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エレファントピア

戦争の霧(ドキュメンタリー、アメリカ)

「戦争の霧(Fog of War)」
アル・モリス監督
2003年
★★★

元米国国防長官(ケネディ‐ジョンソン期)、ロバート・マクナマラ回想録。ドキュメンタリー。


(以下、覚書+あらすじ)


第一次大戦終戦2年前に生まれる。
VJ Dayの演説でウィルソン大統領は、「我々は戦争をなくす戦争に勝ったのだ」と言っていた。

第二次大戦時には、空軍の対日本司令官ルネア(だっけ?)の元で、統計管理官として働く。彼の攻撃力統計レポートが司令官を動かし、戦闘機の高度を7000フィートから1500フィートに落し、東京へ焼夷弾が投下された。この東京大空襲では一晩で10万人の市民が殺された。

統計学専門の彼は「戦争にも釣り合い(Proportionality)が必要だ」と言う。日本の67都市の50~90%の市民を殺しておいて、さらに2都市に原爆の投下をしたのは、どう考えても「釣り合わない。」という考えだ。
しかし彼の上司ルネアが言うには、「我々は負けたら戦争犯罪人だ。」「勝つためにはどんなことでもすべきだ。」
そしてマクナマンはこうコメントする。「国際法にもどこにも『一晩で10万人の市民を殺してはいけない』とは書いていない。それが問題だ。」(???!)

戦後、彼は請われてフォードに入社する。ひどい経営状態だったフォードで、大型化していた高級車かの小型化と安価化、シートベルトの発明と採用などを行い、始めてフォード一家以外からCEOに推挙される。

ところがそれは5週間ともたなかった。就任したケネディ大統領から、国防長官に指名されたのだ。
以降、マクナマラはケネディと供にキューバ危機、ベトナム戦争に突入し、ケネディ亡き後は、ジョンソンに仕え、冷戦を戦い、ベトナム戦争はより泥沼化していった。

ベトナム戦争について、マクナマラは「信じていること、目に見えることが真実とは限らない」という。アメリカにとってベトナム戦争は冷戦の一環だった。アメリカが引けば、ベトナムは中国、ソ連に飲み込まれるとの強迫観念があった。

1995年、ハノイを訪ねたマクナマラは当時の北軍将軍と会って話す機会があった。将軍は拳を振り上げて語った。「なんてバカなことを!歴史を紐解けばすぐに分かることだ。我々は1000年もの間中国と戦ってきた。ベトナム人は独立のためなら最後の一人になるまで戦うだろう。」アメリカはそれを知らなかった。

ベトナム戦争が地上戦に持ち込まれしばらくした頃、マクナマンは辞任(解任)する。

「この戦争に責任があると思いますか?あるとすれば誰に?」という質問に、彼は「事態はあまりにも複雑だ。語っても語らなくても誤解される。だから私は語らない事を選ぶ。」


「残念ながら人類の特性は、数年で変わるということはないだろう。」これからも戦争と殺し合いは続くだろう。
戦争中はまさに霧の中。いつどこで何を読み間違がえ、しなくてもいい攻撃としなくてもいい殺し合いをするとも限らない。

国防長官に就任した際、ケネディが一冊の本を勧めた。「八月の(?)」
その中に戦後何百万という犠牲を出したドイツの2人の将校たちの会話がある。
「なんでこんなことになったんだ?」
「分かるもんか」
こんなことにだけは絶対になるな。とケネディは言った。
戦争に勝とうが負けようが、原因が「分からない」などということにだけはするなと。




「死の壁」で養老猛がイラン戦争に向けて、「厄介なのはアメリカは例えこれが泥沼化してもなんらかの学習をする。」と言っていたのを思い出した。

2次大戦、冷戦、キューバ危機、ベトナム戦争、そして今やイラク戦争を経験して、厄介にも何かを学習してしまっているアメリカが垣間見えた。


マクナマラは現在、世界銀行総裁に就任している。







世の中は公平であるべきなどと思っていたら、それは大きな間違いだ。









最終更新日 2004.06.13


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