蒼と紅 - 前編-プロローグ- 『無感動』妖精メイドから聞いた。今は蝉が煩く活動する夏であると。夜はスズムシとコオロギが合唱していると。 だが今の私ではそれらに触れることはできない。外へ出ることを許されていないから。 私は吸血鬼フランドール・スカーレット。紅魔館の館主にして吸血鬼の姉、レミリア・スカーレットに幽閉されている。 部屋を出て館内の窓から景色を眺めることが出来ても、草木や生き物に触れるということはできない。 小間使いに扮した妖精だらけの城に閉じ込められっきりであるから。暇で暇で仕方がなくても、どうすることもできずに何百年と引き篭もり。 私には誰かと遊ぶことが許されていない。たまに門番の美鈴やあいつ専属の小間使いである咲夜が遊び相手になってくれるものの、普段は一人ぼっち。 外へ出るわけでもないのに一人で服を選んでお洒落する。「お似合いですよ」なんて妖精メイドが気のない返事をされて。 誰かと会うわけではないのにきちんと歯磨きするようにと咲夜に言われたりする。「良く出来ましたね」なんて子供扱いされて。 礼儀良くした方がいいですよと美鈴に注意されたりする。「ケーキはきちんとフォークで食べないといけませんよ」なんて口を挟んで。 でも一人、いや二人の客が遊びにきたことがあった。 その二人はどちらも人間で。一人は巫女で一人は魔法使いで。どちらとも人間とは思えない程の強さで。 吸血鬼と能力から恐れられていた私でさえ歯が立たなくて。でも彼女らと遊ぶことが出来た私はとても楽しくて、ますます外に対する憧れが強くなっていく。 そして相変わらず外に出られないまま毎日が過ぎて行った。 『転変』 ある夜。あいつが私の部屋を訪れた。自分の妹をパンドラの箱の様に扱うあいつが。 「久しぶりね、フランドール。いいえ、フラン。ご機嫌いかが?」 「……別に。いつも通りですわ、お姉様。最悪よ」 私の言葉を聞いたあいつは含みのある笑顔を返した。何か私にとってつまらないことを考えているのだろうか。あいつにだけ愉快なこと。 「聞いて、フラン。あなたにとって嬉しいことよ」 すぐに用件を話さない。 勿体ぶって、焦らす。あいつのやり口である。全てを自分の思うがままに動かしている王者気取り。何もかも見通している振りの賢者気取り。 今こうして喋っていることもあいつにとっては余興でしかないのだろう。上から目線で言いたいことを言って私の気持ちを弄んでいるに違いない。 ただ、この日のあいつは違った。 「今夜、あなたに外出許可をあげる」 「……本当に?」 「ええ。愛するお姉様の言葉が信じられない?」 「だって……」 「ずっと閉じ込められているのも、嫌でしょう?」 「ええ……。外に出られるなんて、感激よ。でも……」 私はあいつの言葉が信じられなかった。今まで良い様にされたことなんて殆ど無かったものだから。 遊んでいいよ何て言っておいて外では雨がどしゃぶりでした、何てこともあったものだから。 また何かしらの罠か、悪戯なんかではないかと警戒しながらあいつの顔を窺う。 いつも絶やさない不敵な笑み。その表情からは何もわからなかった。 扉の外で待ち構えていた咲夜に促され、館の出口へ向かう。 蝋燭の炎で仄かに照らされた赤いカーペット敷きの廊下を歩いていく。 いつもはそこらを漂っている妖精メイドは皆休眠中で、夜中の館内は床の軋む音が響く程に静か。 普段は門番によって守られている門も今は鍵と結界で守られているだけ。 咲夜が鍵を開け、あいつが結界を一時的に破る。その間に私は外へ。雨は降っていなかった。 「聞きなさい、フランドール。もうすぐ暁よ。あと一、二時間すれば日が昇ってしまう。それまでには戻りなさい」 「私一人? 一人で好きな所行ってきてもいいの?」 「ええ、そうよ。博麗の巫女を起こさない程度になら、暴れても構わないのよ。でも、人間だけは襲っちゃ駄目」 「はーい」 お姉様の注意はよくわかった。巫女の怒りに触れる様、暴れ回れば遊び相手が飛んでくるということである。 「それではフランドール様、気をつけて行ってらっしゃいませ」 「うん」 ※ ※ ※ 夜空に映える不完全な月。本読み魔女のパチュリーに教えてもらった、フクロウという鳥と思わしき動物の鳴き声が聞こえる。 肌寒い秋の風に思わず肌を摩った。動き回って運動すれば体が温まるだろうと思って上着を取りに行ったりせず、宵闇へ飛び込んだ。 近くに見えるのは大きな水溜りと紅魔館とは別の洋館。 遠くに見えるのは木の生い茂った森と建ち並ぶ家、大きい山。私は遠くに建ち並ぶ家々に興味が沸いた。 お姉様に触れてはいけないと念を押された人間が住んでいるだろうから。 してはいけないと言われたとはいえ、鎖から解き放たれた飼い犬の様に暴れたくなるものだ。