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ひとこと

2010年06月03日
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カテゴリ:ひとこと
三半規管がなんとかなりそうです。
今、日本にいます。
研修を受けていて、来週にはインドネシア パダンのミッションに派遣されます。3ヶ月間の短期ミッションですが、どうなることやら…。昨年9月30日に発生した地震被災の復興事業です。

パダンには地震前に行ったことがあります。
ブキティンギに行く途中で寄って、あんまり印象のある町でもなかったのですが、大きなホテルやショッピングセンターもあって、いいなあ、と思った覚えがあります(超ローカルな町で働いていたので、当時)。でもその大きなホテルや、ショッピングセンターや政府の建物などが崩壊して、今でもそのままと聞きました。どうなっているのだろうか。前を知っているだけに。

パダンといえば、辛めのパダン料理が有名です。バタッ族が多く、それから確か母系社会のミナカバウ王朝が栄えた場所でもあったかと。すてきな銀のアクセサリーを買ったのですが、あの場所は今どうなっているんだろうなあ。


とりあえず、行ってきます。








Last updated  2010年06月03日 17時03分59秒
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2010年05月07日
カテゴリ:ひとこと
ギリシャさんが破産してしまいました。
破産か……!
記憶に新しいところでは、アイスランドさんも破綻していました。
国が破産というのは、中学校くらいのときに、南米の国(ブラジル…だったかなあ。。)がテレビで破産宣言しているのを見たのが初めてです。「国って破産するんだ…!」と衝撃的だった覚えがあります。

大人になったので国が破産するということは理屈としてはわかるようになりましたが、やっぱり国の破産は個人の破産とは違う。。破産救済に借り出されるのも、別の「国々」。EU、大変だなあ…。

などと他人事のように言っていますが、ギリシャさんが破産してから、ちょくちょく「日本は大丈夫?」と聞かれます。私に聞くなよ…!!!(泣)
海外から見ると、ギリシャの危なさも、まだいいけれど、日本の危なさもどっこいどっこいということころなのでしょうか。今年は借金が税収を上回ったとのことで、IMFさんからも勧告されていました、日本。ドキドキ…

国の破産のヤバイところは、それが周辺国家や世界市場に与える衝撃もさることながら、個人の(庶民の)力ではどうすることもできないレベルであるということです。どんなにマジメに働いていようと、どんなにコツコツ貯金していようと、どんなにがんばって勉強していようと、全部パー にはならないかもしれないけれど、かなり転覆するんだろうなあ。お金の価値が相対的に変わってきちゃうだろうし、融資も受けられなくなるし。

と、ちょっとマジメに心配を。


でも一方で、破産はともあれ、転覆はありかもなあ。。と思う自分もいたりして(キケン思想です)
転覆でもしないと、一生つかめないチャンスなんかもあるかもしれないし、庶民としては。







Last updated  2010年05月07日 15時17分52秒
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2010年03月19日
カテゴリ:ひとこと
今日はちょっと自分と英語の歴史を振り返ってみたくて、こんなタイトルしてみました。

昨日のアセアン婦人会の集まりで、友人のフィリピン人から、「日本って最近経済が悪いみたいね~」と話しかけられました。そこから最近日本から仕事を求めてタイやフィリピン、シンガポールにやってくる日本人が増えた、という話に。そこで、「でもあんまり英語がしゃべれないみたいね?それはなんで?」との質問が。

知らないよ!

バイリンガルどころかヘタするとトライリンガルなフィリピン人やシンガポール人には、なんで日本人が日本語しか話さないのかが不思議に写ることも多いようです。それは日本語の文法が英語ととっても違うとか、漢字を覚えるのに精一杯(?)とか、文化とか、性格とか、いろいろあると思いますが、私は教育のやり方が8割、とは言わないけれど、6割がただろうなあ。と思います。個人の向き、不向きもあるでしょうし、あと、英語が苦手なのは、日本人だけじゃないやい!と声を大にしていいたいのですが…。

でもそんなことを今更声高にしても、日本人が言葉の壁のせいでグローバル競争の中で不利に立たされている状況は変わりません。企業の競争のみならず、今アジアの就職市場では、英語のまあまあ話せる日本人を雇うか、英語も日本語もペラペラのローカルを雇うか、という競争が起きています。せっかくいいものを持っているのに、言葉の壁があだになって、それを思うように発揮できない、というのは、個人にとっても社会にとっても、とっても損をしているように思います。

