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気付いたらペパクラばっか

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思い出

2005.07.26
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カテゴリ:思い出
私が小学生のとき、土曜日は学校から帰って吉本新喜劇。
夏休みも冬休みも土曜のお昼は吉本新喜劇。
同じような話や繰り返されるギャグはベタだけど、土曜のお昼に吉本新喜劇は当たり前だった。
それがないと1週間が終わらない。
サザエさんが休みの終わりを告げる番組なら、吉本新喜劇は休みの始まりを告げる番組。
これを見てから遊びに行くんだ。

当時の花形は岡八郎と船場太郎と花紀京。
その下、中堅を木村進と間寛平と池乃めだか。
いつもおんなじネタだけどいつも笑ってた。

その岡八郎さん(八朗に改名したらしい)が今日亡くなられたらしい。
ちょっとショックでした。
「くっさー」や「隙があったらどこからでもかかってこんかい!」で思いっきり笑ってたのに。
また一つ、あの時代がなくなっていく。

岡八朗さん。
楽しかった少年時代をありがとう。






Last updated  2005.07.26 19:23:08
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2005.07.21
カテゴリ:思い出
終わっちゃいましたね。
まぁ正確には7月いっぱいは祭りなんですけど。

ここ数年、お手伝いしていないんですけど以前はとある「山」でよくお手伝いしていました。
会社が山のある町内なんですね。
山なんで矛よりはだいぶ小さいんですけど、それでも雰囲気はあります。

お手伝いといってもホントにその時だけのお手伝い。
主に山関係だけなんですけど。
山の骨格は専門の方が来られてするんですけど(縄だけで組み上げるから)、そのあとの飾りつけとか、宵々山あたりの夜から山関係グッズ販売の手伝いとか。
観光ではなくて組立として山に上がれるのはめったに無いことなんでしょうね。


あ、あと巡行のサポートね。
引き手はとある大学に依頼して数名のバイト君を雇ったり、町内の方でまかなうんですが、やはり直接巡行に出なくても歩道の方からついて回ったりするんです。

今年は大丈夫だったんですが、祇園祭って毎年梅雨が明ける境目なんですよね。
だから結構雨が降ることもあるので、カッパ(簡易レインコート)を持って平行して歩きます。
あとまず無いだろうけど暑さで倒れそうな人用に水も。

当時は「だるいなぁ」って思ってたんですけど、今考えると貴重な体験なんでしょうかね。






Last updated  2005.07.22 07:52:31
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2005.07.18
カテゴリ:思い出
そういやぁ小学校のとき、こんなオバサン(?)の噂あったんですが、どうなんでしょ?
発生元がわからないんですけど全国的でしたよね?

口裂け女って・・なんなんだか。

何でそうなったんだろって考えないですか?
自分でしたんじゃないだろうし、事故か病気?
痛いぞー裂けるんだぞー

ご飯食べるの大変です。
端からポロポロこぼれたりして。
んで「行儀よく食べなさい!」って怒られたりして。
ついでにオカンも口裂けだったりして。
「シャァー」って蛇のマネする宴会芸が得意だったりして。

性格がよければ人気者になれただろうにねー

でもそんな人、ホントにいるのか?






Last updated  2005.07.18 18:57:31
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2005.07.09
カテゴリ:思い出
なぜかこんなの、流行りませんでした?
結構早口でまくしたてるんですけど「早口言葉」というほど紛らわしくないし、それどころかテンポ良くて全然早口でも言えちゃう。
じゃあダジャレかといえばそれほど練られた感じはしないし。
何の意味があったのか全然わかりません。
でもいつの間にか広まってみんな言ってました。
誰か意味や出処のわかる方、おられませんか?

ソーダ村の村長さんがソーダ飲んで死んだそーだ。
葬式にはソーダが出たそーだ。


すんごい早口で言い合うだけ。






Last updated  2005.07.10 15:25:03
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2005.05.26
カテゴリ:思い出
昨日の続き(?)です。
これはウルトラマンショーよりまだちょっと小さいときなんです。
京都には「伏見桃山城」って小さい遊園地みたいなのがあります。
もともと信長の桃山城で、天守閣はないんですけど(作り物があるみたいです)城跡を遊園地にしてるんですね。
そこのイベントだったんですけど、仮面ライダーを見に連れて行ってもらいました。
ちょっと記憶が定かでないんですが、屋内か、外でも大きなテントを張った舞台です。
露天じゃなくて、ちゃんと椅子も用意されていました。

