佛さまの智慧は明るい道しるべ
@@@@@@@ 佛さまの 智慧は 明るい 道しるべ@@@@@@@ 人は、不運や不幸な事が続くと、社会が悪い、世間が悪い、他人が悪いなどと、なにもかも自分以外のもののせいにしてしまいたくなる時が多少なりともあります。時には「自分だけは正しい」と思い込んでの言行や、自分の正義感を振りかざして意見の合わない人を攻撃することは、実は愚かなことです。ネットでの誹謗中傷もその一つかもしれません。 仏教では、苦や迷いを生み出す三毒煩悩「貪瞋痴」があり、その三つ目が、〈愚痴〉です。目先のことにとらわれて本当のことが見えていない状態。物事の真理や本質を知らない、または見ようとしない状態。知らぬが故に自己中心的になり周りを思いやる心が欠けてしまい、愚かな言動につながってしまいます。 仏教ではこれら三毒「貪り、瞋り、愚かさ」を少しでも克服し、佛さまの智慧を得て、悩み多きこの人生を明るく安穏に生きていく〈道しるべ〉とすることを目的としています。 「智慧」とは、物事をありのままに認識し判断する能力のことで、深い洞察など「気づき」によって得られます。「知恵」は知ることによって得られる人間の知の恵みです。 お釈迦さまは、青年期に国の王に成る道を捨てて、真理を求め出家し、苦行や瞑想を深めること六年、三十五歳の十二月八日に真理に目覚め、「ブッダ」(真理に目覚めた人)と成られました。その教えは真理や智慧に溢れているものです。だからこそ私たちは仏教を学び、実践し、自分で気づくことで、自分の智慧とすることができます。その智慧は、不確定で不安定な社会生活の中でも活かすことができ、人生の〈道しるべ〉となるのです。 例えば「諸行無常」。全てのものは常に変化し移り変わっているという真理。苦しい状態も永遠に続くわけではなく必ず解放される時がくる。逆に幸福もいつまでも続くわけではない。だからこそ、今幸せな状態を味わい感謝することが大事となるのです。 人は誰しも不完全で、間違いや失敗もあります。だからこそ人の失敗を受け入れ物事の曖昧さも受け入れられる〈心のゆとり〉を持つことが大事なのです。 佛さまに心を寄せて自分と向き合い、物事をありのままに観る時間を持つと、心が整理され、苦しみが気づきや感謝に変わり安穏に生きられるのです。合掌南無阿弥陀仏専称寺亀山政臣拝