まあ、そんな不安はさておいても、英語が話せる、読めることはそれだけでも楽しいですよね。情報量も増えるし、ネットワークも広がるし、友達もできるし。

私も「しゃべれる」というにはおこがましいレベルですが、今はなんとか日常の会話をし、テレビでニュースやドラマを見て、新聞を読んで、英語でメールやレポートを書くようになりました。どうしてこういうことになったのか?をちょっと振り返ってみます。


1.初めて英語を始めたのは、小学1-2年生の時。
幼少英語は百害あって、一利なし。という学者さんもいるようですが、私としては、そうかなあ…?です。小1-2年は幼少じゃないかもしれませんが。
母が家で近所の子供たちに簡単な英語を教える仕事を始めたので、私もそれに混じっていました。子供があつまってわいわいぎゃーぎゃー(笑)歌を歌ったり、カルタをしたり、ゲームをしたり…という内容でした。思い起こすにこの子供のときのカルタはけっこう役に立った。ものすごく簡単な、AppleとかBananaとかいう言葉なのですが、これを小学校で覚えるのと、中学で覚えるのでは、ぜんぜんその後の苦労が違います。英語にもレベルがあるので、簡単なレベルは小学校低学年からはじめるべきだろうと思います。
なんだかんだで中学にあがるまでは、母から英語を教わっていたような?(記憶があやふや…)

2.中学、高校の英語の授業
受験前には塾にも行きましたが、ほぼ学校の授業だけだったような?
役に立ったのは、教科書の丸写しと声を出して読むこと。まさに地道な、農耕民族丸出し勉強法です。とっても効率は悪いので、受験向きではありませんが、その後英語で手紙やレポートを書いたりする段になると、役に立ったように思います。構文とかがなんとなく体に染み付いているんですね。でも受験は別です。
あと、そんなに続かなかったけれど、近所の外人さんに英会話を教えてもらったり。
それからNHKのラジオ英会話。これはけっこうよかったです。続けるのが大変なんだけれど、テキストとしては、秀逸では。

3.大学~就職
大学時代も英会話学校に行くこと(だけ)は続けていました。つまり、本当に細~い糸ながら、英語とのお付き合いは小学校低学年のときから途切れたことがなかったのですね。British Councilとか、日米英会話学校に行っていました。
それから初めて、イギリスに英語短期留学をしました!1ヶ月くらいだったかな?なつかしいな~ シェークスピアの生家のあるStratford apon Avonというところでした。以降、すっかり英国ファンに。

4.就職~留学
就職してから急に、「このままではいけない!絶対留学する~!!」と息巻き始めました。一体大学4年間は何をしていたのか…(泣)自分の娘だったら、ぶっとばします。
週末英会話学校に通いながら、通勤電車の中で英語のテープを聞いていました。CNNとBBCのテープ(当時…)を試しましたが、BBCのほうが、レベルが徐々に上がっていくつくりになっていて、よかったです。これをレベル1~55まで聞きました。自分に得意な勉強法というのを見つけるべきで、私はわりと耳から入れて覚えるのが好きだったのですね。なので今だにスペリングがあやふやだったり。
留学準備のために、TOFLE取得のための学校に行きました。形は違っても、また受験準備ですね。ボキャブラリーは増えたかも。(増えないと困る)

5.留学中
イギリスのとある大学の修士コースに留学しました。本当に。よくぞこんな無謀を働く…という感じでした。最初の半年は、いくらなんでもこれはムリだった…と思って、毎日泣きながら勉強していました。(そして頭に血が上って、ますます分からなくなる、と。)
言葉の壁がまず第一なのですが、プレゼンにも、ディベートにも、リサーチにも、アカデミックな表現というものに全く慣れていなかった。しかし後悔先に立たず。自分で海に飛び込んだからには、なんとか泳ぎ渡らなければなりません。。どうにかこうにか周囲に迷惑をかけつつ、リサーチを実施し、論文を書き上げました。
辛かった…でも楽しくもあった。友達もできたし、ボーイフレンドもできたしね(^^)

