342585 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

エレファントピア

国民性について

独断と偏見でのみ構成された国民性論などを一席。
語るほど知っている国は多くないので、相変わらずミャンマーから始めてみる。

ミャンマー人、ビルマ人はよく穏やかでにこやかと評される。
旅行記やガイドブックなどでもよくミャンマーのことを「ほほえみの国」とか「人がいい」などと書いたりしている。
人がいい。というのも、裏を返せば他にほめるところがないのかもしれないが、それでも多くの旅行者に「いい人たちだったな。。」と思われるのは悪いことではない。

しかしながらミャンマー人がにこやかでおだやかなだけの人々だったら、よもやブッシュに名指しで牽制されるような“問題国家”になろうはずもない。国民はいいけど、政府がだめ。ということなのだろうか?う~ん。
これには外からミャンマーを覗いているだけでは分からない、いろんな要素が絡まっているのだと思う。。


そんなわけで、(どんなわけで?)ミャンマー人、ビルマ人のにこやかでおだやか以外の国民性をつらつらと思い起こしてみた。

まず、もしミャンマーで仕事をする場合に忘れてならないのが、彼らはとても誇り高い。プライドが高い。ということ。
国民性としてプライドの低い人々を探すのも至難の業だろうが、彼らは普段がにこにこしているので、時々頭をもたげるプライドの高さがより目立つのかもしれない。
プライドの高さは東南アジア全体に言えるのだろうか?カンボジア人も相当にプライドが高い。別の言葉で言うと、大変面子を重んじる人たちである。

ミャンマー人もそうだが、カンボジア人も、他の人たちの前で特定の人物を叱るようなことをしてはまずいらしい。以前、アンコールワットのあるシェリムアップでカンボジア人がインターナショナル・スクールを襲撃して、西洋人の男の子が亡くなるという悲しい事件が起きたが、あれも韓国人のレストランオーナーに厳しく叱責されたローカル・スタッフが復讐を試みた結果だと聞いた。
もちろんこの特殊な事件だけでカンボジア人の人となりを云々することはできないのだが、それだけ面子が大事な人たちなんだというのは覚えておく必要がある。(わたしに。。)


さて、プライドの高いミャンマー人。それで何が起こるのかというと、自分の非をなかなか認めない。仕事上で何かまずいことが起こっても誰も自分の非を認めないので、結局責任の所在は不明のままことを収めるしかない。

しかし今こう書いていて、自分の非をとりあえず認めるのって誰だろう?と思ったら日本人しか思い浮かばなかった。。カンボジア人はまだ知らないけれど、シンガポール人は認めないし、スリランカ人もまず認めたがらない。
日本人の偉大さは反省できる点にある。しすぎてもどうかと思うが。


話がまたそれた。
もう一つ彼らの国民的特長として覚えておきたいのが、彼らは実はキレやすい。ということだ。
1988年の暴動で、故ネウィン将軍が「弾丸を一発も無駄にするな」と言ったというのは有名な話だが、民衆だって警官や軍人の生首を軒先につるすくらいのことはやってのけた。
「いや~、あの時ボクはバイクを持っていたから伝令係になれて、人を殺さないですんだよ」と、友人はにこやかに当時を語ってくれた。

ミャンマーの水祭りは国民全体がおおはしゃぎして、タイのそれとは比べ物にならないくらいアグレッシブな祭りだが、この時ばかりは政府も警察も規制をしたりしない。それは年に一回国民のガス抜きをしているのだと言われているが、それも有り得そうな話である。


あと、これは私が肌で感じた特徴ではないのだが、もしかしたら彼らは「わが道を行く」タイプでもあるのかもしれない。
国民性というか政府の方向性だろうか。ヤンゴンから移転した新首都ピンマナは新しく「ネイビドオ(王の都)」と命名され、現在建設ラッシュらしい。
アセアンからも国際社会からも孤立して、破滅の道を進んでるの?と思われがちなミャンマーだが、昨年3月に最後にヤンゴンを訪れた際には、むしろ経済は穏やかながらも上向いているように感じられた。友人からや雑誌のレポートなどを読んでも、国民生活は穏やか、旅行者が夜の一人歩きをしても安全なくらい治安は維持されているという。

アメリカに名指しされ、アセアンの顔をつぶし、かと言って中国様の言うことも聞かないミャンマー。。ああ、どこへ行ってしまうの、ミャンマー?できれば私の老後まで穏やかな国であって欲しい。。

しかしここまで我が道を行くことができるのも、実はミャンマーが豊かな国だからに他ならない。食料自給率はほぼ100%。地方にはまだ栄養不足の子供も多いが、飢えているという程ではない。そして豊かな自然資源、木材、石油、天然ガス。ああ、日本にないものばかりを持っている。。うらやましい~

ミャンマーに足りない資源があるとすれば、それは人的資源。になるだろう。今、国を支えている50代、60代の人々は、ビルマの「分不相応」とまで評された教育を受けてきた人たちである。これからは若者の育成や、外部からの知的資源も受け入れていかなければならない時代になるのではないだろうか?

(2006年3月10日)


Copyright (c) 1997-2019 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.