私なんて何百年もあいつの館に閉じ込められていたのだ。 ストレスを発散させるために人間を襲っても許されるはずである。それであの巫女が出て来たとしても、遊ぶ相手が増えるだけだから構わないと思った。 でもお姉様の言うとおり日が昇るまでには必ず帰らなければいけない。自分が灰になってしまうのだかから。 遊べる時間は少ない。壊せるだけ壊して、すぐに帰ってしまうことにしよう。 そう思って私は人里の方へ向かった。こんな見たことも無さそうな吸血鬼がやってくるのだ。きっと皆驚いて大騒ぎし、お祭り状態になるに違いない。 人里へ向かって翼に力を入れたとき、誰かが人里への侵入を邪魔しようとしていることがわかった。 そいつは小物入れの様な物がついた変わった帽子をかぶり、ワンピースの様に短い袖と長い裾の青いロングスカートでお洒落をした大人びた女性だった。 目は輝いており、信念を持って行動しているような感じ。首筋や腕のラインが柔らかく、抱きしめてもらえたら凄く気持ちよさそうだと思った。 「止まれ妖怪。ここから先へは通さんぞ」 月光を反射しているような長い髪が羨ましい程に綺麗だった。平手を突き出して牽制している。 「それにただの妖怪じゃないな? あの赤い館に住む吸血鬼か?」 「ええ、そう。今までずっと閉じ込められていたの。今日初めて外に出られたのよ」 「……そうか」 女性は私の言葉を聞いて言葉を失ったようだ。家庭の事情に同情でもしているのだろうか。 「しかし、お前には悪いが……今すぐ引き返すか、ここで倒れてくれるかしてもらおうか」 女性が険しい表情になる。髪が逆立ち、女性の周りに小さな光球が幾つも生成された。 女性が人間なのか妖怪なのかよくわからないが、遊び相手になってくれるということはわかった。 「あなたはどのぐらい、私に付き合ってくれそうかしら」 依然、女性の表情は厳しいものだ。私の力を悟ってか、全力で立ち向かおうと声を張り上げる。 「何が何でも……ここは守り通す!」 その声を合図に光球が私目掛けて飛んでくる。当たったら痛そうだけど致命傷にはならないだろうな、と考えながらそれらをかわす。 その弾幕は徐々に密度が上がっていく。されど避けるのが困難という程の攻撃ではなかった。 正直私には役不足だと感じるほどの遊び相手だった。門番の美鈴の相手でも丁度いいのではないかと思うほど。 それでも女性は死に物狂いの表情で攻撃を繰り返した。 人間のところには絶対行かせないぞと、叫んでいる。今すぐ自分の巣に帰れと、命令してくる。 どうしてそこまで他人のことで必死になれるのだろうと思い始めた。 目の前にいる女性は人間を守る仕事をしているのかもしれない。私のような妖怪から。 でもこの女性がここで私に殺された場合、どうするのだろう。 そもそも、この女性がここまで人間に拘ることがわからない。ただ彼らが好きだから? この女性を殺した場合、私に何を言い残すのだろうか。 女性は肩で息をするほどに、疲れていた。攻め疲れたのだろう。 「どうした吸血鬼、何故何もしてこない! 私をみくびっているのか!」 本人に直接聞いてみよう。私の弾幕ごっこに張り合えない程度の力しかないのに、なぜ立ち向かってくるのか。 全身に力をこめて飛翔。光球に擦れながらもそれらを潜り抜けて女性の目の前へ。 目を見開き、驚きを隠せない様子の女性。私は女性が後ろに下がるよりも早く女性の首根っこを掴んだ。 咄嗟に腕をつかまれるが女性があまりにも非力なので振りほどかれる程でもない。 「くっ、手を離せ! お前に……お前なんかに好き放題させるわけには……!」 必死にもがく女性が哀れに見えてきた。弱いものいじめをしているみたいで全然おもしろくない。 「ねえ、聞いてもいい?」 私の呼びかけに興味を持ってくれたのか、女性が暴れるのを止めた。じっと私の目を見つめてくる。 「どうしてそこまで他人の事に体を張れるの?」 「……どうして、だと? お前は本気で訊いているのか?」 「うん」 即答すると女性は口を歪ませた。奥歯をかみ締め、どこか悔しそうにしている。 「わからないなら教えてやろう。人間は毎日を必死に生きているんだ。お前のように、のうのうと暮らしてはいないんだ。そんな彼らにお前らと戦える力を持つ者は少ない。だから、誰かがその平和を守ってやらねばいけないんだ……」 「自分が死んでしまうことになっても? 死にそうになっても、逃げ出したりしないの?」 「ああ! この身を犠牲にしても、だ! 慕い、支えあえる彼らを愛しているからな。何より、彼らがいなくなったら私が困るのだから……」 「ふーん。よくわかんない」 「お前なんかに、わかってたまるか!」 