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Quatre saisons ;ベランダとお庭の四季

2回目の京都 ・きぬかけの路を行く 2014年8月




五山の送り火
橋本関雪記念館のテラスから




◼️2回目の京都。2014年8月。銀閣寺と送り火鑑賞の翌日はきぬかけの路を歩く


五山の送り火のイベントのあとの予定は未定でした。

行きたいところはたくさんあります。
このときは次の京都はないと思っていましたので
銀閣寺を観たなら金閣寺ですよね。と、考えておりました。





ホテルにあった「きぬかけの路」のパンフレットでこのルートに金閣寺があり
龍安寺に仁和寺、妙心寺へも行きたかったので大人おさらい旅でこのルートに決定です。

送り火の翌日ですので観光客が多いと予想して
朝早めにチェックアウトして烏丸口へ向かいました。

バスにしようか?タクシーにしましょうか?できるだけ多く観光したかったので
タクシーで金閣寺へ向かいました。結構な料金でした。




*世界文化遺産の金閣寺 鹿苑寺(ろくおんじ)臨済宗相国寺派の禅寺




洗心の道を通り、受付の門を通って美しい竹組の垣根を見ながら曲がった途端、
あっ、という黄金色の景色が待っています。何回行っても感動の一瞬です。
足利義満の極楽浄土の夢、現世での実現です。

鏡湖池、金閣寺を映した写真が見つかりません。残念です。
金閣寺では見どころはこればかりではありません。

金閣寺垣、龍門の瀧、安宅民の池、夕佳亭茶室と続きます。
銀閣寺は足利義満の孫が建てました。




*金閣寺から龍安寺へ ー世界文化遺産ー



金閣寺から、ゆるやかな下り坂のきぬかけの路を下り龍安寺へ。
バスで行ったかタクシーだかもう忘れました。

応仁の乱東陣の将、細川勝元が創建した寺院.
臨済宗妙心寺派 妙心寺の外塔頭の一寺。

洗心の道という参道に睡蓮の花咲く鏡容池を眺めながら弁財天があります。
その右手に牛若丸・弁慶がある旧五条大橋の橋桁で造られた手水鉢があります。
金閣寺同様に龍安寺垣根に目を奪われます。ひし形に組まれた美しい垣根です。


禅宗の本堂とも言われる方丈(ほうじょう)の前にある石庭。
15の石、何回数えてもわかりません。心という文字、心の目で観るということでしょう。
15という数、十五夜も15、七五三も15、15という数に何か意味があるのでしょうね。




それよりも石庭を囲む土の壁がなんともいい感じです。
油土塀に初めて目に留まりました。

庭園前の廊下を右に曲がると「知足の蹲」があります。

吾、唯、足るを知る
「知足の者は、賎しくと雖も、富めり」 ちそくのものは、いやしといえども、とめり
「不知足の者は、富めりと雖も賎しい」 ふちそくのものは、とめりといえどもいやしい




*龍安寺から仁和寺へ


真言宗御室派総本山 開基 宇多法皇 ー世界文化遺産ー
真言宗の大きなお寺です。

仁王門を入って左手に仁和寺御殿があり、お庭は見事です。
宸殿では左近の桜と右近の橘がみられます。




宇多法皇の居室では絢爛豪華な書院を観てここからの庭園の眺めは良いですね。
あたりまえですが権力の頂点の位置付けをしります。

御室仁和寺というくらいですから桜がたくさん。
ぜひ桜の季節には行ってみたいのですが、仕事が1番忙しいときです。
御室桜を観るのは当分は無理でしょう。




*仁和寺から妙心寺へ


妙心寺の境内には七堂伽藍(がらん)と47院の内塔頭(うちたつちゅう)がある大規模なお寺です。
先の龍安寺はこの妙心寺を本山とする臨済宗の外塔頭の一つです。
ほとんどが拝観謝絶、拍子抜けでした。

禅寺の龍の天井画を観ることに興味があります。
妙心寺の天井画、龍。

本坊前の法堂(はっとう)にあります。天井に描かれた龍の絵は狩野探幽法眼(かのたんゆうほうげん)
二条城二の丸の豪華松を画いた画家です。

見る位置により昇り竜になったり降り龍にも観られます。
お寺のガイドさん、こればかり説明しているのでしょう。淡々とした説明でした。

天井画を観る待ち時間の間に、本堂へ上がらせていただきました。
誰もいない大きな畳敷きの本堂、仏様にお参りして背を向けてお庭を拝見。
失礼ながらそのまま寝そべって大きな天井を見つめておりました。

天井の雨滲みを見ながら、長い歳月の流れを思いました。
寝そべるなんて、ほんと罰当たりな失礼な奴、今も反省しております。




暑い京都です。体力も続きません。頭もいっぱいでもうここいらで2回目の京都は終了と
したいところでしたがあともう1箇所、わずかな距離でもタクシーで移動。
百年来の恋人に逢いにいきました。




*広隆寺へ ー真言宗御室派、開基 聖徳太子ー




けれどその想い人はウン十年前は目の前で観られたのに今は必要以上に暗い壇上に居られ
あの思索にふけるお顔が確認できない、美しい右の指も見えない。

国宝第一号の弥勒菩薩半跏思惟像を後世に残すためには仕方ないけど暗すぎる。
恋に焦がれて逢いに行ったのに、大失恋!という感じでした。

美術館で観るのもいいけどそこにいらっしゃる寺院の本家本元で観たいと
長年、願っていましたのに、どうも私は美術品として最高の見せ方で
展示してある美術館で観る仏像に慣れてしまったようでした。

「みる」ということには二つの文字があります。
「見る」と「観る」

本物を求めようとする想いはあるのですがダメですね。


弥勒菩薩半跏思惟像(みろくぼさつはんかしいぞう)
半跏とは、韓国流で半分あぐらをかかれたお姿を指します。
思惟とは、片手を頬にあてがって人類をどのようにして救おうかと
想いに耽っておられるお姿指します。

何ともいえない微笑を浮かべられたお顔は心打たれる仏様です。



それから、どこをどう歩いたのか?歩いて、歩いてようやくJR花園駅へ。
いやはや暑さに参りました。京都の暑さは体にまとわりつくようなネッチョリとした暑さ。
よく歩いたと思っています。



花園駅前で立派なお寺を見つけました。観光ガイドにも載っていないお寺です。
後から中村芝翫さんの京都観光のTVで知ったのですが、法金剛院という由緒あるお寺。

鳥羽天皇の中宮(皇后)でありながら、権威を持った白河上皇に寵愛され
女性としての生き方に不本意のままに過ごされた待賢門院
夫たる鳥羽天皇には、美福門院に片寄られ、白河上皇崩御後は何の権威も持てず、
出家されて建てられたのが法金剛院とされています。



2014年8月17日 龍安寺で(5年経った今は横も前も後ろにも膨れてコロンコロン^ ^;)


古都の女性の哀話。
鳥羽天皇との間で後白河天の母君でもあり平清盛との葛藤が平家物語で登場します。
法金剛院、奈良の宗派「律宗」 開基 待賢門院 (たいけんもんいん) 山号 五位山
いつか訪れるチャンスがあればと今も思っております。


2019年7月記 思い出を綴りました。



3回目の京都は上賀茂神社





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