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After lying hidden beneath metres of volcanic rock and ash for 2,000 years, a "once-in-a-century" find has been unearthed in the ancient Roman city of Pompeii in Italy.
Archaeologists have discovered a sumptuous private bathhouse - potentially the largest ever found there - complete with hot, warm and cold rooms, exquisite artwork, and a huge plunge pool. (BBC News) ***** sumptuous(高価な、豪華な) potentially(もしかすると) ***** 「地図のない道」(須賀敦子著)を読みました。1943年10月16日という本はイタリアの作家ジャコモがローマ・ゲットの貧しいユダヤ系の住民たちがトラックに乗せられ貨物列車に積まれ強制収容所へ連行された事件を取材した本、ユダヤ人がゲットと呼ばれる高い壁でかこまれた地区にとじ込まれるようになったのは15世紀、そこは紀元前のころから中東の難民たちが住みついていた。衛生環境が悪くローマ人は住もうとしなかった。ベネチアが島だと聞いていたのに実際行ってみると町のふりをしていると、その虚構性に唖然として、大学などで研究者が雑学にかまけているとあいつはドロゲリアみたいな人間だなと軽蔑される。三本の橋を駅の方から一本目がスカルツイ橋、ルネッサンス様式のリアルト橋、アカデミア橋があり著者はアカデミア橋が好き、1968年著者はベネチアの沖にあるリドの島で過ごした。ゲーテやバイロン、ミュッセなどのロマン派の詩人や作家たちはこぞってこの島を訪れ白砂の浜辺を称賛した、トマス・マンのヴェニスに死すはリドが舞台。ベネチアが島だという事実を足を踏みしめるまで実感がつかめなかった。日本と言う国も外に出るまで自分が島にいるなんて自覚していなかった。現在は内陸の街になってしまったアクイレイア、古代は賑わいが絶えない都市だった。シーザーはアクイレイアをローマ直轄の植民地に定め11世紀ころまで異端の侵入を防ぐため重要な拠点だった。どこへ行っても大小の運河やカッレと呼ばれる細い石畳の路。シラミとトスカナ大公という公衆衛生の歴史本に17世紀富裕な人々が病気になった場合、自宅で治療を受けるが病院はもっぱら貧しい患者たちのために存在。コルティジャーネの語尾をコルティジャーニと男性形に変えると宮廷人や貴族の意味になる、日本の紫式部や清少納言の文学について話す時コルティジャーネの文学と使われても違和感はない。限りなく錯綜するベネチアの運河はよそから来た人間にとっては頭が痛くなるような地図をつくりあげているというベネチア、行ったこともないけれど運河や橋、作家、ベネチアの歴史を知ることができた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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