油断していたのか、手を振りほどかれて頬をはたかれた。頬がヒリヒリと痛む。 思わず叩かれた所を擦った。はたかれた痛みよりも、はたかられたという事実に驚いて何もできない。女性の反撃に反応できない。 今目の前にいる女性は怒っているようだった。子供が泣きべそを掻きながら拳を振り回す、悪あがきに近いものに思えた。 でも、痛かった。どうしてここまで本気になって怒るのか、全く理解できない。 「確かにお前らは生きるために人間を捕食することもあるだろう。だがな、お前らが一日を寝て過ごしている間、彼らは汗水を垂らして田畑を耕しているんだ! それを覚えておけ!」 「……」 不思議と女性に殴られた事に対して怒りが沸いて来なかった。 そんなことがどうでもよくなる程に、女性の言葉について考えていた。ただ女性の言葉が理解できない。不思議に思う。それだけだった。 「私、フラン。フランドール・スカーレット。あなたは?」 「……か、上白沢慧音だ。今更名前を聞いてどういうつもりだ?」 「もうそろそろ陽が昇ってしまう。だから今日はこれで帰るの。また今度外に出られたら、その時に会いましょうよ。それで今の言葉の意味を教えてね」 「お前は何を言っているんだ……?」 「どう? いい?」 「……勝手にしろ」 「わーい。友達ね。慧音は友達。私が外に出て出来た、数少ない友達」 「もうなんでもいいよ。帰ってくれるんならな……」 慧音を放っておいてその場を後にする。 紅魔館へ向かっている最中、散々暴れようと思っていたのに全然していないことに気付いた。 でもそんなことがどうでもよくなるほどの収穫があった。慧音という、新しい興味の対象が出来たということ。 それだけでも暫く暇を潰せそうだと思った。 『刺激』 慧音と会った次の日。いつも通り私は部屋で一人ぼっち。定期的に出される飲み物と食べ物を体に入れていくだけ。 本来吸血鬼は昼に休み、夜に活動するものである。 でも私の場合暇だから昼でも夜でも関係無く寝てしまう。暇なので。だから昼間だろうが起きているときもある。 私はパチュリーに昨日のことを話そうと思った。でもいつも本を読んでばかりで相手してくれそうにない気がしてやめた。 咲夜に慧音という友達ができたことを打ち明けようと思ったが、あいつにそのことを漏らしたりするかもしれない。 念を押して秘密にね、なんて頼んでも「お嬢様に訊かれては、隠し通しきれません」と言うに違いない。あいつの耳に入るのだけは嫌だから。 知られれば鼻で笑われると思っているから。 だから私は門番に話すことにした。美鈴なら安心できる。あいつに叱られることがあっても、美鈴はいつも私を庇ってくれたりしたから。 私のことを可愛がってくれるし。気に入らない所を挙げるとすれば、どこか頼りない感じがするところ。 美鈴が仕事を終えて自室に戻る頃を見計らい、彼女の自室を訪ずれた。 彼女はベッドに腰掛けて自分で淹れたであろうお茶を飲んでいた。いつも被っている帽子を外し、くつろいでいるところにお邪魔した。 「あ、どうも妹様」 「お帰り、美鈴」 私は美鈴の肌が恋しくなって飛びついた。それを受け止めてくれる美鈴。 「んもう、妹様は甘えんぼさんですね」 「ふふーん。だって美鈴、いい匂いするんだもの」 「あらあら」 美鈴のお茶を勝手に飲んでみる。砂糖たっぷりでお茶請けのケーキがいらない程に甘かった。でも美味しい。 「ところで妹様。もうすぐ夕食ですけど、どうかしたんですか?」 「うん。昨日の夜、いや今日? どっちでもいいんだけど、夜の間起こったことを話したいな、と思って」 「ふうん、変わったことがあったみたいですね。是非聞かせてくださいよ」 美鈴に持ち上げられて隣へ座った。目を合わせ、笑いあう。 「うんとね、お姉様から言われたの。一晩だけ、外に出てもいいって」 「良かったじゃないですか! お嬢様から妹様へ外に出てもいいと声をかけるなんて、何かあったんですかね」 「さあ? よくわかんない。外に出られたから、どうでもいいの」 本心は違う。あいつが何か企んでいるから、私に外出許可を出したのだ。そう思っている。 「それで、どうしたんですか?」 美鈴が興味を示したことに喜んで心が弾んだ。話していて楽しくなる。 「うん! お姉様には行ってはいけないって言われた、人里の方へ向かったの」 「何か見つけたんですね?」 「そう、凄く綺麗な女の人を見つけたの」 「あらまあ。そんな遅い時間に人間ですか?」 「うん。でも普通の人間じゃないみたいだった。私みたいに空を飛べるし、弾幕を放ってきたりしたの」 「人間以外?」 「わからない。弱かったけど」 「そ、それでどうしたんです?」 「その人は慧音って言ってね、里の人間を守ってるんだって。