カテゴリ:ある女の話:アヤカ
今日の日記(遠出)
「ある女の話:アヤカ67」 「あれ?どしたの?」 赤木くんが何事も無いように、 いつもの笑顔で私に近寄ってくる。 私は慌てていつものように振舞わないと…と、笑顔を作った。 心の中で、やっぱり喜んでいる自分がいた。 だから笑ってもいいのかちょっと複雑だった。 「まさか来ると思ってなかったよ。 今日も夕飯作らなくていいの。 そしたら、足が自然にココに向いちゃったのよね。」 「俺もそうだよ…。 なんだ。じゃあ、誘えば良かったな。 どうしようか迷ってた。」 「ホントに?」 「うん。」 赤木くんはマスターに向かって、 「ヨシカワさん、俺ジントニ下さい。 あと同じピラフも。焼肉って付けられますか?」 ってオーダーした。 はいよーって、 マスターが返事をして、赤木くんがカウンターの隣に座る。 裏メニューなんだ、って赤木くんが嬉しそうに言う。 私は慌てて会話を探す。 「あ、そうだ!」 私はバッグからテープと本を取り出した。 「はい、これテープ。どうもありがとう!」 「ああ、サンキュ。あれ?コレ何だ?」 「まだ読んでないって言ってたから、本。」 「ああ~、アレかぁ!ありがとう!」 嬉しそうな顔をする。 参ったな。 やっぱり好きなんだと思う。 「でね、もし良かったら、このテープ、ダビングさせてもらっちゃダメ?」 あれだけ恥ずかしがってたから、嫌がるかもしれない。 赤木くんはテープを見て、 思い立ったように、私の方に差し出した。 「あげるよ。」 「え?いいの?大事なものでしょ?」 思いがけないことだったので、驚いた。 「だいじょぶ。コレのマスターをバンドの友達が多分持ってるから。」 大切な物だと思うのに、 すごく嬉しかった。 もっと沢山聴きたいと思ってたから。 劣化しないうちにMDにおとしちゃおう。 赤木くんの気が変わらないうちにサッサとバッグにしまった。 「ありがとう。すっごい嬉しいな~。 有名になってね!大事にしておくから!レアテープになりますよ~に!」 赤木くんは嬉しそうに笑った。 「はは!そうなるといいな~!」 「がんばってね!楽しみにしてるから。」 ホントに楽しみにしてる。 あなたの成功と幸せだけが、 今の私の楽しみなの。 なんて言うと、孫の成長を喜ぶおばあちゃんみたいね。 でも、 もうあなたはそれくらい私にとって遠いのよ。 昨日触れた体は、 今日はもう夢の中の出来事みたいだ。 今まで通りに振舞おうとしてくれる彼の姿に、 涙が出そうになった。 食べ終わると、いっしょの電車に乗って帰る。 店ではお互い饒舌だったのに、 電車の中では言葉に詰まった。 口を開いたら、 このまま帰りたくなくなりそうで怖かった。 私の駅で、今日は赤木くんは降りなかった。 電車のドアの中から手を振る。 「さよなら。また明日。」 「うん。またね。」 赤木くんが優しい笑顔を向けてくれる。 私も笑顔を作る。 帰りの暗い道が、一層暗く感じる。 ここを赤木くんと笑いながら帰った。 足を速める。 鍵を開けて、 暗い部屋の中に入ると、 涙が出てきた。 赤木くん 赤木くん でも、泣いてちゃいけない。 自分で選んだんだもの。 ちゃんと帰るって。 お湯をためてお風呂に入ってたら、 ヒロトが帰ってきた。 「ごめんね、遅くなった~。」 ヒロトの笑顔を見たら、 胸がチクリと痛くなった。 「ヒロト、ご飯どうした?」 「うん、飲んできたよ。 もう食えないね。」 「洗い物、洗濯機の脇に置いておいてね。 洗っておくから。」 「はいはい。 ありがとね。」 体を拭いて、バスタオルを巻いてお風呂から出ると、 ヒロトに抱きついた。 「なに?どしたの? そんなに淋しかった?」 「ううん。…うん。」 「どっち?」 ヒロトが抱きしめ返す。 怖いの。 離れてると、 もう帰ってこれないような気がする。 ヒロトは、 私がしたことを知ったら、 きっといなくなってしまう。 どうしたらいいのかわからない。 目の前にヒロトがいれば、 ヒロトを無くしたくないのに、 赤木くんがいれば、赤木くんに吸い寄せられる。 助けて。 