070021 ランダム
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・6章

風が、強い日だった。
雲は流れ、月が冷たく光る。
月の周囲には、星は見えない。満月だからだろう。
月の光があっても、やはり草原は漆黒の闇。
それは、まるで彼女の目のようだった。



黒い服を身に纏った少女は、少し笑ったような口調で話し始めた。
「こんばんは、レジのお兄さん?時間通りなのね。」
その可憐な声音とは真逆の、強気な感じ。
「あぁ、こんばんは。女性を待たせるわけにはいかないからな。」
腰の双剣が、カチャリと鳴る。
「まぁ、物騒な事。・・・事情を説明する手間は省けたようね・・・イフリート。」
彼女の手が赤く光る。
暗がりから、一人の、優しげな、赤い服を着た老人が現れた。
「ほぅ、これはこれは。久しぶりですな、白い貴公子殿。」
「いや、こちらこそ。10年程ぶりになりましょうか・・・、紅蓮の爺様。」
・・・貴公子?こいつが?とツッコミを入れたくなったが、個人的な感情諸々を抜きにして見てみれば、確かに貴公子に見えない事も無かった。
「さぁて・・・再会を懐かしむ暇も無く――」
老人が、残念そうに言った。まるで宣戦布告の様に。
「うむ、我々は闘う運命にありますからな。仕方が無いことでしょう。」
マスクウェルが、言葉を引き継ぐ。
・・・こやつ、キャラが違うな・・・。
「いつもそうじゃ。・・・まぁ、こうしていても始まらんな。」
「ですな・・・アル。準備は。」
場の空気が凍る。
俺はその寒さとは違う意味で、震えた。
これが武者震いってやつか。
だが――
「・・・さて。言い残すことは無い?」
可憐な声が俺に問う。
・・・ダメだ。こりゃあ、闘えそうに無い。
野郎ならまだ相手に出来るが、女の子・・・しかも、まぁ、一応見惚れてしまった事もある人を、俺は斬る事も出来ない。
そんな俺の複雑な心境も知らず、沈黙をどうとったのか彼女は、
「ふふん、潔いのね。じゃあ・・・始めましょ。」
と、勝手に戦闘を始めてしまった。
冷たい視線と、困惑した視線がぶつかり・・・
彼女の体が、沈んだ。
刹那、一陣の風が俺の元に舞い込む。
「なっ―!」
両サイド下から迫る銀の光をバックステップで避け、短剣を引き抜く。
と。彼女は目の前から一瞬で消え――
「後ろだっ!」
後方からの水平斬り。
「くっ・・・!」
マスクウェルの声で、それを左の剣で弾き、上段に迫る光を右の剣で弾く。
瞬間、彼女は間合いを詰めて、
「遅い―、撃!」
短剣を逆手に持った拳での打撃。
「二点撃っ!」
さらに二発。
「四点撃!」
崩れたところを背後から四発。
「八点撃!」
八発―、体勢を直す暇もなく、もの凄い速度の打撃で俺は吹っ飛ばされた。
――・・・あー、こりゃ、斬れる斬れないの問題以前だな・・・
なんてぼんやり考えた瞬間。
「はっ―!」
前方からの回し蹴り。
反撃する暇も、回避する暇も、防ぐ暇すらなく、俺は地に伏した。
・・・エリアル(※空中コンボ技、回避不可能)を決められた格ゲーキャラの気持ちがよく分かった・・・
幸い、女の子だからか力はそこまで無いようだ。
「よっと」
すぐに立ち上がり、体勢を整える――・・・までは待ってくれなかったようだ。
一撃。迫る拳を上腕で止め、
二撃。下からの袈裟斬りを弾き、腕を抑える。
三撃。膝蹴りのポーズを取った足を払い、入れる。
完全に膠着状態になったところで、彼女が口を開いた。
「へぇ・・・少しはやるじゃない。」
「・・・女の子が、こんな、乱暴、しちゃ、はぁ、いかんぜ・・・」
情けないことに、俺はもう息が切れている。
女の子なのに力が無いというのは事実だが、力を込めるポイントというのがあるようだ。
俺は完全に押し負けていた。
「ふぅん・・・だから戦闘に消極的、と?」
「げ。バレてたのか・・・」
・・・少し息が落ち着いてきたようだ。
だが、月下で見る彼女はとても可愛くて、とてもじゃないが斬れない。
それどころか、距離が近いせいか、妙に意識してしまう。
・・・ますます、戦闘意欲が無くなった。
それを俺の表情からそれを悟ったのだろう、彼女は怒気を含んだ声で、
「・・・なめられたものね。」
と言って、軽やかな跳躍で距離を置いた。要するにこれも本気ではないということだ。
とてもじゃないが、太刀打ちすることが出来ない。レベルの差、というやつだ。
――彼女は、強い。
その、マスクウェルの言葉の理解とともに、自分の未熟さを呪った。
「・・・いいわ。それならば、貴方を本気にさせてあげましょうか。」
「は?いや、十分本気―」
「問答無用。というより、そんな嘘は聞きたくないわ。」
何を、言っているのだろう。
何故、彼女はあんなにも怒っているのだろう。
レベルが違う。圧倒的に彼女の方が上だ。
それなのに、彼女は、俺の方が上だと見ている。
(どういう、事だ・・・?)
思案にくれる俺をよそに、彼女は禍々しい殺気を放ち始めた。
思わず、足が後退する。
それだけの、冷たさだった。
やがて、彼女は、体勢を低く前かがみにして、両腕を大きく振りかぶった。
「いかん、あれは・・・っ!」
マスクウェルの緊迫した声。それを掻き消すように、もしくは押しつぶすように、彼女の声が響いた。
「―殺法、第一・・・欠月!」