だから私を止めようとしてきたの」 「勿論、妹様が勝ったんですね?」 「まあ、そうなんだけどね。で、慧音は妖怪の私に攻撃してきた。全然怖くなかったんだけど、慧音があんまり必死なものだから訊いてみたの」 「何を?」 「どうして自分を犠牲にしてまで、人間を守ろうとするのか、って」 「……それで、慧音という人は何と答えたんです?」 「人間が大好きだからって。あと、ずっと仲良く暮らしたいとかも言ってた。でも私が教えて欲しい答えじゃなかったから、よくわからなかった。だからわかりませんって返したの。そしたら慧音は『わかってたまるかー!』って怒って、私を殴ったの」 「妹様を殴ったなんて……。その慧音っていう女性、殺しちゃったんですか?」 「ううん。殴られたことにびっくりしたのと、慧音の言葉について考えてたから……何も出来なかった」 「……」 「そこで日の出が近づいてきたから、自己紹介して帰って来た。ずうっと慧音の言葉の意味を考えてるんだけど、全然わからないの。美鈴はわかる?」 美鈴は顎に手を当て、考え事にふけった。少しして冷めたお茶を飲み干してカップをお皿に置き、私を見て口を開いた。 「そうですね。その慧音という人は、自己犠牲の気持ちをわかって欲しかったんじゃないでしょうか」 「じこ、ぎせい?」 「そうです。他人が傷つくのは見たくないけど、自分なら別にいいやと思うようなことを言います」 「……わからない。他の人がどうなっても構わないもん」 「ま、まあ……慧音という人は私より賢そうですし、直接教えてもらっては如何でしょう?」 「美鈴にはわかるんだ?」 「ええ、まあ。私は自分の体を張って、ここを守る仕事をしていますから」 「自分が殺されそうになっても?」 「あーいや、いざとなったら逃げるかも……」 「……美鈴も、結局私と同じね」 「あはは……そうですね。大体、人間の言うことなんてよくわかりません。食べてしまえば、物を言わなくなりますし」 美鈴が言い終わると同時に扉がノックされた。妖精メイドがこの部屋にやってきて食事の時間だと呼びに来たのだ。 美鈴が一緒に行こうと誘ってくるが、あいつと同席するのが嫌なので私は部屋に戻ることにした。妖精メイドに食事を運んでくれるよう頼み、地下室へ戻った。 ※ ※ ※ 自己犠牲? 自分を犠牲にして何かを守る? どうしてそんなことをするのか私にはわからない。 確かに私の遊びと付き合ってくれる者が襲われていれば困るかもしれない。その間私に構ってくれないから。 でも私が見てきた遊び相手は皆そう簡単に死ぬような者達じゃない。私の能力で潰せば死んでしまうのだろうけど、皆私の様な吸血鬼と渡り合える程強い。 だからわからない。人間がどんなものなのか。どれ程弱いのか。どれ程脆いのか。 そして、どうしてそんな者達を愛してしまうのか全くわからない。 私を見れば化け物だの妖怪だのと罵り、何もしていなくても邪険に扱ってくるというのに。一部を除いて。 咲夜が運んできた夕食を流し込み、また慧音の言葉について考える。どうして人間にそこまで体を張れるのかわからなくなって詰まる。 そうしている内に私は寝転がることにした。わからない。これ以上考えてもわからない。わからないから、つまらない。つまらないから、寝てしまう。 ※ ※ ※ その日も晩もあいつに声をかけられた。 気がついたときには近くにいて、私を見下ろしていた。 「フラン、フラン。起きなさい、今夜も自由に飛びまわって結構よ」 「……本当に? お姉様、本当にいいの?」 「疑い深いのねえ。少しは信頼して欲しいわ。それとも私が頼りないから、信頼してくれないの?」 「……別に。そういうのじゃないわよ」 「そう? それは嬉しいわ」 昨日会ったときと変わらない。ニタニタと不気味な笑顔を見せては偉そうにする。お姉様気取り。 でもどうして今日も外に出してくれるのだろう。昨日出してくれたとき、何かおかしなことは無かった。あいつの悪戯なんて無かった。 パチュリーが罠を仕掛けていた、なんてことも無かった。本当の自由を味あわせてくれた。 あいつ、いやお姉様は私の事を想って外出許可を出してくれているのだろうか。 本心から優しくしてもらっているのなら素直に嬉しい。今まで虐げられてきたことを少しぐらい忘れてもいい程に。 「さ、急ぎなさい。夜明けまで、あと数時間しかないから」 優しすぎることが逆に怪しく感じる。私が部屋を出ている間、何か細工でもしているのではないかと思った。 でもあいつにとって一番困ることは私が好き勝手暴れることだと思う。なのにあいつ自身が私に自由を与えている。 わからない。どうしてお姉様がここまで態度を変えたのかわからない。 