カテゴリ:ある女の話:アヤカ
今日の日記(「JIN~仁~」感想と長野県飯田旅行記☆)
「ある女の話:アヤカ69」 最後に会った日。 車に乗るとすぐに手が繋がれた。 昼間からホテルに入って、 貪るようにお互いの体の存在を確認した。 相手の体を忘れないように、 何度も何度も抱き合った。 動物みたいだと思った。 夢で見たように体が融合されていくんじゃないか…と。 そんなはずは無いのに、 溶けて無くなってしまえばいいと思った。 ベッドで、赤木くんが私を抱き締める。 私もずっと赤木くんに抱きついていた。 「俺…壊しちゃったのかな…」 赤木くんが呟く。 「何?」 「貴女の家。」 赤木くんが言ってたことを思い出す。 俺、できればそんな夫婦になりたい 参ったな…。 彼のせいじゃないのに。 お互いそんなつもりじゃなかったはずなのに。 「赤木くんのせいじゃないよ。」 赤木くんは返事をしなかった。 天井をジッと見ていた。 私は赤木くんの心臓の音を聴く。 「このままずっといっしょにいたい…」 思ったことが口から出る。 「…今、何て言った?」 聞こえなくて別にいいと思った。 聞こえても困るだけだから。 このままずっといっしょにいたい あなたといっしょにいちゃ ダメ? 彼の温かい胸に顔をうずめてたら、 抱きしめられていた腕に、 キツくギュッと力が篭もったのがわかった。 大きく息を吐いたのが聞こえた。 聞こえたのかもしれない。 困ってるのかもしれない。 あきらめに近い溜息に感じた。 そんなことできない…って。 安っぽいセリフを言ったみたいで、 自分のバカさかげんに笑ってしまう。 なのに、体は逆の反応をした。 涙がジワジワと出てきて、 彼の胸を濡らした。 会ってるとつい涙が出てしまう。 泣きたくなんか無いのに。 きっと困らせてると思う。 「タカダさんの故郷はどんなとこ?」 赤木くんはいつものように涙を指で拭って、 それからティッシュで顔を拭いてくれた。 ごめんね…って思う。 私は聞かれたことに、ゆっくり答える。 「のんびりしたところ。 駅がある街の方に行けば買い物もできるし映画も見れるけど。 私は自転車に乗って、川を見に行くのが好きだったな。 土手から川を眺めてると、 時間を忘れちゃうの…。 海も、ちょっと遠いけどあるよ。 赤木くんが言ってたみたいな感じに、 夏になると賑わう海。 秋と冬はね、淋しそうなの。 ほとんど誰もいなくて。 でも、そこにいて、生きてるって感じで、 波だけが元気にザンッザンッって、鳴ってるの。」 もうすぐそこに帰れる。 何もなかったように。 元の私に戻れる。 きっと。 そうならなきゃいけない。 そして、そうなってしまうだろう。 淋しいって思うのは、 いけないことだと思う。 「いいとこなんだな…。」 赤木くんが呟いた。 「いなかだよ。 うん、でも、 ぼんやりできて、私は好き。」 もうここにいちゃいけない。 こんなこと続けてちゃいけない。 そう思うから離れられないのかもしれない。 もしもこれがずっと続くって、 何か安心できてしまったら、 心も変わっていくんだろうと思った。 私はどうしてここにいるんだろうと思うようになり、 故郷に帰りたくなり、 帰れないことで、 赤木くんだけを頼るようになり… 喉がゴクリと鳴った。 そんな生活、 私にできるの? それはとても重たいことじゃないかと思った。 赤木くんにとっても私にとっても。 今だってこんなに自分が重たいのに…。 それに、 残りたくても、 私には何も無い。 住む場所だって仕事だって。 彼を頼るしか無い。 そんなことはできない…。 彼の未来を縛ることになる。 それは、してもいいことなんだろうか? まだいろんな可能性を持ってるって、 赤木くんの顔を見ると思う。 彼と付き合うってことは、 ここに残ることだ。 いつか終わってもいい。 やろうと思えばできるのかもしれない。 でも… ヒロトの顔が浮かんだ。 どうしていいのかわからなくなった。 私は重たい。 今の私はどこへ行っても荷物にしかならない。 あんなに身軽にこの街に来たはずなのに、 ここに残ることが、 こんなに重いことなんて…。 彼に会うといつも頭が堂々巡りを始めてしまう。 「変なこと言ってごめんね。」 「変なこと…?」 「ううん、何でもないよ。」 赤木くんの髪を撫でて、 自分からキスをする。 さよなら。 さよなら。 この温かい体も、 腕の中で強く抱きしめられたことも、 いつか忘れてしまう日が来るんだろうか? 家の前で赤木くんが車を止めた。 深夜だったから、道が真っ暗だった。 車を止めても、お互い無言でそのまま中にいた。 お互い手を握り合っていて、 時間だけが流れていくのがわかった。 このまま朝になってしまうかもしれない。 それならそれで、 仕方無い。 もう何も考えたくないの。 でも… いつまでもこんなことしてられないよね。 バッグの中から紙袋を出した。 「これ、良かったら受け取ってくれる?」 「何?