「ケーキが好きな娘」「ケーキが好きな娘」ケーキが好きな女がいた。 毎日ケーキを食べていた。 彼女のまるまるとした姿に、 街の男達は誰も声をかけることはなかった。 声をかけるのはケーキ屋の主人だけだった。 「いらっしゃい。 今日はこのケーキがオススメだよ。 キミは絶対気に入ると思うな。」 娘は嬉しそうな笑顔を見せて頷いた。 主人も嬉しそうに盛り付けて、カフェテラスに座る娘のところへ持っていった。 それが彼らの日常だった。 ある日ケーキ屋の前に、王室の馬車が止まっていた。 娘はケーキ屋の主人に尋ねた。 「ねえ、あの馬車の中にいた人は誰?」 ケーキ屋の主人は笑って答えた。 「何言ってるの。この国の王子だよ。見たことないのかい?」 「遠くからしか見たことないもの。 あんなステキな人だなんて知らなかった。」 「そうか、娘さんはああいう男性が好みなんだね。 俺の方がカッコイイと思うんだけどな。」 娘はふふふと笑った。 「ねえ、王子様ってどんな女の子が好きなのかな?」 「そうだなあ。今度家来が来た時にに聞いておいてあげるよ。」 娘はニコニコしながらケーキ屋のカフェテラスでケーキを頬張った。 数日してケーキ屋の主人が言った。 「娘さん、聞いてみたよ。 王子が好きなのはほっそりとした美しい女だそうだ。」 残念だったね~と主人は笑った。 娘はどうみても細くも美しくもなかった。 「男性はみんな細くて美しい女性が好きなのね。」 「まあ、大体は。そう…なのかな。」 「そう…」 うつむいた娘の悲しそうな顔に主人の心が痛んだ。 娘は、その日からケーキを食べないようになった。 毎日行っていたケーキ屋に行かなくなった。 するとみるみるうちに娘の体が痩せ始めた。 体が痩せていくにつれて、誰も見向きもしなかった娘に、 男達の視線が集まるようになった。 娘はケーキより洋服を買うようになり、 化粧をして楽しむようになった。 もうどこに行くにも誰に声をかけられても、気後れすることもない。 ある日娘がケーキ屋の前を通り過ぎると、 ケーキ屋の主人が店から出てきた。 「娘さん、キミは日に日に美しくなるね。 もう俺のケーキを食べることは無いんだね。」 娘は返事をする代わりに微笑んだ。 主人がその笑顔を見て言った。 「王子がキミと会いたいそうだよ。」 娘は王子と会うための服を選び、 自分を着飾ってみた。 お城へ向かう準備を全て整えて、 王子と会える日を迎えた。 鏡の中の自分を眺めて満足し、 娘はお城に行く前に外に出た。 深呼吸をする。 そして足が向くままにケーキ屋へ向かった。 「おはよう。今日は王子様に会える日だね。 今日は一段と美しいよ。」 ケーキ屋の主人が美しい彼女の姿にため息をついた。 そして目を逸らしてうつむいた。 「もしも王妃様になるようなことがあったら、 俺のケーキを時々買いにきてくれよな。」 娘は主人の顔をじっと見た。 主人も娘の顔をじっと見た。 娘は主人から目を逸らし、 そしてウィンドーに飾ってあるケーキを指差した。 「このケーキ食べたいんだけど。」 主人は何が聞こえたのか一瞬わからなかった。 娘はそのまま以前の指定席だったカフェテラスに座った。 主人がいつものようにケーキに盛り付けをして、 娘の目の前に置いた。 娘はカフェテラスから見えるお城を眺めて、 じっと眺めて、 視線をケーキに移した。 そしてケーキを一口頬張った。 幸せそうな笑顔が彼女の顔に広がった。 娘はゆっくりとケーキを味わった。 「お城に行く時間じゃないかな?」 主人が娘に聞いた。 「そうね。」 「馬車が帰ってしまうよ。」 「そうね。」 娘は次のケーキを注文し、 主人はそれを持ってきた。 娘はそのケーキも美味しそうに頬張る。 「仕方ないわよ。」 娘はフォークを置いてニッコリと微笑んだ。 「だってケーキは美味しいんだもの。」 主人は軽く笑ってため息をつき、 娘のために紅茶を淹れた。 街は甘い香りで満たされた。 |