咲夜に起こされ促されて門の外へ。美鈴が見張っていない、紅魔館の外へ。 「フラン。あなたはきっと私が昨日今日と自由を与えたことに、驚いているんでしょう?」 「ええ、そりゃあそうよ。今まで出してもらえなかったのに、急にこんな縦続きで……」 「気が変わったの」 「お姉様……」 「でも、昼間に外出を許すつもりはないから」 「……」 「そんな怖い顔しないの。あなたに羽を伸ばしてきて欲しいと思っているのは、事実なんだから」 「……あ、ありがとう。お姉様」 「どういたしまして、フラン。昨日も言ったけど、人間には絶対手を出しては駄目よ。それと、一番鶏が鳴く前に帰りなさい」 「うん、わかってる。あ、その……」 「どうかした? お菓子でも持っていく?」 「そうじゃなくて……お姉様は一緒に来ないの?」 「……ごめんなさい。私はやることがあるの。また今度にね」 「……行って来ます」 「フランドール様、気をつけて」 紅魔館を後にして昨日の方角へ向かった。 お姉様が優しくなったというのなら一緒に話したいと思った。折角だからお喋りしたいと願った。 でも私と付き合ってくれなかった。少し寂しく思いながら、寒い夜空を飛ぶ。 ※ ※ ※ 人里目指して飛翔。慧音が出てきてくれると期待して。その願いは叶い、現れた。人間を守る使命に燃える慧音がやって来たのだ。 「ここから先へは……。おっと、お前は……フランドールか」 「こんばんわ、慧音。フランでいいよ」 私の挨拶に驚く慧音。慧音は前のようにすぐ攻撃しようとはして来なかった。慧音に誘われるままそこらの野原に下り、地べたへ座った。 「妖怪の割に礼儀がいいじゃないか。さすがは、あの吸血鬼の妹か」 あの吸血鬼。それはつまりお姉様のこと。もし隣に居ていたら慧音はどういう反応をしたのだろうか。 「あいつはいないよ。誘ったのに、来ないんだもん」 「こらこら、自分の姉をそんな風に言うもんじゃないぞ」 私があいつをどう呼ぼうが私の勝手なのに。でも赤の他人に行儀悪いと注意されたことが初めてで、味わったことのない気分になった。 胸が締め付けられる。顔をうずめたいような、慧音からの視線を合わせたくないような気分。謝りたいような申し訳ない気持ち。 「……ごめんなさい」 だから私は謝った。美鈴はともかくパチュリーや咲夜、あいつへ頭を下げたいなんて思ったこと無かったのに。 「わかればいいんだ。聞き分けのいい子だな」 慧音の顔に笑顔が浮かんだ。 優しそうな、柔らかい笑顔。困ったときには甘やかせてくれた、母のように温かい笑顔。 「もう子供じゃないよ。だから子供扱いはやめて欲しいな」 「そうか……。それは、悪かったな」 すまなさそうな顔を見せる慧音。私は慧音に飛びついて、別にいいよそんなことと、許した。 「お、おいおい……どうしたんだ? こんなことして、油断してる間にザックリなんて企んでいるんじゃないだろうな」 「そんなことしないよ。だって慧音は友達なんだもん。幾らなんでも私そんなことしないもん」 私をみつめる慧音の瞳。その視線はとても純粋で、濁ったものを感じなかった。 言っていることが本当なのか嘘なのか。目を見るだけでわかってくれそうな感じ。そんな聡明な人だと思った。 「そ、そうか。いや、驚いたんでな。妖怪が抱きついてくるなんて、初めての出来事で……」 「ふふーん。慧音、いい匂いがする」 「そ、そうか? まあ、そう褒められて悪い気はしないが……どうも調子が狂うな」 慧音の腰に手を回してしがみつく。慧音の服の匂いをかいだり、慧音の手を握ってみたり。 「ベタベタとくっつくのが、フランなりの愛情表現か?」 「……慧音はこういうの、嫌?」 「い、嫌じゃないぞ! ただ、驚いているだけだからな! フランはちっとも悪くないさ!」 あたふたと言い訳をし、取り繕う慧音の姿は滑稽だった。でも同じように優しい美鈴とは違う魅力を感じる。 美鈴は私を叱ったりするときもあるけど、叩いたりしない。本気で怒鳴って怒ることはしない。それは中途半端な優しさからだ。 慧音はどうだろう。昨日のことはお互い知らない者同士だし、私が妖怪であることもあった。 でも慧音が怒っていたのは単に私が暴れて欲しくないだけじゃないと今思う。彼女は私の心配さえもしてくれているのだ。 無闇に暴れていたら、私は今頃閉じ込められているかもしれないから。そこまで慧音は考えていたのではないかと思った。 考え事をするという暇つぶしを私に与えたから、私は今日何かを壊したりすることなく落ち着いていられたのだ。 深く考えすぎかもしれないが、結果として今日も慧音に出会えたのだ。慧音は赤の他人である。だからこそ私の全てを見てくれている。そんな気がした。 彼女が私を抱きしめる。