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虹色のパレット

11.心の声

11.心の声


 私は、自分の中で動き始めた美術への関心に、スポットライトを当てた。
 とはいえ、中学校の図工の時間以来絵も描いたことがない私が、そして、絵を書いている人も知らず、絵を描いている友達もなく、一体どうやって、何処から何を、どのように始めたらいいのか、皆目見当もつかなかったが・・・。
 そうしている間にも、私の、理想の風船玉には引っ切り無しに穴が開けられ、うっかりしていると、修理するのも間に合わないくらいだったので、ぐずぐずしてはいられなかった。身近な、出来ることからやってみることにした。
 私は、まず、スケッチブックと2B と4Bの鉛筆を買った。それらを眺めて何日も過ごした。それから、身近にある物の姿を写し始めた。それは思ったより難しく、ものは形だけを現して少しも姿を現してくれなかった。
 「難しいものだな。」と思いながら、本郷の下宿からすぐの、上野の美術館に時折足を運んだりしていた。
 そこで、これといった強烈な印象を受けた訳ではなかったが、私は、素晴らしい何かがあるかも知れない「明日」を待たずに、先の事など何も見えない、頼りない出発だったが、「今」、私は、自分に出来ることから一歩を踏み出したのだ。
 こうして、私は勇敢にも出発したのだが・・・。しかし、とにかく出発さえすれば、恐れずに角を曲がりさえすれば、そこは、未知の世界だ。
 全く予期しない何かが起こり、偶然でさえ新しい出会いを用意してくれる。

 次の年、私は、一年生の担任になった。
 その年から、私たちの小学校にも、図工の選科の先生が新たに赴任してこられることになっていた。
 そこで、この新しい図工の先生に一年生の教室の黒板に、一年生を迎える絵を描いていただくことになった。入学式の前日、その先生は五色のチョークを使って、色鮮やかな抽象画を描かれた。
 そんな絵は、誰も予想もしていなかったようだった。一年生の女の子と男の子が桜の花の散る運動場で仲良く手を繋いでいるところとか、可愛い花や動物など、いかにも一年生らしいと思われている絵を期待していたようだった。
「K先生。まあ、さすがは、図工の専門の先生ですね。素晴らしいですね。」
と、その先生の前ではそう言いながら、その先生がいらっしゃらないところでは、
「いくらなんでも、一年生を迎える絵に、ああいうのはねー。もっと、こう、可愛い絵を描いてくださると思っていたのに・・・。」
と言うのが先生方の一般的な意見のようだった。
 私は、その抽象画は、凄く綺麗だと思った。フレッシュで、生き生きしていて、一年生を迎えるのにとてもよい絵だと思っていた。子供達も、
「わー、きれい。」
と、感嘆の声を上げていた。
 その先生も、一年生を迎える絵として、どんなのが期待されているか知っていらしたと思うけど、このような抽象画を描かれたのだろうと思った。私は、モダンアートの何であるかなど全然知らなかったが、この先生とは、気が合うかもしれないなと思い、一縷の希望の光が見えたような気がした。(12・29・08更新)


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