘が告げていた。誰かが悪さとしていると。異変解決の仕事も担当しているから、この職業は大変である。
 髪に結んだリボンを締め直す。懐に魔よけの札を入れて地を蹴る。空を飛んで、当てもなく目的地に向かう。
 思うが侭に飛んでいけば、その悪さをする奴に会えるだろうから。
 それにしても今日は眠たい。昼間、紫が尋ねてきたのでそのせいだろうか。
 お喋りをしすぎたか、紫の式と遊びすぎて疲れてしまったから。
 森の木々の上空を飛んでいると、後ろから人の気配。振り向けば、白黒の魔法使い。
「よう、一人で行くなんて水臭いぜ」
「別にそういうつもりはないわ」 
「なんだか眠たそうだな。声に元気かないぜ」 
「昼間、紫の式と遊びすぎたのよ」
「無理はするなよ。手柄は全部頂いてやるから」
「……大丈夫よ。いい所は持っていかないでね」
 いつからか、一緒にいることが多くなった彼女は霧雨魔理沙。私の友達みたいなもの。
 今夜も彼女と悪巧みする妖怪を退治しにいく。邪魔する奴は皆私のスペルカードで倒してやる。
 どんな弾幕を放って来ようとも私には通じないのだから。通じるはずが、ないのだから。

 体を揺すられる。魔理沙の仕業じゃない。この場にはいない、誰かの手が私の肩を叩いている。
 目を見開いた。目の前にいるのは見知った女性。私の母、と主張したことのある女の人。
 そして私はベッドの上で布団をかぶっていた。どうやら眠っていた、という夢を今見ているようだ。
「ヨシエ、起きた?」
「……ヨシエ?」
「そう、あなたの名前。学校に行く時間よ」
「がっこう? 何を言っているの、私の名前はヨシエじゃないわ。博麗、霊夢よ」
「じゃあ、霊夢ちゃん。あなたはこれから着替えて学校に行く時間なのよ。起きて欲しいの」
 何を言っているんだろう、この人は。
 魔理沙とこれから異変解決に向かうところだというのに、こんな幻覚に誘い込んで惑わせて。
 人のことを間違えて呼ぶし、こっちにとっては非常に迷惑である。
「黙って。私は悪い妖怪を退治しないといけないの。邪魔しないで頂戴」
「……そう、ごめんね」
 女の人は離れていき、部屋から出て行った。
 部屋を見回す。机と、椅子と、このベッドがあるだけだった。窓からは眩しい光が差し込む。今は朝なのだろうか。
 他には何も物がない部屋。
 酷く、殺風景。机の上にはおむすびと、お茶が入ったガラスのコップ。
 私はベッドから降りて、そのおむすびを食べた。
 いつからだったか。気がついたときから、私はどこか見覚えのある部屋で目を覚ます夢を見る。
 その夢はいつもベッドの上から始まる。そして私はいつも女の人に起こされるのだ。
 その人は私のことをヨシエと呼ぶ。何度教えても、私の名前を間違えて呼ぶ。
 それから、用意されているであろう食事を取る。
 不思議なことに、幻想郷内でいつも美味しいものを食べてもお腹が膨れないのである。
 が、この夢の中で食べたものはきちんとお腹に残る。よくわからない。
 私は食事を取り終えるということを夢の中でして、布団に潜った。夢を終えるために、ベッドの上で寝転んで最初の状態に戻るのだ。
 魔理沙が待っている。目を瞑った。
 次に目を開ける。景色は暗闇。隣から声がかかる。
「どうした、霊夢? 飛行中に寝るなんて器用だな」 
「……別に、なんでもないの」
 それは、魔理沙の声だった。ムカムカとした、胸の中の気持ち悪いものが消えた。
 本当に迷惑な夢だった。やはり疲れてるせいなのだろう。
 すぐに片付けてしまおう。今夜はどんな弾幕の調べが夜を支配しようとするのだろう。
 目の前に妖かしの存在を察知。札を手にする。魔理沙が八卦炉を構える。
「いくぜ、霊夢。どっちがあいつを倒すか競争だ」
「いいわ、負けないわよ魔理沙」

 夜が明ける。悪巧みをした妖怪はこてんぱんにやっつけた。これに懲りて悪さをしなければいいけど。
 疲れて神社に戻ると、鬼の萃香が遊びにきた。暇だからといって、騒ぎに来るのは正直いい迷惑である。
 それから吸血鬼の知り合い、冥界の騒がしい住人、永遠亭の月人達、山の上の神々が自然と集まって勝手に宴会を始める。
 片付ける側の私にとっては少し迷惑だけど、その最中はとても楽しい。
 花を操る妖怪と踊ってみたり、魔理沙と酒を飲み比べたり、半人半霊の剣舞と亡霊の舞を皆で観たり、メイドの手品に皆で驚いたり。
 お酒を飲んでも、おつまみを食べても味はしないし、お腹は膨れないけど。