とても暖かくて、心が安らいだ。 私の羽を珍しそうに見てそっと触れた。それから、撫でるように可愛がってもらう。 自然と笑みがこぼれた。 「全く……こうしているとフランは吸血鬼なんかじゃなく、私の妹みたいだな」 「慧音がお姉様かあ。いいなあ、それ」 「君には立派なお姉さんがいるじゃないか」 「あんなの……じゃなくて、お姉様は嫌い。最近はちょっと印象変わったけど……」 「嫌いでも、そういうことは言うもんじゃない。ところで……今晩はどうしたんだ?」 「あ、うん。昨日のこと、教えてもらおうと思って」 「……どうして人間を守れるのか、か?」 「うん。うちの門番に聞いてみたりして一緒に考えてみたけど、全然わからないの」 慧音がそっと手を伸ばし、私の頭を撫でた。お姉様にも殆どされたことのないスキンシップに驚く。だけど嬉しい。 「お前のところにも人間がいるだろう? 人間に聞いた方がいいと思うぞ。妖怪の門番では駄目だ」 「うーん、でもうちの人間と話すると、厄介なのが出てきそうだから嫌だなあ」 「厄介なの?」 「お姉様」 「……」 溜息をつく慧音。お姉様を悪くいうことが、そこまでいけないことなのだろうか。 「まあ、わかった。フランとあの吸血鬼の間に何かあっても、私は家のことに何も言えないしな……」 ぶつぶつと慧音が何か言っているが、あまり気にしない。私はただ、慧音の話が聞きたいだけなのだから。 そのときだった。遠くの茂みが揺れ、何者かが現れた。目をやるとそこにいるのは弓矢を持った人間。 「か、上白沢さん! そいつは悪魔だ! 吸血鬼に違いない、早く離れろ!」 男の人なのだろうか。里の人間なのかもしれない。私を見て怯えているから。 私に向けて矢が放たれたのがわかる。私の眉間に当たる寸前、慧音がそれを掴んだ。 「何をするんだ、上白沢さん! どうしてそんな奴を……!」 「彼女は何をした?」 「え……?」 「私は彼女と話をしていただけだぞ。何故邪魔をする」 「え……いや……」 慧音の取った行動と言動に反応して男が構えを解いた。でも私に対する警戒心は緩めない様子。 慧音の表情はとても冷たく、男を歓迎していない様子。 「取り込み中だ。妖怪退治なら他を当たってくれ」 「あ、ああ……そうするよ」 男が夜の闇に消えて行く。私を狙った妖怪退治屋なのだろうか。正直、空気を読んで出てきて欲しくないと思った。 「大丈夫か、怪我はないかフラン?」 「うん、大丈夫。いざとなったら、きゅっとしてドカーンするから」 「人間にはそれをしちゃいかんぞ」 「そんなことしたら、慧音は怒る?」 「ああ」 遠くから鳥の鳴き声が聞こえる。それは鶏の鳴き声。一番鳥の鳴き声。朝を知らせる合図。 慧音から肝心なことを聞きたかったのに、もう帰る時間。 「ねえ慧音、急いで帰らないといけないから帰るね! また今度、じっくり話聞かせて!」 「ああ、気をつけるんだぞ」 慧音の返事を聞いて、一目散に紅魔館へ飛ぶ。太陽の光から逃げるため。 ※ ※ ※ 館の近くまでたどり着いた。適当な窓へ突っ込み、とにかく光から隠れる。 良かった、無事帰ってこられたのだ。安心して溜息をついた直後、後ろに誰かがいることに気がつく。あいつだ。酷く機嫌が悪そうだった。 「お帰り、フラン。でも……もっと早く帰るようにって、言ったわよね?」 「え……あ。で、でも仕方が……」 お姉様が私の目の前に立つ。叱られると思って言葉を続けられない。息をするのも失礼だと思って、鼻も動かせない。視線を合わせることすら怖くて出来ない。 「日の出までに帰るのは、吸血鬼としての鉄則でしょう? それを考えずにギリギリまで外に出るなんて、何を考えているの?」 「……ごめんなさい」 お仕置きされると覚悟した。磔にでもされるのではないかと怖くなった。 「今度からは気をつけなさい」 でもお姉様は何もせず、そう言い残してここから居なくなった。 お姉様が私を許してくれた? そう考えると嬉しくなった。 それと同時に、ますますお姉様を怪しく思った。絶対に何か企んでいるはずだ。 いつか私を何かしらの方法で酷い目に合わし、自分は高みの見物でほくそ笑む。そんな光景が想像できた。 『邪推』 帰るのが遅くなった私を叱った、あいつとのやり取り。それが終わった後、私は部屋に戻ってすぐ横になった。 横になって、暗くて四角い天井を眺めながら物思いにふけっていた。 これからどうしようか。明日何をして遊ぼうか。あいつはいつまで私を外に出してくれるのだろうか。 体を動かして暴れまわるよりもそれらのことが気になって仕方がない。 妖精メイドがお茶と食事を運んできてくれるが、生返事。何を飲み、食べてもゆっくり味わえない。 明日は誰を壊して遊んでみようか。