6.また就職
帰国してから就職活動。とあるNGOに就職が決まり、日本勤務10ヶ月の後、ミャンマーに派遣されました。(英語の歴史を述べていたつもりが、ただの自分史に…)
ここで初めて!英語を少しは「使えるようになった」という感じがしてきました。長かった~~…。
スタッフとの会話が英語ですし、スタッフと共有するための文書の英語ですので、鍛えられたのでしょう。しかもあんまり難しい英語をしゃべらないし。。お互い。

7.結婚~
ミャンマーにてシンガポール人の今の夫と知り合って、結婚。
「日本語を勉強するよ!」というプロポーズ時の約束が今だ果たされず、英語にて生活中。


そして今に至る。
改めて振り返ってみると、なんという役に立たない英語史でしょうか…。要領悪すぎ。
それでもひとつおススメできるのは、子供のときから「英語に親しんでおく」ということかな。アルファベットとか、簡単な挨拶、単語でもいいので。得意な子だったら、どんどん先に進んでもいいでしょうし。

それから、続けること。時間をかけること。

でも、それはやっぱり英語の「勉強」であって、勉強は「準備」なのですよね。
使えるようにするためには、やっぱり現場に飛び込んでいくこと。場数を踏むこと。

子供のときに英語をやりすぎると日本語の勉強に差し支えがある、という意見を聞きますが、うまく分割すればそんなことはないと思います。日本語はもっと身に染み付いたものだし、国語はまず本を読むことだし。中高のときに感じたのですが、英語を勉強すると、日本語もより論理的になるような気がします。(英文だから論理性があるというわけではありませんが)


で、夢を見るようになったかというと、なりましたね。
まあ、何を言っているのかは、やっぱりよく分からないのですが。



















Last updated  2010年03月19日 16時05分16秒
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2010年03月10日
カテゴリ:ひとこと
2009年11月20日に政府から「デフレ宣言」が出されたそうですね。

先日シンガポールに立ち寄った際に、勝間和代さんの「自分をデフレ化しない方法」を読みました。読後アマゾンでくぐってみたら、いやに評判の悪い本で笑えました~

でも私にとっては、「デフレ」ということに興味を持たせてくれた一冊です。その後、ネットでもちょっと調べてみて、デフレ-現在の日本の経済状況-についての情報と多様な意見を見ることができたので、よかったです。でも、なにぶん足りない…頭が。。

原因がデフレだとは知りませんでしたが(また、その原因はひとつではないでしょうが)、身の回りでも、不景気で、仕事がない、仕事があったらあったでむちゃくちゃ忙しい、忙しくて・お金がなくて結婚できない…という悩みを抱えている友人、知人はけっこういます。統計が取れるほど友人がいるわけではありませんが(笑)、見渡してみても、決して珍しい状況ではありません。

昔私が就職したり結婚したときも、そこそこ就職氷河期と呼ばれていたり、晩婚化が目立ったりしていたけれども、なんというか今のほうが、やむにやまれず感が強いような気がする。
男性も女性もちゃんと働いているのに、将来のこと(お金も含め)が心配で結婚できない。そしてなんと言っても仕事が忙しすぎる。お互いに時間をとるのも大変そう。これじゃあ少子化もすすむよなあ…。

翻ってシンガポールの親戚のとあるカップル。夫婦共働きで3人の子供がいます。インドネシア人のメイドさんがいて、平日は奥さんのご両親も子供の様子を見てくれています。さらに「すごい!これは日本ではなさそう!!」と思ったのが、夫婦ともに午後6~7時頃には帰宅し、食後は夫婦そろって子供たちの勉強をみっちり見ていること。です。
奥さんは外資系の会社の人事で、旦那さんは石油メジャー会社に勤めています。シンガポールではともにまあまあいいところのホワイトカラーでしょう。でも!6~7時に帰宅できる…!そしてそのまま飲みにいったりしない!!!