 宴会が終わると、一人ぼっち。片付けをして、布団の中へ。現実で睡眠をとるために。
 そしてまた夢の中へ。ベッドの上で起き上がって始まるいつもの夢を見る。
 ベッドから起き上がり、冷めた食事を取るという夢。用を足す夢。
 ピーポーピーポー、なんて幻想郷にはない音がたまに聞こえてきたりして。
 部屋へ戻り、夢から幻想郷へ戻ろうとすると隣から人の笑い声が聞こえてきて現実に戻る邪魔をされたりして。
 その声は魔理沙に教えてもらったテレビというものから出ているらしくて。
 そんなことはどうでもよくなって、また幻想郷の朝が始まるのだ。

 幻想郷で活動している最中、時間に問わず夢の中に入ってしまうときもある。
 部屋の外が騒がしかったり、夢の中で妙に生々しい魔理沙が出てきたり、紫が出てきたり。
 今日は魔理沙が登場する夢だった。ただ、夢の中に登場する魔理沙は大きな鞄を背負っているし、髪の毛も茶色。
 目の前で魔法を見せてもくれないし、ちょっと変。でも、喋っていて楽しいのは幻想郷にいる魔理沙と変わらない。
「よお、霊夢! また来たぜ」
「良く来たわね。何もないけど、上がってよ」
「今日は真昼間から夜雀を見たせいか、嫌な気分だぜ」
「それは災難ね」
「ほら、おみやげだぜ」
 チョコレート、飴と呼ばれるお菓子を一包み渡される。なんでも魔法で作ったお菓子で、甘くて美味しいらしい。
 前ももらったし、食べてみると美味しかった。
「ありがとう、魔理沙。また何か返すわ」
「ありがたく何か返してもらうぜ」
 夢の中でする魔理沙との会話は幻想郷で話すよりも楽しいし、刺激的である。
 こんな嫌なことがあった。こんな変わったものをみつけた。こんなかわいいものを見つけた。
 そういった目新しい話は必ず夢の中の魔理沙がしてくれる。
 幻想郷にいる魔理沙は少し違っていて、同じようなことしか喋ってくれないのである。ただ、幻想郷にいる魔理沙はとっても素直。
「いけない、そろそろ帰るぜ」
「あら、そう? 残念だわ」
「また来るぜ」
「ええ、またね」
 帰り際、魔理沙から書類を渡された。また目を通して欲しいとのことだとか。
 魔理沙に手を振り、その文書を読んだ。
 文化祭がどうとか、誰かさんが部活動で優勝したとか、二年八組が富士山へハイキングに行ったとか。
 私には関係のなさそうな話。幻想郷には繋がりのない話。私は近くの赤いくずかごへ突き刺すと、布団にくるまった。
 早く夢から覚めないと。そろそろ、萃香が遊びにくる時間だ。

 それから何日か経ってから。今度は夢の中で紫が私のところを訪れた。
 夢の中に現れる紫は隙間から現れない。きちんと扉を開けて律儀に入ってくる。
 髪の毛は金色だけど、柔らかそうな帽子はかぶっていないし、日傘も持っていない。ちょっと変わった紫。
 服装もヘンテコなものではなく、スーツというぴしっとしたものを着ている。
「こんにちは、霊夢。今いいかしら?」
「ええ、何もないけどね」
「調子はどうかしら? 幻想郷は相変わらず?」
「何言ってるの、幻想郷に詳しいのはそっちのほうじゃない」
「え、ええ……そうね。相変わらずね……」
「ええ。相変わらず、妖怪がうろうろして困るわ」
「……」
「どうしたの? 妖怪の代表みたいなのが」
「ううん、なんでもないわ」
「変な紫」
 夢の中の紫はどこかいそいそしいのか、挙動不審なときが多い。いつも何か覚え書をしているし。
「体調はどう? この、夢の中では変なものとか見たりしない?」
「何言ってるのよ、紫の存在自体が変だわ」
「そう……ありがとう」
 神妙な顔でまた筆を走らせる紫。一体私とおもしろくない会話を文章にしたところで、何か特があるのだろうか。
 本当に、夢の中の紫は変である。

 また幻想郷へ戻って、魔理沙と弾幕ごっこ。
 とっても派手なんだけど、私には絶対当たらない弾幕。だからいつも私が勝つ。
 他の皆とも同じ。私が念じれば弾幕には当たらない。絶対。ここは幻想郷だから。
 私の幻想郷だから。私だけの幻想郷なんだから。誰にも邪魔されない。邪魔は許さない。そんな世界だから。