開けていい?」 私と赤木くんが好きな作家の本。 辞典みたいな大きさのハードカバー。 物を渡していいのか迷ったけど、 やっぱり渡したくなった。 私みたいに重たい本。 ごめんね。 赤木くんは本をジッと眺めていた。 中が透けて見えるんじゃないか?ってくらい。 長い時間のように感じた。 「ありがとう。大事にするよ。」 赤木くんも、上着のポケットから包みを出した。 そんなの持って来てるなんて思ってもみなかった。 「開けてみてよ。 開けたとこも、つけるとこも、 見てみたいから。」 そっか…。 もう見ることは無いんだもんね。 何気無い言葉の一つ一つが淋しい。 「え…。ありがとう。 ピアス?」 青い色をしてた。 海みたいに青い。 私の想像の海が、 赤木くんにも見えたみたいに。 「ホントは、物なんか渡さない方がいいかと思ったんだけど…。 やっぱり渡したくなった。」 「あなたは本当に女心をくすぐるのが上手なのね。」 同じことを考えてたんだな…って思った。 お互い物なんか残していいのかな?って。 それでも嬉しい。 また思い出が増えちゃったな… そう思った。 涙が出そうになるのを堪える。 「気に入ったんだ?」 「うん。すごく…。」 「そんなイイ男ふって行くんだから、幸せになってよ。」 変なことを赤木くんが言う。 「…私がふったの?」 「そう。 だからその分幸せにならなきゃいけない。 貴女の好きな、のんびりした故郷で、 家族に囲まれて、ゆっくりと過ごすんだよ。」 ジンワリとその光景が目に浮かんだ。 そうよね。 そうなる。 きっとそうなる。 そうなるよね? ねえ、 本当にそうなるのよね? 誰に向かって尋ねてるんだろう? 自信が無い。 自信が無いのよ。 ねえ、私は大丈夫なの? ホントにそんなことできるの? 赤木くんの顔を見ていたら、 堪えてた涙があふれてきていた。 心配そうな赤木くんの顔が涙で歪む。 何でこんなことに…。 赤木くんが私を抱き寄せた。 早く涙を止めたいのに、 後から後から出てくる。 自分の機能が壊れたみたいだ。 「でもさ、もしも帰ってみて、 貴女が幸せだって感じられなかったら、 オレのとこに来てよ。 そしたら、オレはその頃にはもう寮を出ていて、 貴女を迎えられると思うからさ。」 そんなことまで考えてたんだ? バカだね、赤木くん。 こんな勝手な人間のために。 そんなこと言わないでよ…。 「不幸にならなきゃ、赤木くんのとこに行っちゃいけないの?」 「幸せにならなくちゃいけないんだよ。 どこにいても、貴女が幸せな方がオレは嬉しいから…」 戻っても戻らなくても、 どこに行っても、 幸せになっちゃいけないような気がするのよ。 ねえ、 そう思わない? だけど、 彼が幸せになって欲しいって言う。 どこに行っても、 幸せでいてくれればいいって言う。 幸せじゃなければ来ていいって言う。 何が幸せかわからないのよ。 でも、 そうなろうと思う。 そうなりたいと思う。 でも今充分幸せなんだよ。 頷くしかできなかった。 わからない未来に。 ただ頷くだけ。 何だか、メロドラマみたいだよね。 現実って陳腐。 笑っちゃう。 なのに涙は止まらない。 だけど反射的に笑おうとしてしまう。 だって赤木くんが心配するから。 泣くと心配するから。 「赤木くん、カッコ良すぎ…」 「カッコくらいつけさせてよ。 今そーいうこと言わないで、いつ言うんだよ?」 ホントにね。 この人、ワザと言ってるんだ。 自分自身に納得させるように、 彼も言葉で自分を納得させてるんだ。 私は赤木くんを強く抱きしめた。 ごめんね。 そんなこと言わせてごめんね。 赤木んも私を抱きしめて、 強く、 強く抱き締めて、 最後のキスをした。 長く 熱い 甘い夢みたいな。 現実感が無くなるような。 体を離してから、お互いの顔をみつめた。 キリが無いよね…。 ドアを開けて降りる。 笑顔を作って、赤木くんに手を振った。 涙が止まらない。 言葉が出ない。 彼も淋しそうに笑って手を振った。 私を振り切るように前を見ると、 車が進む。 何かの歌みたいにハザードが5回点滅したのが見えた。 窓から手が出てきて、バイバイって揺れた。 彼の車がどんどん小さくなって、 角を曲がって消えた。 もう戻って来ないよね…。 私が行かなければ、彼は行ってしまう。 今すぐ電話すれば… そうすれば戻ってきてくれる。 多分戻ってきてくれる。 どうしたらいいの? ホントにこれでいいの? 冷たい夜の空気が体に沁みてきた。 車が通って行く音だけが時々聞こえる。 さよならって心の中で言ってみた。 そうじゃないと家に帰れない。 でも言葉にはしなかった。 したくなかった。 続きはまた明日 前の話を読む 目次 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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