これでは将来的に差がついても、文句は言えませんね~。もちろん日本でも個々の家庭は教育に多大な努力とお金をかけていると思いますが、シンガポールは国を挙げて教育に投資していますし、大人の時間の使い方も、ひたすら残業(現在の生計のため)だけではなくて、子供への教育(将来への投資)に使われているのだなあ…と思ったしだいです。

もちろんシンガポールでも、大人も子供も、このキチキチの教育システムに悲鳴を上げつつ、ストレスも相当なものがあると聞いています。詰め込みの弊害もこれから出てくることでしょう。でもどんなことにでもリスクとストレスがつきものだとしたら、これは悪い選択肢ではない…かも。


なんだか何がいいたいんだか分からぬ日記になってしまいました…。
仕事がないのも、働きすぎないと生きていけないのも、早くなんとかなってもらいたいです。







Last updated  2010年03月10日 17時35分16秒
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2010年02月16日
カテゴリ:ひとこと
「何が見えるの、看護婦さん、あなたに何が見えるの
あなたが私を見るとき、こう思っているでしょう。

気むずかしいおばあさん、利口じゃないし、日常生活もおぼつかなく、目もうつろにさまよわせて食べ物をぼろぼろこぼし、返事もしない。

あなたが大声で『お願いだからやってみて』と言っても、あなたのしていることに気付かないようで、いつもいつも靴下や靴をなくしてばかりいる、おもしろいのかおもしろくないのかあなたの言いなりになっている、長い一日を埋めるためにお風呂を使ったり食事をしたり……、
これがあなたが考えていること、あなたが見ていることではありませんか。

でも目を開けてごらんなさい、看護婦さん、あなたは私が見えていないのですよ、私が誰なのか教えてあげましょう、ここにじっと座っているこの私が、あなたの命ずるままに起き上がるこの私が、あなたの意思で食べているこの私がだれなのか。

私は十歳の子供でした。

父がいて、母がいて兄弟姉妹がいて、みなお互いに愛し合っていました。

十六歳の少女は足に羽をつけて、もうすぐ恋人に会えることを夢見ていました。

二十歳でもう花嫁。私の心は躍っていました。守ると約束した誓いを胸に刻んで二十五歳で私は子供を生みました。その子は私に安全で幸福な家庭を求めたの。

三十歳、子供はみるみる大きくなる 永遠に続くはずのきずなで母子は互いに結ばれて。

四十歳、息子たちは成長し、行ってしまった。でも夫はそばにいて、私を悲しませないように見守ってくれました。

五十歳、もう一度赤ん坊が膝の上で遊びました 私の愛する夫と私は再び子供に会ったのです。

暗い日々が訪れました。夫が死んだのです。夫のことを考え、不安で震えました。息子たちはみな自分の子供を育てている最中でしたから。

それで私は、過ごしてきた歳月と愛のことを考えました。いま私はおばあさんになりました。自然の女神は残酷です。

老人をまるでばかのように見せるのは、自然の女神の悪い冗談。体はぼろぼろ、優美さも気力も失せ かつて心があったところには今では石ころがあるだけ でもこの古ぼけた肉体の残骸にもまだ少女が住んでいて 何度も何度も私の使い古しの心をふくらませます。

私は喜びを思い出し、苦しみを思い出す そして人生をもう一度愛して生き直す。

年月はあまりにも短すぎ、あまりにも早く過ぎてしまったと思うの。そして何者も永遠ではないという厳しい現実を受け入れるのです。

だから目を開けてよ、看護婦さん 目を開けてください。

気むずかしいおばあさんではなくて、『私』をもっとよく見て!」


-------


重い認知症で生涯を終えたイギリスの老婦人(ヨークシャー・アシュルティ病院)の遺品の中から見つかった一遍の詩。


(選択2009年12月号「還りのいのち還りの医療 自然死への道を求めて」米沢慧より抜粋)







Last updated  2010年02月16日 16時52分53秒
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2010年02月13日
カテゴリ:ひとこと
「優れたリーダーとは、優秀な才能によって人々を率いていくだけの人間ではない。
率いられていく人々に、自分たちがいなくては、と思わせることに成功した人でもある。
持続する人間関係は、必ず相互関係である。
一方的関係では、持続は望めない。」

(塩野七生 ローマ人の物語 ハンニバル戦記(下)新潮文庫より)


およそ2200年前のカルタゴ(現北アフリカ)の勇将ハンニバルを評しての塩野女史の言葉です。
ハンニバルのローマ進行で始まったポエニ戦役も後半になって、前半の勢いもなく、祖国からの支援も望めず、状況は悪化するばかりだった頃。言葉も通じない別々の地域からの傭兵で成り立っていたハンニバルの軍からは、それでもハンニバルを見捨てた兵士が一人もいなかった不思議について。
マキアヴェッリは「その原因は彼の厳しい態度の畏怖の念」から来ていたと述べていたそうですが、女史はそれに加えて兵士たちの「天才的な才能を持ちながら困難を乗り切れないでいる男に対しての、優しい感情」を挙げて、上記のように書いています。

