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あむりたのしずく

6・再誕生の時(宇宙の中心で)

[1998年・創生会レポート掲載]

  娘は4ヶ月になり、首がすわって、早くも下の歯が2本生えてきました。あやすとキャッキャと笑ってくれ、かわいさもひとしおです。私は日々幸せを噛みしめていました。今から思えば、まるで自分を納得させているかのように・・・。

  5月中旬から私は体調の異変を感じ出しました。身体の疲労感に始まり、寒気、微熱、そのうち絶え間ない吐き気に襲われるようになりました。風邪が胃にきたのだとばかり思い「浄化よね」などと言いながら、家で寝たり起きたりの生活をしていましたが、症状は悪化する一方。水を飲んでも吐くという有り様で、目を開けているのもつらく体力は消耗しきっていました。

  しかし、一手に仕事を背負い込み、夜中まで作業を続けている母にこれ以上負担はかけられないと、私は気力だけで娘の世話をしていました。娘は私のつらさが分かるのでしょう。おっぱいもろくに出ないのに、ぐずりもせずママと一緒によく眠ってくれました。

  とうとうある晩、こんな地獄がいつまで続くのかと絶望的になり「神様! もうダメ、限界! 助けて下さい!」と叫びました。翌朝私は、フッと鏡をのぞき込み、白目までまっ黄色になっている自分に驚いて病院へ向ったのです。急性肝炎で即入院、大病院へ移送が決まり、私は24時間点滴につながれ絶対安静の身の上となったのでした。(5月29日、娘がちょうど5ヶ月になった日の出来事でした)

  母は先生から「命の危険も・・・」などと言われ、状況はまさに人生最大のピンチだったのですが、原因もはっきりしてこれでゆっくり眠れると安心した私は、心身ともにずっと楽な気分になっていました。
 
  「身体がこういう手段に訴えなければならないような仕打ちを、今までしてきたってことだよなぁ。」私はまず、自分を抱きしめながら身体に謝りました。身体の声、内側の声に耳を傾けているつもりでいたのに、それはまだまだ表面的なものに過ぎなかったようです。

  私は育児の忙しさを言い訳に、自分の心の奧の奧に封じ込めていた、ドロドロした醜い感情のエネルギーを、見て見ぬふりしていたのです。そんな私から、育児という口実が取り上げられ、代わりにあり余る程の自分を見つめ直す時間が与えられました。

  その晩、私はチャネラーのUさんから聞いていた手術(エネルギーワーク)のことを思い出し、実行してみました。目を閉じて瞑想状態になります。ハイヤーセルフに導かれ、宇宙の中心へ向かいます。自分の体が、細胞を形成する素粒子レベルまで戻っていくのを感じます。細かく振動する素粒子、そして遺伝子の螺旋、すべてが輝いています。痛んでいる部分が光を失っているのがわかりました。そこを取り除きます。宇宙エネルギーから、全く新しい健康な臓器を創り上げ、それを移植するのです。全身が再び光を放ちました。

  とてもリアルなワークでした。これで治ると確信し、深い眠りに落ちました。翌日の検査で肝機能の数値は半分近くに下がり、既に抗体ができ、ウィルスも陰性になっていることが分かりました。後はゆっくりと回復を待つのみです。娘の保育や仕事に関しても次々にサポートの手が差し延べられ、私は心置きなく休養をとることができました。
 
  津留さんのパートナーから次のようなメッセージが伝えられ、苦い薬のように心に染みました。「今回の事はあなたの根底にある想い、くせに気づいていただく為に起きたのです。今までの生き方をもう一度よく振り返ってみてください。そろそろそれを手放す時期に来ました。もっと自分を解放してあげて下さい。優等生はいらないのです。自分に嘘はつかないで下さい。娘さんは全てを知っていますよ。さぁ、いよいよ自由になる時が来ました。これはあなたの内側から突き上げてくる想いです。もっともっと自由になるのです。肩の力を抜いて・・・」

  私にとって、自分を深く掘り下げるキーワードは「自己否定」だと直感が告げていました。いつも不安で、プライドは高いのにいざとなると全く自分に自信がなかった私。感情を露にし、思ったまま口にすることは人を傷つけ、嫌われてしまうという恐れを握っていました。

  「人から認めてほしい、でもありのままの自分では受け入れられない。」そう感じていた私は、無意識のうちに安全な居場所を求めて、気がきいて役に立つ、あたりさわりのない人物像を演じていたのです。自分の心の痛みに目をつぶり、いつしか、何が本当の自分なのかわからなくなっていました。いい娘、いいお嬢さんを演じてきた私。その壁を打ち破ってきたつもりが、今度はいいお母さんという役にのめり込んでいたようです。

  娘が生まれて感じた「こんなにも私を必要としてくれる存在がいる。」という喜びは、私の萎縮した自己愛の隙間を埋め、満足感を与えてくれました。私はすっかり娘に依存(中毒)していたのです。「私じゃなきゃダメなのよ・・・」母親という絶対の立場への執着、その象徴が私にとっては母乳だったと気がつきました。今回断乳せざるを得なくなったのは、そのサインだったのです。
 
  もう執着を手放そう。私はそっと目を閉じ深呼吸を繰り返しました。今まで大切に築きあげてきた娘との絆が音を立てて崩れ去っていくような不安、そして捨てられた子犬のような淋しさが胸を締めつけます。私は思いっきりその感情に浸ってみました。「淋しいよ、恐いよ・・・」私はいつしか小さな赤ちゃんになり、一人でふるえながら宇宙に浮かんでいました。すると根源の母性のエネルギーでしょうか。柔らかく暖かな光がまゆのように私を包み込み、癒してくれたのです。「いいのよ、そのままでいいの。愛している。いつも一緒にいるわ」と。甘くとろけるような安堵感の中で私は思う存分泣きました。

 ベッドに横たわっている長い時間、次から次へと感情や思考が湧いてきます。過去生の記憶、今世の体験、押さえ込んでいた怒りや悲しみ、恐れなど・・・。私はそれらを見つめ「確かにその時はそうだったかもしれない。でも今はどうなの? 今の私に、本当にその想いは必要なの?」と問いかけ、もう不必要な単なる過去のエネルギーをクリアリングし、傷ついた部分をヒーリングしていきました。

  とにかく自分に正直になろう。私を動かしていたのは、中心にあるその想いだけでした。私は心の赴くまま、絵を描き、文章を綴り、花や鳥や空を眺め、歌を歌って過ごしました。また勇気を出して心を開き、色々な人と、今までできなかった色々な話をしました。私はそんな自分を、初めて心から愛しいと感じることができました。そして人の目を気にし、人に明け渡していたパワーを自分の手に取り戻すことができたのです。今なら本当に言うことができます。「私は創造主である」と。

 両親へ、私を生んでくれてありがとう。娘へ、わたしの元に来てくれてどうもありがとう。私を支え、励まして下さった皆様、ありがとうございます。そして私の体験全て、出会った人達全てに、心からの愛と感謝を贈ります。最後に、こんなミラクル模様を織りなしている『私』に、「愛してる! これからもよろしくね・・・」
                                       完
                          




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