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くりごと

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2011年05月03日
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ビンラディン殺害のニュースが世界を駆け巡った。

アメリカでは夜中から人が集まって祝杯を上げ国旗を振った。

笑顔でUSAと叫ぶ姿が放映された。





確かに多くの人の命を奪った罪を指導した事は重い。

でも「報復」で殺害という事を単純に喜ぶ姿に違和感を覚える。

「死んじゃえ」、この言葉を絶対に子供達が口にしないように教えて育てて来た。

どんな人であれ「死」を願う事は卑しいと教えて来た。

死刑廃止論者ではない自分への矛盾は感じる事があるけれど、

「言葉は生きる」、だから喧嘩などでも冗談でも絶対に「死ね」を言ってはいけないと・・・。





ビンラディンが殺された・・、素直に喜ぶ姿があさましく映る。

軍の作戦での結果を受け止める姿が「人の死を喜ぶ」形で表現されてしまった。

それでも人の死を喜ぶ姿は美しくは見えない。






報復した事で遺族の気持ちは満ち足りるのだろうか。

日本の震災被害の遺族は自然に報復したら満ち足りるのか、・・・、否!

愛する者を失った悔しさ悲しさは皆同じだろうけれど、

国民性の違いという一言では分けられない違和感に襲われている。




なんか変だよこんなのは。








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最終更新日  2011年05月03日 14時40分36秒
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