――時が、止まった。
いや、時の流れが遅くなったように感じる。
彼女が、まるでスローモーションの様に、1コマ1コマ近づいてくる。
それを見て分かった。
俺は、
ここで、
死ぬんだな・・・と。

心が、空になる。
脳が、視覚と聴覚しか機能しなくなる。
体が崩れ、膝が地についた。
・・・そこで、“俺”、は、意識、が、無く、なった――


私が一閃、彼の胸があったところを凪いだ瞬間、彼の膝が地についた。
――単なる偶然。
これまでの彼の様子から、これで仕留めることが出来たはずだった。
――確実に絶つはずだった命。
しかし。私は彼を殺すことが出来ず。
私は盛大に彼に躓き、宙を舞った。
そして、空中で回転、地に足をつけ、体を反転させた瞬間。
意識を失ったはずの“彼”が、半端無い殺気を伴い立ち上がった。

「え―・・・」
言葉を失う。
「くっくっく、男の顔面を足蹴にするとは、なかなかおてんばなお嬢さんだ。」
「な―、ど、どうして・・・?」
「ふむ。説明は出来ないが・・・」
「Consciousness to reverse・・・“反転する意識”かっ!」
彼の精霊が、恐怖さえ感じられる声を上げる。
「・・・“反転する意識”、とな・・・アレを持った者がいるとは・・・」
「知ってるの?イフリート。」
彼を睨みながら、聞く。
「ふふ、お嬢さん。話は聞くから、そんなに睨まないで欲しい。」
「冗談―、そんなに殺気をバラまいといて、嘘が上手いのね。」
「む?殺気は元々だ。そういう風に教えられたのでな。収めるのには神経を使うが・・・まぁ、女性の言うことには耳を傾けよう。」
楽しそうに笑いながら、殺気を収める彼。
まるで、殺気を収めたその姿は暗殺者だった。
漆黒の影。
ただ、いるだけで恐怖を感じる。
いるだけで暖かい感じのする“彼”とは、まるで正反対だった。
「さて―、話を続けてはくれまいか?紅蓮の爺様とやら。」
「う・・・うむ、“反転する意識”は、特異体質に似たようなものだ。」
「アレルギーのような、か?」
彼の言葉には、暖かさが無い。絶対零度の様な冷たさ。
「ぅ・・・ふむ、要するに、とある条件に反応するという点では、似ているのだが・・・」
「マイナス方向の反応ではないのですな?爺様。」
「・・・一概にそうとは言えないが。まぁ、本人にとってマイナスだけではないだろう。」
「ほぅ・・・あいまい、だな。だが、要するに、俺は反転後の意識。裏アルウェン・・・虚言の存在、か・・・」
しばしの沈黙。
そして――
「・・・では、戦闘再開だ。いつまでもこうしていたのでは、かのように美しい月も悲しむであろう・・・!」
影が、消える。
すぐさま後方に飛び、風のように迫る短剣を弾く。
腕には鈍痛。半端じゃない力だった。
「へぇ、魔術師の癖に、力があるのね・・・!」
飛びのき、
「・・・Fortificando」
肉体を強化する。
「――小賢しい。」
彼の声が横から聞こえた。
刹那、本能のままに跳躍する。
私が元いた場所を、二本の銀が通過し、斬り刻んでいった。
「魔術もそこそこ、か。有望だな。」
寸評するように彼は呟くと、
「ふっ・・・だが、まだまだだ。」
そう、ニヤリと笑って、跳んだ。
「な・・・にぃ!?」
