くりごと

2008/03/10(月)16:01

3月10日

親知らずの抜歯から3日間、まだ頬っぺたが腫れております 沢山の方からご心配を頂きまして本当にありがとうございました。 今日歯医者に行って状態を伝えた所、更に抗生物質を5日分飲むように言われ、消毒もしてもらって来ました。 上の左側の親知らずだったのですが、奥歯に向かって斜めに生えて来てしまい、虫歯にはなっていなかったものの歯茎が腫れたり食べ物が挟まったり却って不便が多かったので虫歯になる前に抜歯をしたのです。 生え切っていなかった歯を抜いたので根が深かった為、結構な処置になってしまいました。 頭に近い場所の痛みや治癒までの不快感は大きくて、何時もよりもっと考えたりするのに困難があり(爆)細かい作業をするのが面倒な状態におります 一人一人の方へのコメントへのレスが出来ない事を許してくださいませ 時間がもったいないと感じながらも家で吟を相手に休んでいるところです。 休んでいるなんて言ってちょっかい出すくせにぃ あたしは眠いのよぉ う~ん、でもそこ撫ぜられると気持ち良いのよね さて今日は3月10日、1945年の今日未明、東京の下町を中心とした大空襲のあった日です 乾燥して強い風の吹く日を狙った未曾有の大空襲で、一晩の死者は10万人以上と言われています。 空襲は一度偵察機による警報が解除された後、人々が眠りについた頃に始まりました。 下町の人家の密集地の周りを焼夷弾による火で囲み、逃げ惑う人々を地獄の劫火に晒し焼き尽くすと言う前代未聞の残虐なやり口でした。 下町には戦時下の軍事下請工場が沢山あったからなどとは単なる言い訳で、この東京大空襲は完全に一般市民を標的にした無差別爆撃による第虐殺に他なりません この件のみを考えても、戦勝国なので何も問われなかったけれどアメリカの罪は非常に大きい事です。(もちろん広島長崎も同じです) 帝都を焼き尽くすという手段で日本軍の戦意を消失させようとしたのだと言いますが、この大空襲の惨状を視察した天皇が敗戦の決断をするまでにまだ数ヶ月を要し、ひたすら兵士も市民も無駄に命を落とさせられたのでした。 (大阪大空襲はなんと8月14日に起きています。当時8月11日付けのアメリカの新聞では日本が降伏するが天皇制は残されるだろうという記事が出ていたのに関わらずです) 両国にある東京都慰霊堂において、毎年3月10日に慰霊祭が行われています。 慰霊碑に納められている犠牲者の名前は戦後63年過ぎた今でさえまだ全員が確認された訳ではありません。 この都慰霊堂は関東大震災の犠牲者も祀られている都管轄の場所です。 なんと国はこの東京大空襲の犠牲者を慰霊していないのです。 広島長崎との扱いとは程遠いと言えるでしょう。 戦火に焼かれた記憶は年々風化して来ています。 難を逃れた人々は老い、実際に空襲の恐ろしさを語れる人が少なくなっています。 若い世代のみならず私達大人でも今日は何の日か知らない者が多くなりました。 でも今現在も世界中のあちこちで戦いは行われ命が不当に奪われている事を忘れてはなりません。 命は1人とか10万人とかの数字の単位では無く、その一つ一つに連なる生命の歴史と家族や友人とのつながりがある尊いものなのですから。 同時に私達は敗戦国であった日本という立場を単なる犠牲を受けた側とだけ受け取っていてはいけません。 一般市民も兵士も膨大な犠牲を出したけれど、同じく日本軍によって沢山の犠牲を強いられた人々がいる事も認識していなければならないでしょう。 昨今の世界情勢の不安定さは心恐ろしい状態にあります。 過ぎた記憶を風化させずに、自分達が選ぶ政次家がどんな進路をめざす人であるのかを、決しておろそかに考えてはいけないのです。 一人一人の願いや希望をしっかりと受け止められる人を選ぶ事が、無駄に殺されて行った人達への鎮魂の願いだと考えています。 外は春の日差しが顔を見せるようになりましたね 過去を忘れずに悲惨な思い出こそわすれずにいなければいけません。 しっかりと次世代の者達に伝える義務が私達にはあるのです。 実家の薄紅色の梅が満開になり芳香を漂わせています。 こんな春が二度と壊されないように

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