リーダーというのは、集団に対して、その力量と人となりでもってダイナミズムを起こす人のことだと思います。しかしそれを逆風でも持続していくことがどんなに難しいことか。
祖国から見捨てられ、敗将となったハンニバルに最後まで従っていった兵士たちは、一体何を彼の中に見ていたのだろう。



今現在、異国にて思いっきり逆風に吹かれている某リーダーを思いつつ。。








Last updated  2010年02月13日 15時06分06秒
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2010年01月29日
カテゴリ:ひとこと
先月日本に帰った時、実家から仕入れてきたメソッドその2です。
バナナで美白。

これは日本のテレビで紹介されていた方法らしいのですが、最近50代になっても若々しくてとてもその年には見えない女性のことを「魔女」と呼ぶとか。で、その魔女な女性が紹介していたやり方らしいです。

「皮が黒くなって痛んできたバナナをアルミホイルに乗せてオーブントースターで焼き、出てきたバナナ液を顔につけ、しばらくしたら洗い流す。」
だけ。

母はアルミホイルをサランラップにして、オーブントースターを電子レンジにしてアレンジ。で、それが私に伝承されました。

1.皮が黒くなって痛んだバナナを使用。新しいバナナではバナナ液が良く出ない。
2.かるくラップにくるんで、耐熱容器に入れて、電子レンジでチン。だいたい1分くらい。
3.ラップを取り除き、ザルにあげるなどして、バナナ液を容器に入れる。
4.バナナ液が冷めたら、顔にそのままアプライ。
5.しばらくしたら、ぬるま湯で洗い流す。

残ったバナナ液は小さな容器に入れて冷蔵庫に入れておくと、ゼリー状になります。次に使うときは、手のひらで人肌に暖めてからアプライ。


効果のほどは…。
シャイニング…!!

ということで、びっくり。短期効果だけだったら、そんじょそこらの美容液より効くかも。

カンボジアでも試してみたのですが、「バナナによる」ということがわかりました。
美白効果だったら、日本で売っている普通のバナナが一番いいみたい。
モンキーバナナでやってみたのですが、肌はつるつるになるけれども、美白効果はあんまりかな。
あと、アプライ中にはアリに注意。







Last updated  2010年01月29日 14時35分47秒
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2010年01月12日
カテゴリ:ひとこと
若いときほどひどくないのですが、時々貧血になります。
特に生理前に、朝おなかがすいていたり、朝シャワーしていたりすると、血圧も下がって、急にくる。しかも下痢とセットになってくるときが多いので、トイレと友達になりながら、床とお友達になる(ベッドに寝ていると酸素が薄くて苦しいような気がして…)、という状態になります。女性だったら、多くの人が知っている経験だと思いますが。

昨年末に帰国したときは、生理前ではなかったのですが、寝ていたら急に来ました。寝てるんだからそのまま寝かせてくれればいいのに~(;;)ちゃんと目が覚めて、ああ、貧血だ~~みたいな。

それで真夜中にうんうん煩くうなっていたところ、隣の部屋にいた妹が来て介抱してくれました。

前フリが長くなりましたが、ここで登場したのが、「ブドウ糖」です。
固形ブドウ糖を2個ほどもらってお湯と一緒にとったら、あら不思議。あっという間に苦しさが引いていきました。
まあ、血糖値が下がっているときなので、糖が効くのは当たり前かもしれませんが、昔ジムで走っているときにぶっ倒れたり、ウォーキングしていて倒れたりした際に砂糖水を飲んだり、飴をなめたりした覚えがありますが、ブドウ糖ほど即時に効果は出なかったように思います。
やっぱり吸収が早いのでしょうか。ブドウ糖、偉大なり。と思ったしだいです。


それで急にハマって、日本でブドウ糖を購入してきました。ひとつは妹のくれた固形のもの。これはちょっと疲れたときにお茶と一緒にとると、口の中でさっと溶けて、あまり甘みもくどくないので、飴などはあまり取らない私にはちょうどいいです。
もうひとつは顆粒のもの。コーヒーやお茶に入れて採る用です。


今、手元に顆粒の製品があるので、ちょっと見てみると、

「脳のエネルギー源 Glu Couse(グルコース)で元気 ブドウ糖100」(ここまでが商品名…)