 唐突に幻想郷からまた夢の世界へ引きずりこまれた。
 目を開けると、全身を白衣で整えた紫の姿。
「ごめんね、霊夢。ちょっとちくっとするけど我慢してね」
 腕に注射された。紫がそんなものを持っているなんて怪しい。
 そんなことを考えるが、意識は沈んでいく。
 幻想郷でも、夢の中でも眠った状態。そして夢の中で目が覚めると、そこは壁も床も天井も真っ白な小さい部屋。
 簡素なベッドの上で自分が横になっていた。目の前には茶髪のあまり凛々しくない魔理沙と、白衣を着た紫。
「目が覚めた? 霊夢ちゃん。いいえ、幻想郷なんかじゃなく……○○市内在中のヨシエちゃん」
「ちょっと……紫まで私をヨシエ呼ばわりするの?」
「もう止めてよ、ヨシエちゃん。現実見ようよ! 私を魔理沙じゃなくて、前みたいにキョウコって呼んでよ!」
「ま、魔理沙までどうしたのよ! 普通の女の子みたいに喋って……」
 皆がおかしい。夢の中の魔理沙と紫の様子が変だ。部屋の入り口から男と女のペアが一組入ってきた。夫婦なのだろうか。
 その女性は、いつも私を夢の世界へ誘い、自分を母と名乗っていた人。じゃあ男の人の方は?
「聞いて、ヨシエちゃん。私は紫じゃない。私の名前はシロカワトモ。医者なの。あなたはあなたが通っている○○中学校で酷い苛めを受 けたために、自閉症になったのよ」
「紫……何言ってるの?」
「聞きなさい、幻想郷なんて無いの。それはあなたが現実逃避したくて作った妄想の産物なのよ。妖怪や魔法なんて、現実にはないでし ょう?」
「う、うるさい。あなたなんか、紫じゃない……」
「そうよ、私は紫なんて妖怪じゃないの。そう、現実を見なさいヨシエちゃん」
 嫌だ。嫌だ嫌だ。魔理沙のいない世界なんて嫌。紫のいない現実なんて嫌。吸血鬼や亡霊のいないところなんて楽しくない。
 私は一刻も早くこの世界から去るべきなんだ。すぐにでもここから外へ出なければ。
 私は空が飛べるんだから、いくらでも逃げることができるはずだ。
「ヨシエちゃん、一緒に学校行こうよ、一緒に遊ぼうよ。……普通の女の子みたいに、さあ! 夜雀なんて……妖精なんているわけないじ ゃないんだから!」
「放っておいて! 私はヨシエじゃないの! 博麗霊夢なのよ!」
 魔理沙だったキョウコを突き飛ばして、私を取り押さえようとする紫だったシロカワさんの手を掻い潜る。
 そして両親かもしれない二人の股を潜り抜けてその場を後にした。
「ヨシエ、どこに行くんだ!」
 男が叫ぶ。言われた通り止まれば私はずっとここで閉じ込められるんだ。そんな風に考えて、絶対捕まらないぞと決意し直す。
 ひたすら上の階を目指した。後ろを振り向けば何人もの大人が追いかけてくる。息が苦しく、脚は重たい。それでも走った。
 でもおかしいな。さっきから念じているのに飛ぶことが出来ない。
 屋上に出られる扉は偶然開いていた。外に誰かが出ているらしい。迷い無く、外に飛び込んだ。 
 ヨシエちゃんヨシエちゃんと呼ぶ声は叫び声となり、顔を真っ赤にして私を捕まえようとする。
 まるで自殺者を止めるような気迫すら感じる。私は自殺なんかするつもりないのに。
 外に出たはいいけど、まだ空を飛ぶことはできない。ここから飛び降りるようにすれば、何かの拍子で飛べるかもしれない。
 しかしそれをするには私の身長よりもずっと高いフェンスを越えなければいけなかった。
「やめなさい、ヨシエちゃん。外に出てどうするつもりなの?」
「私は博麗の巫女よ。空を飛ぶことができるの。空を飛んで幻想郷に行くのよ。こんなところから逃げ出してやるんだから」
 もう体は動きそうに無い。それでも幻想郷を目指してフェンスによじ登る。

父とおぼしき人に足をつかまれたけど、赤い靴を脱ぎ捨てて掻い潜った。
 柵を乗り越える。目の前に広がるのは、コンクリートでできた建物が立ち並んだ景色。
 山や木々の景色で一杯の幻想郷とはかけ離れたものだった。こんな景色は、私が望んだ景色ではない。
「霊夢!」
 紫ではなかった人が、私の名前を呼んだ。振り返り、フェンス越しに彼女の眼をみつめる。
「その先は冥府よ。終わりしかない。お願い……こっちに戻ってきて」
「嘘。あなたは偽者でしょう。本物の紫なら、隙間を越えて私を捕まえられるはずなんだから」
「……そんなのできるわけないでしょう! そんなもの、幻想なんだから!」
 やっぱり。この人は紫の振りをして私を閉じ込めるつもりだったんだ。
 知ったかぶった言葉で、私を苦しみしかない夢の世界へ引きとめようとしているんだ。
 待っててね、魔理沙。今行くから。待ってね、皆。今そっちに飛ぶから。さようなら。もう二度と夢を見ないためにも。
 私は幻想郷を目指して飛んだ。ジャージなんて格好悪い服で風を受け、大空へ。
 ああ、萃香が手を振って呼んでいる。紫の式達が手招きしている。魔理沙が私を呼ぶ声がする。そんな気がする。
 私の意識は、ここで無くなった。

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