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テーマ:猫のいる生活(138971)
カテゴリ:ちよたん☆
11月27日火曜日
私はチョビの最後の儀式をどこで執り行うか決めなければいけませんでした 26日の夜に一生懸命調べました。 途中、夜中にかけっぱなしにしていたテレビから エアロスミスのI DON'T WANT TO MISS A THINGが流れて そのサビが「君がたとえ夢に出てきて、それがどんなにいい夢であっても、君だけが足りない」みたいな意味で それで泣いて、泣いて、せきこんで、 うるさいのが嫌いだったチョビに思わずいつものクセで「ご、ごめん」って言ってから 「あぁ、もう咳してもくしゃみしてもチョビは怒らへんねや」って思ってまた泣いて また咳こんで…の無限ループに陥りながら ペット葬を取り扱ってる所を探すのですが どこもまぁまぁよく見えるしどこもイマイチにも思えて仕方がありませんでした。 チョビの最後なのですから、それ相応でないといけません。 私とおかんの大事なチョビの最後を任すのですから。 さんざん悩んで、「動物も人間も同じ命です」と記載していたお寺に決めました。 うちから車で15分位の比較的近い所です。 27日の午後に、 チョビの大好きなごはんとまたたびとベルリオーズ(おしゃれキャットにでてくる灰色のネコ)のぬいぐるみと花束をもってそのお寺にいきました。 大きな本堂のあるちゃんとしたお寺でした。 受付した後、本堂に通されました。 お坊さんはチョビの顔を見て 「あぁ、いいお顔をしてらっしゃる。幸せに生きてこられたのがわかりますね。」と言ってくれました。 そして丁寧に読経してくれて、読経の中にときおり「○○家の愛猫チョビ」や「平成19年11月26日」などが聞こえてきて、 なぜか泣けてきて、チョビはほんまに死んでしまったんやなぁと感じました。 読経がとまって、終わったのかなと思ったら 「お焼香の用意も出来ていますので、どうぞ」と言われ、お坊さんの読経を聞きながらチョビへお焼香をさせてもらいました。 その後、火葬場に移動すると、 「こちらで棺も用意できますが灰がでてお骨が拾いにくくなりますのであまりおすすめしていません。 お花やフードは大丈夫ですが、毛布などのアクリルやプラスチック製品もお骨に引っ付いてしまうのでいれないか、いれるのであればご遺体から離した方がいいとおもいます。」と言われました。 鉄板の上に紙をひいてくれていたので直接そこへチョビを寝かせ、 花を抱かせ、顔の横にシーバとかつお節とまたたびを置き、ベルリオーズはチョビから少し離れていてもらいました。 そして私は「いってらっしゃい。早く帰っておいでね。」と言いました。 「2時間ほどかかりますのでその間にお気持ちの整理をしていてください」 と言われ、一旦家へ戻りました。 おかんと「思ったよりちゃんとしてたね」 とか「人間のお葬式とかわらへんかったね、よかったね」とか言いました。 チョビのいない家はさみしかったです。 予定より30分程早くお寺から電話があり、お寺へ向かいました。 「小さくなられましたが、心の準備は大丈夫ですか?」と言われ、なぜかドキっとしました。 チョビのもとへいくと 白く、小さく、そんな姿になってもキレイなチョビがいました。 お坊さん曰く、爪や歯が残る子と残らない子がいてるそうで まずはお坊さんがチョビの爪や歯を探してくれました。 「この子はたくさん残してくれていますね」と言いながら 爪らしきものを5、6コと 下の歯らしきものを2つ、よけてくれて 「爪や歯はロケットのような物にいれてお守りになさる方もおられます」といいました。 成仏的にどうなん?と思いましたが、 チョビは私ごときにしばられない、いい子なので、お守りにしようと思いました。 爪と歯をよけて、お骨を集め、最後にのど仏とその上に頭蓋骨をかぶせてふたを閉め、 お坊さんがそれっぽいちゃんとした袋にいれてくくってくれました。 それを奉って初七日まで済ませてくれました。 そのときの事をおかんが後で 「お母さんあの時チョビのくさい口の匂いしてん。爆弾かまされたわ」と言っていました。 チョビはうちへ帰ってきました。 チョビのお気に入りの暖かい出窓で。 大好きなお湯をたっぷりと 獣医さんの送ってくれたお花と一緒にいます。 チョビの最後は完璧でした。 満足のいく2日間でした。 友達はチョビの最後を「侍のように潔くて気高い」と言ってくれました。 私もそう思います。 しかし、私はまだ現実を受け入れられず チョビがいないのに世界が終わらない事が不思議でしょうがありません。 なんでチョビが死んだのに私が生きているのかわかりません。 悲しむとチョビが上いかれへんやろ!とおかんにいわれますが しばらくはチョビのいない寂しさに浸っているのもいいかなって思います。 私ごときにチョビはしばれませんが もし少しでも縛られてしまうと言うのであれば 少しの間は楽な体のまんま、そのへんで遊んでいて欲しい。 生まれ変わってうちへ帰ってきてくれるって信じてるけど、 もうそのときはチョビではないからね チョビっていう名前の、私とおかんの大事なネコはもう2度とあえない、あのコだけやから。 18年は長すぎました。 あまりに痛い。 涙ってこんなにでるんやって初めて知りました。 チョビが楽になったのは喜んでいい事です。 私は、さみしい私の為に泣いてるだけです。 だってチョビが確かに生きていた証があちこちにあって チョビの肉球やふわふわの毛並みやぬくもりが恋しくて もうあわれへんなんて言わないで欲しい。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007.11.30 23:50:43
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