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歴史

2005/11/01
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カテゴリ:歴史
 歴史の教科書に出てくるこの戦い(別名設楽原の戦い)は、歴史上最も画期的な戦でもありました。
 
 織田信長は、戦国最強の武田軍の騎馬軍団に立ち向かうために、鉄砲を使って、打ち破ることにしました。しかし、鉄砲は一度撃つとプロでも弾ごめに時間がかかり、その間を騎馬軍団に蹂躙されたらひとたまりもありません。
 
 そこで、3人1組とし、まず、3人とも弾ごめを終えておきます。1番目の鉄砲兵が撃つと、すぐさま後退し、2番目の鉄砲兵が撃ちます。その間、1番目に撃った鉄砲兵は弾ごめを開始します。2番目の鉄砲兵が後退したら次に3番目の鉄砲兵が撃ち、これも後退します。この1連の繰り返しにより間髪いれず、相手を撃滅することができます。

 しかし、相手は騎馬軍団なので、柵を鉄砲隊の前に設けました。信長は3千丁もの鉄砲をかき集め、武田軍に備えました。

 時間が足りなくなってきたので、次回に回します。後編をどうぞご愛読を!


詳細は次の本で
長篠の戦い 武田勝頼(第3巻) 織田信長(4)
 








Last updated  2005/11/01 02:49:34 PM
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2005/10/30
カテゴリ:歴史
 この記事では私の好きな武将真田幸村の生涯について語ろうと思います。前編、中編、後編の三本立てでいきますのでどうぞよろしくお願いします。

 大坂冬夏の陣で有名な真田幸村は幼名を弁丸源次郎と言いました。またの名を信繁。独眼竜で有名な伊達政宗と同じ年代生まれでもありました。父親は信玄の目と言われた百戦錬磨の真田昌幸。兄弟には兄の信幸がいました。昌幸は北の上杉と同盟を結ぶため、幸村を上杉家へ人質にやりました。

 その後、豊臣秀吉の小田原征伐に参加し、松井田城を攻略し見事初陣を勝利で飾りました。

 秀吉の死後、徳川家康石田三成の対立が本格化し、家康の会津の上杉景勝討伐を開始したのきっかけに三成が挙兵しました。家康はこれを察知して、進路を反転し、石田三成率いる西軍討伐へ向かいました。そこで、家康は軍を2つに分け、家康は東海道を、3男秀忠に中山道に進ませ、西軍を挟み撃ちする計画でした。上田城主真田昌幸は、3万8千の徳川秀忠軍の開城勧告を拒み、戦となりました。この時、兄信幸は、妻が徳川家臣本多忠勝の娘婿のため、徳川に参陣していました。
 
 昌幸の目的は、秀忠軍を足止めすることであり、秀忠軍を執拗に挑発しました。挑発に乗り、秀忠軍は上田城を攻撃し始めました。秀忠軍の先鋒は伏兵に逢い混乱を起こしました、そうしている内に、秀忠軍本陣に伏兵が現れ大混乱となりました。この時、せき止めてあった神川のせき止めを切り、徳川軍は濁流の餌食となりました。

 こうして、昌幸・幸村の奇策が成功し、徳川軍3万8千を足止めすることに成功しました。しかし、関ヶ原では、一日で勝敗が決し、小早川秀秋の裏切りにより、西軍は壊滅していました。そのため、昌幸・幸村父子は敗将となり、紀伊の国の九度山に配流となりました。昌幸はこの時さぞ口惜しかったことだろうと思います。

 それにしても、真田家は本当に素晴らしい家系ですね。昌幸の父幸隆は武田信玄を超えるほどの智謀の持ち主でした。幸隆の子昌幸は徳川軍を2度にわたって翻弄しました。そして、昌幸の子幸村は勇猛果敢で知勇兼備の猛将でした。私はこの家系に生まれたかったと思ったこともありました。

続きは
  
 ~中篇 九度山の生活と昌幸の死~

で書きますので、どうぞご愛読を!

真田幸村








Last updated  2005/10/31 12:47:27 AM
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2005/10/29
カテゴリ:歴史
新しいブログを立てましたので、どうぞご覧下さい。
戦国新聞、三国新聞を発信します。更新は不定期です。

 タイトル:歴史の館~栄光と悲劇~
 






Last updated  2005/10/29 12:39:40 PM
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2005/10/27
カテゴリ:歴史
問1.3代将軍でないのは誰でしょう?

 1.徳川家光
 2.北条時宗
 3.足利義満
 4.源実朝

問2.皇帝ではないのは誰でしょう?

 1.ナポレオン
 2.始皇帝
 3.ルイ14世
 4.ヴィルヘルム2世

問3.真田十勇士ではないのは誰でしょう?