今までそんなことを考えて布団に入っていた。 でも今はどうだろう。外に出してもらえたことがきっかけで、それ以外のことも考え始めた。 外に出してもらえる意味を。安易に人里へ行ってはいけないこと。 その人里を妖怪から守ろうとしている者達がいるということ。 その一人に慧音という女性がいるということ。 そしてその慧音を、私はとても好いているということ。 会いたい。慧音に会いたい。もっと外の人と話がしたい。魔法使いの魔理沙が遊んできてくれるのもいい。 とにかく外のことが知りたい。外の人から聞ける、外の話が聞きたくて堪らない。 でもそのためには誰かが遊びに来てくれるか、こちらから出かけないと無理である。 明日の晩、また外に出してもらえるのだろうか。そう期待して、じっとしているしかなかった。 ※ ※ ※ 慧音は私のことをどんな風に思って接してくれているのだろうか。面倒のかかる奴だと呟きながらも、私に付き合ってくれている。 それに引き換え、何百年も一緒にいるお姉様は全然そんなことをさせてくれない。 甘えさせてくれと頼めばさせてくれるかもしれない。でも、お姉様が醸し出す雰囲気がそれを許さない。 例えば私がお姉様にお願いして、抱きつかせてもらうとしよう。お姉様は文句を言わず、頷くと思う。 でも、それからお姉様は私に合わせてくれるのだろうか。 フランは可愛い子ね、なんて呟きながら頭を撫でてくれるのだろうか? フランは自慢の妹よと、褒めてくれるのだろうか? きっとしてくれない。何も言わず、私を見てくれもせず、用事を済ませたいのにと苛立ち始めるに違いない。そんな気がする。 例えばお姉様と食事を一緒に取るとする。お姉様は拒否したりせず、同席してくれるのだろう。 でも私と楽しく食べてくれるのだろうか? 私がお姉様に話しかけたら静かに食事しなさいと叱られるのではないだろうか? そのまま黙々とご飯を胃に流し込み、食事が終わればお姉様はご馳走様と言って部屋に戻っていく。 私は一人残され、美鈴が変わりに相手をしてくれる。そんな光景が目に浮かぶ。 慧音の場合ならどうだろう。美味しいかフラン、なんてにこやかに話しかけてくれたりするのだろうか。 今の季節はこの野菜が旬だぞ、なんて言って勧めてくれたり。 スープを飲むときは熱いから気をつけるんだぞ、なんて注意してくれたり。 食べ物をこぼしたりすれば、服が汚れるじゃないかと私を叱りながら綺麗に拭いてくれたり。 私の我侭に怒りながらも、結局付き合ってくれるようになり、私を可愛がってくれる。そんな気がする。 やっぱりあいつは嫌い。好きになれない。今外に出してもらっているのはあいつの気まぐれ。どうせすぐに飽きてまた私を閉じ込めるに違いない。 慧音がお姉様だったらどうなるのだろう。一緒に遊んでくれるのだろうか。 一緒にお喋りしてくれるだろうか。 お風呂も一緒に入ってくれるのだろうか。 おめかしすれば、褒めてくれるだろうか。 歌を歌えば、一緒に歌ってくれるのだろうか。本を読めば一緒に読んでくれるのだろうか。 本の感想を言い合ったり、本の登場人物になりきった劇に付き合ってくれたりするのだろうか。 きっとしてくれる。慧音はそんな人物だと思うから。慧音がお姉様だったらいいのに。 あんな奴いなくなればいいのに。レミリア・スカーレットなんて名前の吸血鬼、いなくなってしまえ。そんなことを思いついた。 ※ ※ ※ 今は何時なのだろう。部屋の掃除をしていた妖精メイドに聞くと夕方過ぎだと言った。 もうすぐご飯の時間である。そのうち咲夜が食事を運びに来た。咲夜に今夜も外に出してくれるのだろうかと訊くと、無視される。 お皿を並べて、何も言わずに出て行った。あいつの近くにいるのだから、咲夜はあいつが考えている事を少しは知っている。そう思って尋ねたのに。 腹が立ったのでご飯には手をつけないことにした。お皿を割って遊ぼうと考えたが、さすがにやりすぎかと思って止めた。 以前は平気でしていたが、もし慧音が見たらどう思うのだろう。そう思ってお皿を投げたりすることをやめたのだ。 ※ ※ ※ その日の夜。私の部屋を訪れる者はいなかった。もう出してもらえないのだろうか。 次の日も何も無かった。以前の通り、館内をうろうろしているだけ。 そのまた次の日の夜。三角座りで考え事を続けていたら扉が開けられた。 「こんばんわ、フラン。おとなしくしているなんて、いい子ね」 「……お外に、出してもらえるの?」 「ええ、出してあげるわ。二、三日突然出してもらえなくなったから、フランのことを忘れているとでも思った?」 「別に……」 暫く閉じ込めて私がどんな反応するのかと楽しんでいたに違いない。でも私はそんなこと気にしなかった。 