2009/04/22(水)17:29
ランドセル
小学校の新学年度が始まって、真新しいランドセルを背負った何やら小さいのがわらわらと歩いているのを見かける季節になった
新しいランドセルは嵩高くまだ潰れてもなく色も鮮やかで、新1年生の背中に大きくカタカタと揺れているようだ。
近くに学童保育を担っている児童館があるので、夕方には地域のボランティアのお年寄りが沢山のわらわらを引き連れて帰って行くのによく出会う。
高学年の子の背中には小さくなってしまったかに見えるランドセルが、皮の色も時を経てなかなか渋みのある色になってくっついるようだ。
最近のランドセルには様々な色があるらしく、昔では考えられなかったように鮮やかな色で揺れている
赤や黒はもちろんだけど、水色やピンクや緑とかなり華やかである。
最近の子供達は個性を尊重されるのか、それぞれが好きな色を嬉しそうに背負っている。
私が小学校に入学した頃のランドセルは、男子は黒で女子は赤、というのが「あたりまえ」の世界だった。
だけど私のランドセルはピンク色で、当時は本当に珍しく目立ってしょうがないシロモノだった
祖父が入学する私の為に買ってくれたランドセルとの事だったけど、一体誰が選んでくれたのかいまだに解らない。
しかし、素っ頓狂な色とでも見られる「一人だけ全然違う色」のランドセルだった事は確かだ
祖父からの贈物だから大切に使っていたけれど、どうしてピンクなの、と聞かれる度に幼い私はちょっと辛かったのを覚えている。
皆と違う色のランドセルはちっとも嬉しい事などではなかった
小学校3年生の時に転校した先では、そのランドセルで苛められたし、やっぱり不思議な目で見られるのは辛かった。
親はそれには全く気付いてはいなかったと思う・・・何故なら私もピンクのランドセルが嫌だとは言えなかったし、お祖父ちゃまの贈物なんだからと思うと、大切な思いの方が先に立っていたからだ。
でも本心ではどれだけ皆と同じ赤い普通のランドセルが欲しかった事だろう。
買い換えるとかは全く考えたりもしなかったし願いもしなかったけど、もしこれが赤だったら良かったのにとはしょっちゅう思っていた。
そしてその度にそんな事を思う自分を、祖父に申し訳ないと責めたりもしていたっけ
現在は知らないけれど、何十年も前の日本の小学校はとても保守的な場所である。
皆と一緒とか、皆と同じとか、平等とか和とかいう事が、個性とか独自性なんて言葉に全く追随を許してはいない時代だった。
一人だけ違う色のランドセル、今でも時々思い出す幼い葛藤の日々。
大勢の中で目立つより、普通に皆と同じであるという心の平安
心が成長していない子供には、自分の個性を主張しようなどという思いは全く考えもつかないものである。
それでも大切に大切にずっと使っていたピンクのランドセル、私は本当に大好きだった
今、堂々と楽しそうにそれぞれが様々な色のランドセルを背負ってわらわらする様は、自分の子供時代がはるか銀河の彼方まで過ぎ去って行ったのだなぁと思える光景である