「脳のエネルギーはブドウ糖だけです。
ブドウ糖は、脳の活動を維持するのに必要な栄養素です。
スポーツや仕事、学習などの後におすすめです。
ベスト補給 スティックタイプ 5.000mgx25本」


[こんな方におすすめです]
■朝あわただしくて、朝食をぬいた方
朝一番、脳の動きを活発にするためにおすすめです。
■試験勉強や長時間の会議、コンピューター作業が覆い方
こんな時、ブドウ糖をコーヒー、紅茶に入れて召し上がってください。
■エネルギー消費の多いスポーツの後に
ブドウ糖は、消化吸収が早いので、エネルギー補給に最適です。


それにしても。。日本の商品って袋からしてすごい情報量ですね。(笑)
知らない人にも買ってもらいたいという意気込みが感じられます。本当はきっともっといろいろ書きたかったんだろうなあ。。

もともとあんまり甘いものを進んで摂取するほうではなかったのですが、今から考えると糖の足りないときもあったのかも。


いずれにしてもブドウ糖は偉大。
なようなので、適度に採るようにしたいと思います。







Last updated  2010年01月12日 19時18分18秒
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2010年01月11日
カテゴリ:ひとこと
昨年末PCが壊れたので、日本に帰った際に新ノートを購入してきました。

前PCは東芝Dynabookで、6年くらい使っていたかなあ。。バッテリーに不備の出た型で、一回通知があってバッテリー交換をしました。が、その後もやっぱり稼動時の熱がすごくて、手首が痛くなったりした。故障時はファンが動かなくなって、まったく立ち上がらなくなりました。データは外付ハードにコピーしていたから、まあいいんだけど、それでもやっぱりこういう場所でPCが壊れるとビビります。

で、結局新しいPCを買ったはいいのですが、そのOSが新しいWindows7 Home Premiumでした。(そしていろいろ見た結果、やっぱりまたDynabookにしてしまった…)
Vistaは嫌なので、Win7のやつにしようと思って買ったはいいのだけれど。。
私がアナログさんなのでしょうが、でもやっぱりXpのほうが良かったなあ。あのカキカキした感じ(?)が、使いやすかった。なんかより単純で扱いやすかったような気がする。

まあ今のうちに新しいOSにも慣れておかないと、今後もっと大変になると思うので、いいのですが。でもさすがに読み込めないソフトがあるのは困る!今やっている通信コースの教材のソフトが、よりによって読めないんですね~。まあ、フォルダーに直接アクセスすれば、教材自体が読めないことはないんだけれど、でも微妙に困るよなあ。
ネットで調べたら、やっぱりこれは問題(のひとつ)らしいですね。Win7 Business Editionだと互換ソフトをインストールできるらしいのですが、そこももれなくはずしている。。

困ったなあ、、とぼやきながら、別段対策を取るでもなく、ぼつぼついじっています。



ところでDynabookと迷った機種がPanasonicのノートだったのですが、丈夫を旨とするならいい機種なようですね。
アチェで仕事をしていたときも、至急されたのはPanasonicのノートでした。象が踏んでも壊れないとか、コーヒーこぼしても大丈夫とか、実は軍隊仕様であるとか言われているそうです。確かに軽いし、丈夫だし、谷合いで車が事故った時も、パナのPCだけは無事だったことがあります。

だけども、あまりにも四角い!
そして装備にリーズナブルさが足りない。。

ということで、Dynabookにしました。
だけどもWin7が。。(上記に戻る)








Last updated  2010年01月11日 18時40分07秒
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2009年11月27日
カテゴリ:ひとこと
あっという間に今年ももう少し...。
2週間くらい前からシンガポールに来ています。
2週間はそんなに長くないはす。。でも、長かった...
やっぱりなんにもしない2週間は辛い。

sing xmas

こちらシンガポール○島屋の恒例のクリスマスツリー。
恒例とは言っても、デコレーションは変わります。写メっている観光客の隣で激写。

今月は、仕事をやめてから取り組んできたことを終劇にすべく、動いた(とまっていた)日々でした。
でも停滞モードって苦手なほうなので、できれば早く動き出して欲しいところ。
早く来年になってもらいたい。







Last updated  2009年11月27日 21時43分31秒
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