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ねぎとろ丼

ねぎとろ丼

岡崎夢美、博麗神社へ足を運ぶ

 肌寒くなり始めた秋の中ごろ。木の葉の色が赤や茶に染まっていく、時期のこと。
 私岡崎夢美は、幻想郷のとある神社を目指して歩いていた。
 もういつの話だったか。学会で発表した論文が酷評を受けた私は、彼らを見返すため研究のため幻想郷へ旅立った。
 この別世界に住む者達がどれだけ不思議であるかを目の当たりにした私と船員のちゆりは、それからというもの宙に浮く船で漂っていた。
 それは今も。学会で発表するための論文が出来上がるまで。
 魔力や魔法、実在し人の前に姿を現す神々等の幻想を証明する手立てを発見するまで。
 私はここで研究を続けるのだ。

 今私は机に向かって筆を握ったりせず、鼻歌を歌いながら暢気に散歩をしている。
 かつて私は幻想郷の巫女と闘った。彼女は強かった。美しかった。素敵だった。
 そんな彼女にまた会ってみたい。会ってどうしようというわけではないが、もう一度彼女の姿を見てみたい。
 思い立った私は衝動に駆られて、博麗神社を目指している。
 彼女は今どうしているのだろうか。今日も幻想郷の空を飛んでいるのだろうか。
 彼女とは長い間会っていない。なんだか、古い友人に会いに行く気分だ。わくわくしてくる。
 しかし彼女はきっと私のことをあまり覚えていないだろう。
 白黒の魔法使いは、今でも彼女と仲がいいのだろうか。
 わからない。彼女達とは会っていないのだから。

 神社が見えてきた。
 石灰岩のような色の階段を昇っていく。空を飛ばずに、足で歩いて。
 鳥居を潜ると、本殿が見えてくる。
 狭い境内。静かな庭。止まっているかのような空気。
 その中に佇む、一人の人間をみつけた。お勤めをしているわけではなく、茶を啜っている。
 彼女へ近づいていく。向こうが気がついたのか、こっちを見て客をもてなす笑顔に。
「いらっしゃい。何にもないけど、ゆっくりしていきなさいよ」
 彼女の態度は知人に対する者ではなく、見ず知らずの参拝客に対する態度みたいであった。
 少しは自分のことを覚えていてくれてたらと、期待していたがそんなことは無かった様である。
 覚えていてくれていたら、少し嬉かったけだ。
「こんにちは。いい神社ね」
「こんにちは。ありがとう」
 近くで見ると、初めて会ったときから少し変わっているように見えた。
「私のこと覚えてる?」
「……どうかしら。あなたの様に変わった人間とはたくさん会ってるから、覚えてないかもしれない」
 笑顔が消えた表情でそう言うのだから、彼女はたぶん本当に覚えていないんだろう。
「そう。なら別にいいわ」
 予想はしていたが、いざ現実に言われてみると、少し悲しい。
 私自身彼女に対して、特別な感情を抱いているというわけではないが。
「隣、いいかしら?」
「ええ。お茶でも飲んでいく? 私はあなたとどこかで会ったみたいだから」
「頂くわ」
 心遣いに感謝。遠慮せずにご馳走になろう。これを機会に何か話してみるんだ。
 出された湯のみを受け取って、一口。どこか懐かしい味がした。
「私は岡崎夢美。あなたはレイムで良かったわよね」
「ええ、結構よ」
「そう」
 お互い、沈黙。こちらから何を話すべきかわからないから。
 向こうはそもそも話すことがないのか、こちらに応じているだけの様子。
 レイムが彼女自身で掃除した庭を眺めているので、自分もそれに習った。
 湯のみから湯気が立たなくなる程の時間を、無言で彼女と過ごす。
 彼女は何事もないまま時間が過ぎていくことに何とも思わないのか。
 はたまた考え事でもしているのか。暇そうには見えかった。
 それとも彼女はこの沈黙を楽しんでいるのか。
 私としては何も話さないことに落ち着きが無くて、うずうずしている感じである。
「お茶のお替りでもいる?」
「ううん、そこまで気を遣わなくていいわ。ありがとう」
「そう」
 向こうから話し掛けて来たので、これを機会に会話を続ける。
 今思いつく限りの、できる話を。
「ねえ、レイム。最近のあなたはどうしてるの? 忙しい?」
「そうね、毎日忙しいわよ。あっちこっちで騒ぎが起きるんだもの」
「……私も、そのうちの一人だった?」
「そうだったかしらね」
「本当に覚えてないのね」
「ごめんなさいね。一々覚えていると、キリが無くて」
「……いいのよ」
 ごちそう様と、空の湯飲みを渡して彼女の隣で立つ。
 もう私に彼女へと話しかけることは無かった。
 何を食べているのか、どんな音楽が好きなのか、どんな風景が好きなのか。
 お互いを知り合うようなことなんて、聞けない。レイムとはそこまでの仲じゃないから。
 そろそろ帰ろう。こうして出会えただけでも、満足しているから。彼女の声を聞くことができたから。
「もう帰るの?」
「ええ。帰って、やらなければいけないことがあるの」
「妖怪に戦争でもふっかけるの?」
「そんな大きなこと、できないわ。机に向かって、紙を文字で埋める仕事があるの」
「それは肩が懲りそうね。おまけに引き篭もって、不健康だわ」
「ええ。大変よ」
 少しでも彼女が私を覚えていたら、と残念な気持ち。
 レイムは数少ない見知った幻想郷の住民の一人だから。
 たとえ自分の故郷が別世界であったとしても、この世界に一人ぐらいは友人が欲しいと思うから。
 こんな不思議に溢れた世界に住む住民と、ましてその中心的な人物と仲良くなれたらおもしろそうだと思っていたから。
「じゃあ、失礼するわ」
 彼女に背を向けて、鳥居を潜った。そのとき、レイムから声をかけられる。
「夢美」
 呼ばれて、振り向く。名前で呼んでもらったことに嬉しくなって、思わず目が熱くなった。
「あなたのこと、全然覚えてないけど……またお茶でも飲みにきなさいよ」
「……ええ。是非そうさせてもらうわ。また、いつか」
 マントを翻して、その場を後にした。
 社交辞令みたいではあったが、私は彼女に誘われたのだ。
 自然と、唇の両端が持ち上げられた。手で押さえても、誤魔化しきれないほどに。
 ああ、そういえば彼女と仲の良さそうな白黒の魔法使いがいたような気がする。
 キリサメマリサ、と言っただろうか。彼女は私のことを覚えているのだろうか。
 可能なら、一度幻想郷の宴というものに誘われてみたいものである。

 遠くに見える私の船。ちゆりと一緒に、ここまで飛んできた科学的な乗り物。私の家。
 そこへ帰るなり、私はレイムと出会えたことを日記として記録にまとめた。
 見出しはこうだ。「私は久しぶりに、幻想郷の知人と出会うことができた」。
 船員に呼ばれる。夕食の用意をしてくれた模様。
 今から嬉しいことをまとめるところなのに。空気を読んで欲しいものだ。
 ペンを置いて食卓へ。きっとちゆりが今の私を見ればこう言うに違いない。
「どうしたんだ、御主人。嬉しいことでもあったのか?」

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