イフリートの驚く声。
彼は、魔術無しに、二メートルの高さを跳躍して、私を追ってきた。
「くっ・・・!」
反撃をしようとしたその瞬間。
「そらっ!」
私は、両手で殴られて地面に背中から叩きつけられた。
受身を取るが、それでもダメージは大きい。
「く、ぁ―っ!」
圧倒的な力の差。
魔術で肉体強化をしても、この程度。
「安心しろ、痣や深い傷にはならない程度にしておいた。」
「あ、ありがたい限りね・・・感謝、するわ。」
「・・・さて。まだ、踊れるだろう?」
「当然。楽しませてあげましょう。」
まだ、殺法がある。
それさえ決まれば、あるいは・・・
「何か策があるようだな・・・レディーファーストでいこう。」
くっくと笑う彼。
――チャンスは、これきりしか、無い。
「では・・・遠慮なく。」
「ふふ、どうぞ。」
彼の周囲の空気が変わる。
殺気が二倍に膨れ上がった。
それに臆せず、構える。
「――殺法、第二・・・」
彼が、少し動いたのを視界の端に捕らえたが、気にしない。
なぜならこれは、
「・・・無月っ!」
回避、不可能だから。
「回避不可能か。だが・・・」
彼に飛び込み、そのまま、上段下段、左右と、まるで輪で包むように斬る。
次は上から・・・!
ギィン!カンッ!
瞬間、剣が止まった。
人間には不可能に近い動きを止められたせいで、腕の痛みが半端ない。
だが、止まるはずは無かった。
その止まるはずが無かった剣が、初動で止められている。
「・・・護法第二番、現月。ぬかったな、お嬢さん。」
「う・・・そ・・・」
殺法には、それぞれ対応する護法がある。
だが、それの使い手は、めったにいないはずだった。
崩れそうになる気力を持ち直し、大きく離れる。
幸い、肉体強化の魔術は、まだ解けてないようだった。
「さて・・・」
殺気の篭った声で、動けなくなる。
否。身体自身が動くことを拒否している。
動いた瞬間死ぬ。
直感が、そう告げていた。
「では、俺の番、だな。」
しかし、動かなくても死ぬことは明白だった。
幼い頃の、暖かい思い出が、少し蘇った。
―いつも優しかった兄さん。
「この世に未練は、無いな?」
―遊んでくれた、従兄弟。
「まぁあっても、殺すだけだが。」
―暗殺者として生き、しかし暖かかった父さん。
「惜しいな、実は俺好みなのだが・・・仕方があるまい。ゲーム、だからな。」
―生み、育ててくれた母さん。
「では、――参る。」
―世話をしてくれた、使用人達。
みんなただの、記憶。
偽りかもしれぬ、過去。
「―殺法、第五番・・・」
ビシッ。
空気が、凍るを通り越して、割れた感じがした。
(しっかし、五番とは半端無いわね・・・)
殺法の最終技、五番。
話でしか聞いたことが無いが・・・それもそうだろう。
この感じ。
確実な死の具現。
見たものは皆、死の道を歩んでいるのだから。
「・・・虚夢、斬月っ!」


強い風が、私を包んだ。
かまいたちの無数の刃が、四肢を斬る。
次の瞬間。
私は、
バラバラに、
されているだろう。

「ふん、むくわれないね・・・」
誰かが、小さく、呟いた気がした。


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