 1.猿飛佐助
 2.霧隠才蔵
 3.穴山小助
 4.服部半蔵







Last updated  2005/10/27 10:20:24 PM
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カテゴリ:歴史
 私はあまり北条氏については詳しくありませんが、知っているままに語ろうと思います。
 
 北条氏は北条早雲を始祖として、氏綱、氏康、氏政、氏直と5代続きました。

 北条早雲は伊勢新九郎長氏を名乗っていましたが、相模小田原城を奪取し、北条早雲を名乗りました。そして、武家法もつくりました。
 
 北条氏綱は相模における北条氏の地位を確固たるものとし、武蔵扇谷上杉氏を脅かしました。
 
 多分、一番有名であろう北条氏康は、武田信玄上杉謙信に劣らぬ名将です。川越夜戦(桶狭間の戦い、厳島の戦いに並ぶ戦国三大奇襲戦)において、総勢8万5千の扇谷上杉氏を破り、全国に名を轟かせました。そして、国府台において里見氏を2度破り、関東での覇権を確固たるものしました。

 北条氏政は、父氏康に見劣りされたほどの愚将で、家督を氏直に譲った後も実権を握り、豊臣秀吉と対抗しました。小田原城は20万もの大軍に包囲され、小田原評定において降伏しました。

 北条氏直は、父氏政の言うがまま動いていたので目立った活躍はありませんでした。

 また、北条氏は風魔小太郎で有名な忍者衆「風魔衆」のバックアップがありました。






Last updated  2005/10/27 02:28:26 PM
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2005/10/26
カテゴリ:歴史
 今回は諸葛亮孔明について話そうと思います。結構有名なので誰もが知っていると思っているんですが、知らない人のためにも簡単な紹介をしようと思います。

 彼は、中国の三国志時代に活躍した才人で、蜀の軍師でした。劉備が、隆中という所で、臥竜の名を持つ孔明の噂を聞き、軍師に迎えようとしました。劉備は自ら関羽、張飛と共に孔明の住む庵に尋ねました。しかし、二度孔明が不在だったため、三回孔明の庵を訪ねました。そして、ようやく劉備の熱意に押され、軍師になることを承知しました。これが有名の三顧の礼です。

 その後、有名な赤壁の戦いで東南の数を吹かせ、100万(実数は30万くらい)の曹操軍を破り、味方(劉備ら、呉)に勝利をもたらしました。

 そして、蜀の地を手に入れ、蜀漢を建国し、孔明は丞相(総理大臣のようなもの)に任命されました。その後、劉備が倒れ、孔明は劉備の意思を受け継ぎ、長年の悲願であった北伐(魏を討ち、漢を復興すること)を開始しました。しかし、5度目の北伐で病に倒れました。

 その後、蜀は魏に滅ぼされてしまいます。孔明があと5年長生きしたら、歴史は変わったのかも知れません。

 このように、孔明は史上でも類まれな奇才の人物だったのです。

三国志9
三国志9

諸葛孔明の兵法〔新装版〕
諸葛孔明の兵法〔新装版〕

諸葛孔明
諸葛孔明






Last updated  2005/10/26 01:39:33 PM
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2005/10/24
カテゴリ:歴史
 以前は何度か見てた「義経」でした、最近はほてんど見ていません。義経が腰越状を頼朝に差し出したあたりから見てません。理由は、すでに悲劇ストーリーに入っているからでしょう。義経は、平泉で自決をするわけですが、別の展開として、蝦夷地方(北海道)へ逃れるという話があるのをご存知でしょうか?その後、義経は大陸に渡り「チンギス・ハン」になったという説があります。多分空想でしょうが、私はそう信じたいです。

図解源義経のことが面白いほどわかる本       
図解源義経のことが
面白いほどわかる本






Last updated  2005/10/24 06:13:01 PM
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2005/10/23
カテゴリ:歴史
 私の戦国武将ランキングをベスト5まで発表しようと思います。

 1位 武田信玄   横山光輝作「武田信玄」の影響をうけて一番好きな戦国武将にランクインしました。戦国最強の武田騎馬軍団を造り、「甲斐の虎」の異名を持ちました。上杉謙信との川中島の戦いでの一騎討ちは有名です。

 2位 真田昌幸   私の名前と同じということもあり、徳川軍を2度にわたって敗退させた智謀に惹かれました。

 3位 上杉謙信   戦国最強の「軍神」という異名を持ち、その天才的頭脳から好きな戦国武将の一人です。「信長の野望」では統率力が全武将中TOPです。

 4位 島津義弘   九州統一、朝鮮の役、関ヶ原の退却戦で大活躍したこの人物も好きな武将の一人です。島津家中随一の猛将で兄義久を助け、九州統一に多大な貢献をしました。

 5位 真田幸村   真田昌幸の子で、大坂夏の陣での「鬼神」ぶりはすさまじいものがあります。幸村配下の真田十勇士(猿飛佐助ら)は有名です。

武田信玄(1)武田信玄(1)武田信玄(2)武田信玄(2)武田信玄(3)武田信玄(3)

武田信玄(4)武田信玄(4)武田信玄(5)武田信玄(5)







Last updated  2005/10/23 08:16:09 PM
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2005/10/21
カテゴリ:歴史
 武田勝頼は、風林火山で有名な武田信玄の跡継ぎです。勝頼は武勇に秀でて、決して非才の人物では無かったのですが、ご親類衆や重臣との関係に溝があったのです。そのため、信玄を神格化している武将たちは勝頼になかなか信頼を置かなかったようです。そのことが歴史上有名な「長篠の戦い」での敗北に繋がったと思います。重臣一同が勝頼を心底信頼していれば、あそこまでの大敗北は無かったでしょう。

武田勝頼(第1巻)武田勝頼(第1巻)

武田勝頼(第2巻)武田勝頼(第2巻)

武田勝頼(第3巻)武田勝頼(第3巻)






Last updated  2005/10/22 03:15:06 AM
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