そこでワクワクしながら見てたんですよ。
これは今でもよくある形態のショーで、司会のお姉さんだかお兄さんがいて、ショッカーが出てきて、ライダーが登場して、ちょっと危機に陥ったりして、助太刀ライダーも参上して、大団円。
こういうパーターンのものです。
でもこんなちゃんとしたショー、初めてですから。
そんなこともしらないし、何が起こるのかわからずワクワクですよ。

ショッカーの怪人が登場してなにやら言ってます。マイク使っとるな。
すると部下の戦闘員に向かって「子供をさらってこい!」などと言ってるではないですか!
見る見る戦闘員は客席へ降りて子供を物色しています。
通路側にいた私は目を合わさないように、目を合わさないように・・
ヒー、ツカマッター!!!!
戦闘員は親となにやら話して了解を得ると、私を舞台まで連れて行きました。
親は喜んで手を振る始末。
妹はおかんに抱かれながら泣いてます。
私も半泣き状態。
舞台に上がると、同じようにさらわれてきた子(笑)が数人。
これからないが起こるんだろうと軽いパニック状態の私。

その時の時代はV3全盛期。敵さんもデストロン。
デストロンはショッカーより強いんだとか、でも子供に無茶はしないだろうとか、戦闘員の目が怖いだとか、子供ながらに頭の中グルグル。
何がなんだかわからないうちにV3登場。
ピンチになると1号2号のダブルライダー登場。
私たちは知らない間に袖から返されてました(笑)

その後、恒例のサイン会&握手会。
サインしてもらった後に握手してもらうとき、V3に覚えられていたのか、頭をグリグリしてもらいました。

しかし親父&おかんは声援に夢中で写真取るのを忘れてた。
なにも子供が戦うんじゃないんだから。
しっかりしてくれよ。





UH3-4
これなーんだ?






Last updated  2005.05.26 21:20:08
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2005.05.25
カテゴリ:思い出
赤犬さんとこに書き込んで昔の記憶が一気に蘇りました。
赤犬さんがお子さんとウルトラマンショーに行ったというお話しだったんです。
それで、あー私も行った事があるなと。

でも私の場合、スーパーの屋上なんですよね。
それもイズミヤ。
当時は、スーパーの屋上ってペットコーナーと、ちょっとしたベンチがあるだけのだだっ広い空間なんです。
デパートは遊戯施設なんかもあるんですけどね。
そこのスーパー、屋上の半分くらいに人工芝もどきのマットみたいなのが敷いてありました。
そこでやってたんです。ウルトラマンショー。

ショーって大層なモンでもないんです。
ウルトラマンと怪獣がお騒がせした後、サイン会という、ちょっと商売っぽいモンです。
でもならんでサイン貰いましたさー

サインは指定の色紙じゃないといけないので、色紙を買わされます。
でもちゃんとした色紙なんですよ。
表がウルトラ兄弟が並んで写ってる写真。
よくある、全員が腰に手を当てて横に並んでるやつね。
ちゃんとサインの邪魔にならないように薄く印刷されてます。
で、裏は兄弟それぞれのサイン一覧みたいな。
もちろんウルトラサインで。
ちゃんと円谷オフィシャルなんですね。
あ、ウルトラサインってあの兄弟呼ぶときに空に浮かぶ文字です。

その時のウルトラマン、レオだったんですけどね。
レオって昭和ウルトラの第2期最終作なので、私も小学生ながらいいかげんいい歳だったんですけども。
なんせウルトラとライダーで育った世代ですから。
お兄ちゃんになっても人垣をかきわけかきわけ見に行ったんですよ。
その後、学校で見せびらかしましたねー。
特に裏に載ってる兄弟のサインに人気が集中しまして、各自で役を決めて覚えて書きましたわ。

ちなみに私はちょっぴり(?)ポッチャリ君だったので、エースをあてがわれてしまいました(笑)

そうそう、そのレオのサイン、ちゃんとウルトラ文字で書かれてました。
あいつ、M78星雲じゃなくて獅子座のL77星人なのに。
それより中身のお兄ちゃんもちゃんとサインの練習してるんだね。






