長く勤めたいので、家庭の収入や子供の学歴の事は自分から言わないようにしていた
収入や子供の学歴の事は人には言わないようにしている40代の頃、子供の高校受験の塾代を稼ぐために私はフルで働いていました。最初は週5日勤務。仕事は事務で当時は時給1400円でした。途中からしんどくなってきたので週4日に変えてもらいました。有名大手メーカーなのでそういう対応は柔らかくて大変良かったと思います。同期のパート仲間にシングルマザーで派手目な女性と、某機械メーカー勤務(退職後再雇用で働く)の旦那さんがいる、年金獲得までの空いた期間だけ働いているパート主婦がいました。二人とも同い年くらいで私よりも10〜15歳くらい年上でした。同僚の50代シングルマザーがこのパート主婦を毛嫌いしていた私が入る前からこの二人は仲が悪かったそうで、50代シングルマザーがパート主婦を一方的に大変嫌っていました。一緒の部屋で私を含めて5人が缶詰になってPCを使っていたのですがシングルマザーが「一緒にいたらイライラするわっ!」と始終怒っていました。常にイライラしていた女性は自ら「発達障害者で障害者手帳も持っている。癌もなった事がある」と、上司に説明をしていた様子も見た事があります。勤務中はあからさまにそのパート主婦の前で嫌がらせをしていました。パート主婦の前を通る時はドアを足で蹴る、引き出しを「ばんっ」と大きな音を立てて開け閉めする。そのパート主婦は耐えていました。でも、この人も気が強い人だったのでそんな嫌がらせをされても気にしていなかったようでした。そして、この人と私は一緒にお昼ご飯を食べていたのですがなんとなく「こういうところがシングルマザーに嫌がられたのかな?」と少しずつわかっていきました。会ってまもない時期に旦那の年収を私に言ってきた「うちの旦那、高卒だけど退職する時の年収はちょうど1000万円だった。 今は再雇用で時給1800円ではたらいてる。退職金は1800万円くらいかな。子供一人だったから良かった」と自分から私に話してきました。 旦那さんは目立つ役職はなかったそうです。「そうなんですね」とだけ頷いて私は頷くことだけ続けていました。私は住宅ローンは完済が間近で、でも子供の塾代は自分で稼ぎたいという信念があったのでパートをしていました。世帯年収は似たような年収でしたが言う必要がないのでその事は黙っていました。関西では割とあけっぴろげに年収を言う人やいくらなのか聞いてくる人がいる関東は分かりませんが、関西は割と「うちは年収800万円くらい」という方もおられますし、「あそこのうちは◯◯に勤めてて年収いくらくらいやで」、「コンビニ経営してる◯◯さんとこ、立地良いから年収2000万円近いらしい。でも夜勤とかバイト要員足りんかったら全部自分達でしなあかんらしいけど」とわざわざ私に教えてくれる人もいます。私はそういう人に遭遇したら同意はしておいて自分は我が家の事は絶対に答えないようにしています。Youtubeの動画でも大阪の居酒屋でコンパをしている若い男女にインタビューをしているのを見ましたが「自己紹介で年収を先に言わな付き合わへんで〜、なあ(女性の皆に同意を求めている)?絶対年収聞くよな?」と女性陣が言っていたので驚きました。私はおしゃれが大好きなので、職場で不思議がられていた当時の私は見た目にはお金をかけていました。パーマも月1万円2000円、服も新しい服を買って着ていきました。生活に苦労してなさそうな雰囲気を出していたので、「なんで働いてるの??」とパート主婦に不思議がられました。始終「ここに来て扶養から外れて働きにきてるくらいだから生活が楽そうだと思えないけどな」とも言われました。「子供の塾代を稼ぐために」と本当の事なので答えていました。子供の学歴も自分から話していたパート主婦パート主婦はそのうち子供の話もし始めました。「うちの子は賢くて、某高校(その地域の1番の難関公立)いったけど浪人して◯◯大学(旧帝大ではない国立)行って今は東京の◯◯◯◯行ってる」とその女性は言ってきました。「そうなんですね」私はまたそれだけ答えました。当時、自分の子供は私立難関男子校(某高校)を受験するために有名進学塾に通っていました。なのでそれを聞かされても驚かなかったし、塾の友達でその難関公立高校を目指す子もいました。そして大学、会社(一応大手)も知っていたので驚きもしませんでした。そのパート主婦は「お子さんどこの高校目指してんの?」と聞いてきました。正直言いたくはなかったのですが隠し通して後々詮索されるのもしんどいし受験する段階なのでまだ受かってるわけではないので大丈夫かなと、第一希望の某高校と次の難関私立共学中高一貫校の名前を言ったら「すごいね」とそれだけでその話は終わりました。受かった時も黙っていましたが、その職場の上司(単身赴任で大阪に暮らしていて、高校受験にとても興味があり自分から私に私立男子校の情報を聞きにきていた)から「高校どうでした?」と聞かれたので「受かりました」と言うと「すごいですね!うちの息子も将来地元の難関男子校受けさせようかな」と言っていました。