助けて。 こんなことが起こるなんて、 思ってもみなかった。 ヒロトは私にキスをしてきた。 帰ってきた挨拶みたいに。 そのうち酔いも手伝ってきたのか、 舌がからんできた。 手を洗った時に磨いたのか、 歯磨きの匂いがする。 赤木くんのキスとは違う、 いつもの慣れたキス。 バスタオルが剥がされると、 何だか恥ずかしくなった。 明かりの中で裸にされると、 体が敏感になっているのがわかる。 私の気持ちに気付いたのか、 ヒロトは私の体をゆっくりじっくり眺めると、 人差し指で私の体をなぞるので、 体がビクリと反応した。 ヒロトは私の様子を満足そうに眺めて、体中にキスしていった。 そんなことをヒロトがしたのは初めてだったので、 会ったことの無い男のように見えた。 怖い。 体がいつもより火照っている気がする。 でも、これでいいんだと思った。 そうじゃないと、心が支配されてしまう。 赤木くんのことばかり考えるようになるのが怖い。 ヒロトを失うのが怖い。 夢で見た、悲しそうな目で去っていく後ろ姿。 現実になったら…? こんなこと平気でできるなんて、 私はひどい人間だ。 ヒロトに抱かれた後の体が熱い。 どうしよう… 体がおかしい。 気が狂いそうだ…。 なのに、私は会社の帰りに、 吸い寄せられるようにあの店に行ってしまう。 赤木くんが来ても来なくても、 もうずっとあの店に行くつもりでいた。 約束はしてなかったけど、 赤木くんは今日も来た。 昨日と同じで私が頼んでいるものと同じ物を頼んで、 今日はビールを頼んだ。 食べてると、赤木くんの肘に私の肘が当たった。 椅子が今日は近いのか膝も触れていた。 気付いてしまうと、体が熱くなるのがわかった。 私ってこんなイヤらしい人間だった? 赤木くんに抱かれたことが蘇る。 マズイ…。 食べ終わったら昨日と同じように帰った。 抱きつきたくなって、 電車から赤木くんを降ろしたくなって、 それを理性が何とか止める。 こんなの拷問みたいじゃない? 家に帰るとヒロトもすぐに帰ってきた。 今日はお茶漬けが食べたいって言うから、 お冷ごはんを温めた。 帰る日が近づくことにホッとする。 その次の日は、 店に行くのを迷った。 本屋でちょっと本を見て、 それから電車に乗ると、 やっぱり店に寄ってから帰ろうと思った。 店に行くと赤木くんが来ていた。 待ち合わせたみたいに、 よう、って感じで手を上げる。 私は自分の気持ちに呆れてしまって、 つい笑ってしまう。 結局二人で会えると嬉しいんだ。 今日も膝が何となく触れていた。 赤木くんがテーブルにあった私の手を握った。 そのまま下に下ろす。 お互い逆の手でカクテルを無言で飲んでいた。 心臓が飛び跳ねるように鳴っていて、苦しい。 「どっか、行きたい…。 二人になれるとこ。」 耳元で小声で言われると、 いけないって思ってるのに、 うん…って頷いていた。 あれが最後のはずだったのに、 私は… どうしてこんなことに…。 二人きりになると、 抱きしめられた体が痺れる。 もうダメだ。 何も考えられない。 助けて。 助けて。 そうして、 会社を辞める日まで、そんなことを毎日続けた。 約束なんてしなかった。 まるで魔法にかかったみたいに、 あの店に足が向かってしまう。 あの店に行けば、赤木くんが来るから。 早く、 帰らないと、 帰れなくなる。 私は、 戻れなくなる。 わかっていて止められなかった。 ダンボールが家の中に積み上げられていく。 必要最低限のものを残して。 ヒロトは先に故郷に行くことになった。 こっちの荷物が届くまで、適当にやってるって言ってた。 私はこっちの掃除や、 不動産会社との後処理をしてから行くことにした。 実質、何日かお互い一人暮らし。 それが妙に不安になる。 私は戻れるんだろうか…。 続きはまた明日 前の話を読む 目次 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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