Last updated  2005.05.25 21:31:39
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2005.04.04
カテゴリ:思い出
まぁ前回と同じような怖い(?)お話です。

今回も10年以上昔のお話です。
多分10年以上20年未満。
季節は夏の終わりごろ。

その日も普通に寝てたんですね。
で、夜中にふと目が覚めました。
ちょっと暑かったんですかね。
エアコンのタイマーを入れなおして、また寝なおし。
でも、一度目が覚めるとなかなか寝付けないんですよね。
その日もしばらくウダウダしてて、やっとウトウトし始めた頃。
階段で人の気配がしたんですね。
ああ、おかんがトイレに行ったんだなと。
おかんは毎晩、2~3回夜中にトイレに行くんですよ。

ところで、ウチの2階は階段を挟んで左右と正面に部屋があります。
なので階段を上がりきったところで三方(正面と左右)に入り口があるんですね。
おかんは右の部屋。私は正面の部屋。
左は昔妹が使ってましたが、今は半物置と化してます。
だから私の部屋とおかんの部屋は壁を挟んで隣り合ってるんです。

まぁ、いつものことなので、こんなことでやっと来た「眠れるタイミング」を逃したくないので、寝ようとしてたんですね。
もしかしたら一瞬寝たのかな?
人の気配が階段の上から私の部屋のドアの辺に来てるんです。
おかんが布団跳ね除けていないか見に来たんだな。
お子ちゃまじゃあるまいし、そんなこといいちゅうねん。
なんて思ってました。

案の定、その気配はドアの方からこっちにやってきてベッドの横にいるんです。
でも起きるのも邪魔臭いから、私はそのまま寝てます。
別に布団も跳ね除けてないしね。
するとその気配は、顔を近づけてるのか、覗き込んでるように近くにいます。
顔のまん前くらいです。
そしてしばらくすると、また部屋のドアの方へ遠ざかっていきました。
「もーはよ寝たらいいのに」なんて思っていたら気配が消えました。

・・・あれ?
ドアの音、してないよ?

私の部屋のドア、ちょっと立て付けが悪いのか、必ず「ギッ」って擦れる音がするんです。
ちょっとだけ不思議に思ってると、隣の部屋からおかんのいびきが・・
そんなスグに寝れるはすが無い=さっきのはおかんじゃない!?

ひょえ~じゃあさっきの気配はだれ?

怖いよー怖いよー
ん?よく考えるとお盆だ。
お、親父が帰ってきたのか?

・・・なぁーんだ。おやじか。ならいいや。
家族なら怖くない~っと。
と、またもやそのまま寝てしまったのでした(笑)
それ以来、そんなことは起こりませんが、今でも親父だと思ってます。
でないと怖いもん。






Last updated  2005.04.04 22:44:52
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2005.04.02
カテゴリ:思い出
ちょっと怖い(?)お話ですかね。

私は霊感とかそういう類のものは全く無い(と思う)ので、見えないものが見えるとか、ありもしないことが起きるとか、そいう事とは無縁の人なんですね。
ただ、ちょっと人より感がいいかなとか、そういうことは多々ありますが、それはたぶん経験から来てるものなんだろうと思うわけです。

あれはもう10年以上昔。
もうはっきりといつとは覚えてないくらいです。
季節なんかもはっきりしていません。
ただ、夜に寝てたんですね。

その頃はたまに足が攣ったり、1度だけ金縛りになったりしたんで、ちょっと疲れていたときだと思うんです。
金縛りって霊的なものではないと思ってますから。

その時も攣ったような感じで目が覚めたんです。
正確には気が覚めたというか。
身体は寝てるんで、金縛りのような状態になっちゃったんですね。
身体は動かないし、目も開かない。
でも前にもあったんで、その内治るだろうとそのままにしておいたんです。

案の定、指先や先端部分からジワジワ解けるように感覚が戻ってきたんです。
指もピクピク動かせるようになりました。
そこで目を開けてみたんです。
すると・・・

夜なのにちょっと明るいんです。
月明かりより明るいんです。
曇り空の日中くらい。
そして白っぽい壁紙の部屋の壁全面に・・・

ビッシリと梵字が書かれてるんです!