黙って、堪えて、静かにしていれば出してくれると考えていたから。慧音に会う前の私なら出して欲しいと暴れてわめいたかもしれないが。 「さあいらっしゃい。自慢のフラン」 あいつに引っ張られるように外へ。あいつの褒め言葉がわざとらしく聞こえて癪に障った。 今晩は送りの咲夜が居らず。門を開けて、外へ。今夜は月が出ていなかった。曇りのようである。 「わかってるわよね、フラン。人間は──」 「襲ってはいけない、日出までには帰るように……でしょう? お姉様」 「わかってるじゃない。それじゃあ、気をつけて行きなさい」 飛び立つ前に、あいつの目を見つめる。一緒に来るのだろうかと無言で問う。来てくれるのなら、と誘う。 「ほら、急がないと日が出てくるわよ」 せめて一緒に来てくれるなら考え直すのに。やっぱり私はあいつにいらない子と思われているのだ。 こうして出て行っていいと言っているのは別の理由があるからだと私は考え始めていた。 それは私があんまり面倒くさい子だからという理由で私が家にいない時間を作り、お姉様がのんびりしたいからではないのだろうか。 今そう思った。何か罠を仕掛けていたりするのではと疑っていたが、全く違うもの。 単に私がいない時が少しでも欲しかったのではないだろうか。それだとしたら、何故毎日外に出してもらえないのか説明がつかない。 わからない。結局の所、あいつが何を企んでいるのかは全くわからない。 ※ ※ ※ 人里の方へ向かう。いつもの様に慧音が飛んでこないので少し待つことにする。 そのうち慌ててやって来た。息を荒げて、苦しそうだった。 「フ、フランか。何者かと思って、急いできたら……はぁ、はぁ、ふう」 「久しぶりね、慧音お姉様」 「お……お姉様?」 「ふふ、そう呼んでみただけ」 いつもの様に、草原へ降りてお喋り。今夜は少し暖かかった。 「毎日来るのかと思っていただけに、少し顔を見れなくて寂しかったぞ。家から出してもらえなかったのか?」 「うん。お姉様、意地悪なんだもん」 「そう悪く言うんじゃないぞ。きっと事情があったんだろう」 「ううん、きっと違う。何かあったとしても、あいつは用事がある振りをするだけだと思うの」 「フラン?」 「……ごめんなさい」 「よしよし、いい子だ。自分の過ちに気付き、反省できる子はいい子だ」 慧音に求められるまま、身を預けた。強く抱きしめてもらい、頭を撫でてもらった。 暖かくて気持ちいい。それは遠い昔に感じた、母の温もりの様。慧音がお姉様だったらいいのに。今心からそう思っている。 「ねえ慧音。私のお姉様を、私が殺しちゃったりしたら慧音はどうする?」 「な、何を馬鹿げたことを!」 「例えばの話よ?」 「あ、ああ……例えばか。そうだな、それが家庭の事情であるなら何も言えない。が、出来ることなら止めたい」 「やっぱり、いけないこと?」 「当然だ。自分の姉を殺して何になるか。周りに悲しむ者はいないか。将来の自分にどう影響がでるのか。本当にそれで自分や周りの者が幸せになれるのか。そういったことを考えてなら、私は何も言えないが」 「……なんだか、ややこしいんだね」 「あの吸血鬼程力の持った妖怪なら、尚更だ。幻想郷全体の問題と見てもいい程にな」 気付かなかった。人を殺すことにどれだけの意味があるのか知らなかった。 慧音が人間のことだけでなく、幻想郷に住む者たちのことまで考えていたなんて。 「フラン、早まったことはするな。悩んでいることがあれば聞いてやるから、変な考えはよすんだ」 「……べ、別に自分のお姉様を殺そうだなんて、本気で考えてないよ」 「そうか? まあ、本当にそうならもう何も言わないが」 どうしよう。慧音に見透かされている。あいつを殺そうと考えていることを。 「フラン、どうしたんだ? 浮かない顔をして」 「な、何でもないの……」 これ以上ここにいれば慧音に全てを見透かされてしまう。そう思った。早いけど、今日はもう帰ることにしよう。 慧音と話をしていたら色々と説教を受けてあいつを殺せなくなるかもしれない。 私がすること成すことの殆どが、いけないことだと学んでしまうから。わかってしまったら慧音に悪いと思って出来なくなるから。 だから、私は帰ることにした。 「ごめん、慧音。ちょっと早いけど、今日はもう行くね」 「む、そうか。またな、風邪引くんじゃないぞ」 慧音にさよならを告げて紅魔館へ戻った。この前のようにあいつが出てくることは無かった。 私は急いで自分の部屋に飛んだ。そして引き篭もる。慧音の話なんて聞くものではなかった。 布団に潜り込んで目を瞑った。寝てしまえ。そうすれば、少しは楽になる。しかしこういう日に限ってすぐには眠れなかった。 蒼と紅 - 後編に続く |