そう、まるで耳なし方一のように。
白っぽい壁紙に墨のように真っ黒な文字で。
幻聴か、どこからとなくお経も聞こえます。

ひえー怖いよー
怖さのあまり布団を被って知らない振りして寝ちゃいました(笑)

翌朝、そんな形跡は全く無いに決まってます。
でも見たんです。
・・夢なんだろうか。






Last updated  2005.04.03 17:29:24
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2005.03.13
カテゴリ:思い出
これ、私の歴代恥ずかしい事件の相当上位に位置してます。

まだ学生でバイトしていた時。
だいたい20歳前後だと思うんですけど。
私は家からちょっと離れたホカ弁でバイトしていたんですね。
高校の頃からそこでバイトしていたので、とりあえずバイトチーフなるものをやってました。
例の(?)平岩君もそこでバイト。彼は高校を卒業してからなんですけど、私の口利きで。

その日は平岩君と昼のバイトに入っていたから、夏休みだったのかな?
バイトが終わって、2人それぞれのバイクで帰り道でした。
2人とも家が近いので同じ方向に帰ります。
私が先頭で彼が後。いつもの道を帰ってました。
と!突然道が無くなってるじゃあーりませんか!
よく見ると工事で大きな段差できてたんだけど、いきなりアスファルトが無くなって大きく窪んでいると道が無いように見えちゃう。
ブレーキをかけるが遅し。私は段差に落ちて(といっても20cm弱)バイクごとこけちゃいました。
でもブレーキかけながらだったのと、思ったほど大きな段差じゃなかったので、たいした怪我も無くちょっと「擦ったかな?」程度です。
でもスクーターのタイヤは小さいからこんな段差でもこけちゃうんですよね。

やれやれと起き上がってバイクを起こすと、何かふくらはぎのあたりにモコモコ感が。
「なに?」と見るとズボンが足首の辺りまでずれてる!
ヒェー!こけた衝撃でズボンのホックが取れたんだーー!!
当時、ベルト無しでズボンをしていたので、ホックの外れたズボンはファスナーも開けながらずり落ちてました。

こけただけでも目立つのに、公衆の面前でパンツ丸出しの私。
しかも足首にはずり落ちたズボン。
ああ、変質者決定だ・・
でも平岩君は何事も無かったように「どーもない?」と聞いてくるのでした。
うーーん、そのやさしさがさらに恥ずかしいかも。

まぁバイク、身体とも全然大丈夫なので、そのまま走り去ったんですが(もちろんズボンは上げて)、今思い出しても最悪です。






Last updated  2005.03.16 08:38:22
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2005.03.09
カテゴリ:思い出
高校生になると音楽や美術は選択科目になるんですよね。
私は毎年 第1希望:美術  第2希望:音楽  第3希望:書道
って出すのに、ずーーっと音楽でした。
選考基準はなんだろう?

でね、他の選択科目は知りませんけど、音楽ってその場のテストなんですよ。
前で一人ずつ歌わされるとか、先生のアレンジで弾くピアノに歌詞をつけるとか。
あ、先生は男の先生です。
それってみんなの前だから、直接点数はわからなくてもなんとなくわかっちゃう訳で。
ま、歌詞つけるのなんてはいいんですけど、歌がねー

名前呼ばれて一人ずつ先生んとこ行くんですよ。
で、先生のピアノに合わせて歌うの。それもドイツ語で。何も見ずに!
しかもその歌が2曲あって、どっちになるかは直前までわからない。
先生次第なんで、両方の歌詞(ドイツ語)を覚えなきゃいけない。
だから音楽の最初はABC(アーベーツェー)から始まるんです。

曲は「野バラ」と「シューベルトの子守唄」。
「野バラ」は ♪童は見たり・・で、「子守唄」は ♪眠れ眠れ母の腕に・・です。
楽譜にカタカナ振って一生懸命覚えましたさー。
だから今でもだいたいはドイツ語で歌えます。必死だったんだな。

あとその学校は卒業式の時「ハレルヤ」で卒業生を送り出すんです。
講堂で卒業式が終了すると合唱部がハレルヤを合唱する(ドイツ語で)。
それに合わせて拍手なり響く中、卒業生退場となるんです。

・・2年音楽やって、2年ドイツ語で歌わされるとかりだされました。
人数が足りないのか、すまんがお前も歌ってくれって。
なので1年上の先輩は、私も壇上で「ハレルヤ」歌って送り出してるんです。

でも。
現在ではそれらの経験が全く役に立ってません・・







Last updated  2005.03.10 21:10:56
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